ひとり暮らしのために

「あきらも大分、慣れてきたんじゃない?」

「え~そうですかね~」

「うんうん。こないだなんて凄かったじゃん」

「え~そうですかね~」


 この間は、我ながら巧くいった気もしなくもないかなぁ。

 操縦にも、結構慣れてきた気も、しないこともなくもないかも。


「でもさ~、どうやって合体してんのかとか、気になるよね~」

「あっ、それ。僕、まだ合体後の姿すら見てませんよ」

「なんかカッコイイらしいよ~」

「乗る時はブサイクですけどね」


 仕事にも少し慣れて来た。

 そんな気もする今日この頃。


 今夜は涼子先輩のうちに、お泊り会なのだ。

 大学卒業間近になっても、就職先が決まらなかった僕を、二つ先輩の涼子先輩が拾ってくれたんだ。先輩が勤める会社を紹介してくれて、就職が決まった。

 ……決まってしまった。


 うん。まぁ、悪い環境でもないかもしれないけれども。

 事業に問題があるだけで。

 社会保険も決まった休みもないけれど、お給料は多いかな。

 それもこれもどれも、夢の一人暮らしの為に頑張らなきゃ。


「は~……問題は出会いよね~」

「そういえば、若い女性は居るのに、若い男性社員っていませんね」

「そ~なのよ~。おっさんか爺さんばっかなのよ~」

「ははっ……大変ですね」


 普段は、もうちょっとシャキっとしている先輩だけど、今夜はそこそこ飲んで、酔っぱらっていらしゃるので、語尾がみょ~んと伸びて、かわゆくなっている。

 普段はカッコイイけれど、酔うとカワイイなんて、心配な先輩だ。


「あ~きら~。アンタは最近どぉ~なのよ~」

「どうって言われましてもね。毎日戦闘ばかりで、出会いなんてありませんよぅ」

「あの子は~? あの可愛らしい子はどうなったのよ~」

「あれは寝取られました」


 きょとんとした先輩の顔に、にや~っと溶けるように、嬉しそうな、玩具をみつけたような笑顔が広がっていく。


「え~誰に誰に~?」

「一つ上の先輩ですよ。ほら、男も女もイケるって有名な」

「あ~トモかぁ~。あのは、人のものが大好きだからね~」

「寝取ってすぐにポイしたらしいですけどね」

「え~、じゃあ――」

「モトサヤとかありませんから」


 先輩の言葉に被せて否定した。

 簡単に寝取られるようなのは、もうゴメンだ。


「え~つまんな~い」

「僕は、先輩の晩酌のツマミじゃありませんよ」

「いっししし」


 そんなくだらない会話をしながら、先輩の部屋で飲んでいると、会社からの呼び出しが来た。早朝でも深夜でも、晩酌中でも入浴中でも、呼び出しは待ってくれない。

 それに、応じないという選択肢も、実はなかった。


「もぉっ! せっかく良い気持ちだったのにっ」

「いきましょう!」


 酔ってふにゃ~としていた先輩も、一瞬でシャキっと、いつものカッコイイ先輩に戻っていた。流石、やる時はやる人である。

 そう、酔っ払いですら、素面しらふに戻る程の緊急事態。それが会社からの緊急呼び出しだった。時間外だろうがなんだろうが、応じないわけにはいなかい。


「お待たせしました」

「相手はっ?」


 着の身着のままで、会社に飛び込むと、直属の上司である田中さんが待っていた。


「おおっ、涼子くん、あきらくん。機体の準備は整っとる。敵は新型だ」

「うちを狙ってんのって、一体どんだけ居んのよ」

「はいっ、が、頑張ります」


 Tシャツにパーカー、下はねずみ色のスウェットという、ギリギリな格好で僕は部屋に飛び込んだ。おっきい服の店で買った、ぶっかぶかのトレーナー一枚という先輩も、隣の部屋に飛び込んで行った。

 ブラは外してたけど、ぱんつは履いてますよね?


