王と道化師

ハヤシダノリカズ

pod & tube

「お気に入りの空をご覧にいれましょう!」

 奇妙な衣装に身を包み、笑顔と泣き顔が共生したメイクを顔に施した宮廷道化師は高らかにそう宣言した。

 そして彼は、楽団の奏でる音楽に合わせて舞い始め、玉座に近づいては王を讃える詞を歌い、王妃の美しさを清らかなメロディに乗せて表現し、大臣の有能さを、将軍の勇猛さを力強い踊りと共に歌い上げた。

 すると、暗く沈んでいた王の間の天井は消え去り、抜ける様な青空が、柔らかく爽やかなその光が彼らを照らした。


「大胆な表現だな」僕はポツリと呟く。画面の中の彼らの物語は面白いものだったが、城の屋根が突然消えて青空が見えるくらいに道化師の歌が感動的だったという表現は、僕に違和感をもたらした。僕がミュージカルやオペラなんかに親しんでいたならそんな違和感を覚える事もなかったのだろうか。

「大胆だねー。でも、それがいいわ」奈津子が隣でそう言う。ソファに身体を沈めている僕の横の彼女はソファの上に胡坐をかいて背筋をまっすぐに立てて画面を見ている。『いち視聴者として真剣勝負で臨みたいの。私はどんな映画でも』彼女は昔そんな事を言っていた。彼女のソファの上のこの姿勢は真剣勝負であるが故なんだろう。適当に選んでストリーミング再生しているこの全くの無名映画すら彼女には真剣勝負の対象らしい。


 空を見せた宮廷道化師は、かつて栄華を極めた王国の王子で、城を攻め落とされたその時に彼を助けてくれたのは、彼の国に当時いた宮廷道化師。王族が根絶やしにされた落城のその後には、かつての王子は道化師見習いとして生きる事になった。そんな彼の半生が画面の中に描かれる。

 命の恩人であり、師でもあった宮廷道化師の導きにより、彼は現在の地位を手に入れる。病に倒れた師匠は彼に言った。「オレが導いてやれるのは二つの玉座。一つは平和で豊かなオマエにはなんの縁もない国。もう一つはオマエの国を滅ぼした国。さあ、どちらを選ぶ?」


「復讐劇だったのか」僕はまたポツリと呟く。『映画鑑賞は私にとって真剣勝負だけど、リビングでマコっちゃんと見る時は感想を言い合ったりしながら見るのがいいのよ』以前奈津子が言っていた言葉を思い出しながら、目線は前に向けたまま、僕はそう言った。

「どうかしら。でも、複雑な思いを持ちながら道化を演じているには違いないわね」奈津子は僕にそう応える。映画好きな彼女は僕とは少し違う見方をいつもしているようだ。それが僕には心地いい。そして、刺激的でおもしろい。


 宮廷道化師は賑やかしの慰み者に過ぎない、なんて表現も随所にあったが、主人公の元王子の宮廷道化師は、王の間に出入りする全ての人間の信頼を勝ち取り、彼らの本音に寄り添い、しかし、彼らを言動でコントロールする事を忘れなかった。そしていつしか、その国は隣国に攻め込まれ、あっという間に陥落する。

 ただ、あの日の自分と重なるように弱々しく泣いていた幼い王子だけは見捨てる事が出来なかった。主人公はその王子を抱えて逃げて、彼を育てていく決意をするというところでエンドロール。


「まあまあ面白かった。これも一種のループものなのかな。師匠もどこかの国の王子で、主人公の国がなくなったのも実は師匠の企みがあっての事だったのかな」僕は率直な感想を奈津子に言う。

「どうかしら。病床の師匠が提示した二択、主人公がどちらを選んだかは最後まで明示されなかったし、主人公は確かに人の心を操るかのように振る舞っていたけど、明らかな復讐を描いていたようには思えないのよね、私には」奈津子もエンドロールを眺めながら僕にそう言う。

「あぁ、確かに。決定的な因果関係をつまびらかにしないままに終わったね。復讐だったのか、翻弄されるがままの運命を描いたものだったのか」

「見る人次第でどうとでもとれる物語だったよね。主軸は道化師の主人公だったけど、群像劇の側面も強かった。正義と悪をはっきりと描き分けてもいなかったし」

「うん。『スッキリ爽快カタルシス!』みたいな感想は持ちにくいね。レビューの星も1.8点だし、万人受けじゃないね」

「なんとなく、私はこの映画、現代を風刺しているというか、暗喩として描いているんじゃないかと思うの」

「ん、どういう事?」

「道化ってのがユーチューバーや芸能人で、王様ってのが一般消費者、画面の前に座っている庶民」

「ん、ん、ど、どういう事?」奈津子の言ってる事が僕にはまるで分からない。

「道化師って、王を楽しませる努力と工夫を惜しまないじゃない? でも、王族は彼らを下に見てる。だけども、道化師は大きな責任を負わされる事もなくしっかりと地位と財産を手にしてる」

「うんうん」

「王はその逆だなって」奈津子は曖昧な笑顔を僕に見せる。


 奈津子が僕の前で道化を演じているって事もあるのかな。

 僕は窓辺に向かいカーテンを開ける。空は快晴。

 今日の午後はこのお気に入りの空の下、奈津子と散歩に出かけよう。

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王と道化師 ハヤシダノリカズ @norikyo

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