山茶花

西しまこ

第1話


 ずっと、山茶花さざんかのことを椿つばきだと思っていた。椿の亜種だと思っていたのだ。

 したがって、「さざん~か~の~や~ど~」というあの歌に出てくる山茶花は、わたしにとって幻の花だった、長い間。


 わたしは山茶花の花が大好きだった。

 冬休みに近づくと、家の生け垣にピンクの花が一斉に咲く。幼稚園くらいのときは、お砂場セットのバケツいっぱいに花をつんで、おままごとをしていた。山茶花の花びらのごはん。泥団子をきれいに彩って、わたしのお気に入りの遊びだった。時々、緑の葉っぱやつぼみをつんで、おままごとの食卓に並べた。


 母が「椿は首からぽろっと落ちるから不吉なのよ」と言っていて、わたしは不思議に思っていた。椿だと思っていた山茶花は、花びらが一枚一枚、ひらひらと散るから。わたしは散った花びらを集めるのも好きだった。小学校低学年のころ、そうして集めた花びらをたいせつにビニール袋に入れて、机の中にしまっておいたら、茶色くなってしまい悲しい気持ちになったことがある。


「それで、その茶色の山茶花はどうしたの?」田代くんが言う。

「もちろん、捨てたよ。ちょっと汁も出ていて、気持ち悪くて」

 田代くんは大笑いして、

「押し花みたいにすればよかったのに」

 と言った。

「そんな知恵、なかったのよ」


 山茶花が咲く家はもうなくなってしまった。

 祖父母の代に建てた古い家だったので、祖父に介護が必要になったとき、介護に便利なように建て替えたのだ。そのとき、山茶花の垣根もなくなり、おしゃれな白いフェンスになってしまったのだ。

 母は手入れが楽になったわ、と喜んでいたけれど、わたしは古い家が恋しかった。きれいな家は嬉しかったけれど、山茶花の生け垣も古い木造家屋の暗がりも恋しかった。新しい家はどこもかしこも明る過ぎた。


「実は山茶花だって知ったのはいつ?」

「最近」

「え?」

「だから、最近まで、あれを椿だって思っていたのよ」

 わたしは庭に置いた、山茶花の苗を視線で指した。


 古い家を解体したとき、山茶花を一部残して移植したのだ。そして、今度結婚して住む家に、実家にあった山茶花を植えようと思って持って来たのだった。賃貸だけど、庭がある古い一軒家でリフォームや庭の手入れなど、自由にしていいと言われていた。

「ところでさ、そろそろ『田代くん』はやめない? 君も『田代』なんだけど。……まあ、ずっと言っていることなんだけさ」

 田代くんは笑って言った。わたしは笑い返しながら、山茶花がいっぱいに咲いた生け垣を空想していた。




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