 服装なんて気にしてはいられない。

 なんせ地球が危ない緊急事態だから!


「小此木あきら、出られます」


 椅子が一つあるだけの部屋で、飛び乗る様に椅子に座ると、背もたれについたマイクに向かって報告する。

 何かいやっても慣れないけれど、座った椅子は結構なスピードで動き出す。

 何も見えないトンネルを右へ左へ、上へ下へとくねくね滑っていく。

 まっすぐに移動すればいいのに、これもロマンがどうのと聞いてくれなかった。


 椅子が止まると部屋の明かりが点く。

 目の前にある、三枚の大きなスクリーンに格納庫が映り、カタパルトで僕は射出される。何度体験しても納得できない謎工程だ。


「うひゃあっ! またですかっ、毎回近すぎるんですよっ」


 今回も射出先は、敵の目の前だった。

 なんで毎回毎回、こんな近いんだよ。

 僕はいつものように、目の前の敵に蹴り飛ばされた。


 そう、僕の仕事は敵と戦う事。

 この星を狙って攻めて来る、謎の宇宙人たちを撃退するのが、今の僕のお仕事だ。

 抵抗しなければ、この星は征服されてしまう。

 だから出撃を断る事も出来なかったし、休みもありゃしない。


「あきら、しっかりしなさい!」

「は、はい~」

「合体よ!」

「は、はいっ!」


 蹴り飛ばされて、情けなく転がり、ひっくり返った僕に、涼子先輩の叱責が飛ぶ。

 ドラム缶のような身体に、おもちゃのような手足を付けた、ガラクタのようなロボが、今の僕が搭乗している機体だ。

 そこへ涼子先輩の青い戦闘機が飛んで来る。


「チェンジトランスフォーム!」


 何の意味があるのか、謎の叫びをあげる僕。

 先輩の乗る機体がバラバラになっていき、そのパーツが、僕のロボの各所にくっついていく。全体像は中から見えはしない、謎の合体タイム。

 合体してから出撃すればいいのに、ロマンがどうのと不思議な理由で却下された。


「新型だろがなんだろうが、さっさと決めて飲むよ、あきら!」

「は、はいっ。ロケットキィーック」


 合体した僕らが乗るのは、青い悪魔アシュタロス。

 全体像は見えないけれども、カッコイイらしい。

 僕が叫ぶと、ロボの足が飛んでいく。

 膝から分離して、ジェット噴射で飛んでった。


 見た事の無い、異星人の新型ロボが、キックでバランスを崩した。

 飛んでった足は、勝手に返って来て元に戻る。


「今だ! アシュタロス赤い悪魔モード」


 背中にくっついた先輩の機体から、追加のエネルギーがロボに流れ込む。

 だから、最初から合体してエネルギーを……男のロマンらしいです。

 青いロボが、何故か赤くなる……らしい。

 僕からは見えないからね。


「えぇい! ひっさつぅ回転どり~るぅ!」


 強制される意味不明な絶叫。

 ロボの両手が、謎技術で巨大ドリルに変わる。


「いっけぇ~!」


 先輩の応援? と共に、赤くなったロボが飛び立つ。

 敵の銀色のロボを、ドリルが貫いた。


 そのまま突き抜けると、敵のロボが大爆発を起こす。

 今日も勝った!

 地球の平和は護られたんだ。


 今は地球の平和を護る為に戦う僕だけど、会社は邪魔な侵略者を駆除しているだけだった。僕の入った会社は、世界征服を目指す秘密結社だから。

 なんでこんな事になってしまったんだろう。


 それでも今は戦うしかない。

 夢のひとり暮らしの為に、僕が無職にならない為に。

 意味の分からない、男のロマンだけは、どうにかしてほしいです。

 僕は女の子なので、男のロマンは理解できません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

侵略者 とぶくろ @koog

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