侵略者

とぶくろ

侵略者と征服者

 就職氷河期。

 また最近はそんな事をいわれだしていた。

 大学を出ても、名も知られていない田舎の三流大学じゃ、就職には全く有利になりはしなかった。面接した会社は全滅。

 僕は溜息しか出ない。

「はぁ~、まいったなぁ。バイトでもするしかないかなぁ」


 そんな卒業間近のある日、卒業した二つ上の先輩から連絡が来た。

「あきらって、まだ就職先決まってないよね。うち来なよ」

「行きます!」

 先輩のいる会社を紹介してくれるという。

 名前は忘れたが、どこかの小さな商社だったはずだ。

 何も考えずに僕は飛びついた。そりゃもう、かぶり気味に返事を返す。

 有限会社『梅田商事』

 何やってるのか知らないけれど、僕の実家からも近い三階建ての小さなビル。

 小さくても、自社ビルを持っているのは、凄いんじゃないかな。

 一人暮らしを許されていない僕には、大学よりも家から近いってのだけでもありがたい。よっぽど優秀なのか先輩のコネだけで、本当に就職が決まった。

 いやぁ、先輩様様だよ。


 そんな浮かれた帰り道、サイレンが鳴り響く。

「やだ、またなの~」

「ここのところ多いわねぇ~」

「ちょっとぉ、そんな事よりも早く逃げなきゃ」

「あら、そうね」

「今日も勝てるといいわねぇ」

 そんなおばちゃんたちの会話が聞こえる。


 そう。最近、急に増えたサイレンは緊急避難警報。

 地球侵略にやってきた宇宙人の襲撃を知らせるものだ。

 何故か夏頃から急に地球は狙われ出したのだ。

 あちこちの宇宙人が、入れ代わり立ち代わり競い合うように襲って来る。

 今まではなんとか各国が強力して抵抗していたが、いつまで対抗できるか分からない。自衛隊の装備では、かなり厳しいといわれていた。


 そんな今日の相手は空飛ぶ円盤だ。

 ごく一般的な感じのイメージ通りの円盤だ。

 イメージ通り過ぎて、逆に初めて見た銀色の円盤が現れた。

 そこへ轟音と共に飛んで来るのは自衛隊の戦闘機。

 問答無用のミサイルが放たれる。


「うはぁ……無理じゃね?」

 専守防衛は何処へ行ったのか、あれが敵じゃなかったらどうするのだろう。

 必殺の先制攻撃は円盤を包む透明なバリア? に防がれていた。

 爆炎と煙の中から無傷の円盤が現れる。

 反撃のビームが自衛隊を打ち落としていく。

 三機の戦闘機は成す術なく撃墜されていった。


 レーザーだよ。ビームだよ。バリアだし。これは無理でしょ。

 文明レベルが違いすぎる。

「やっと就職決まったのになぁ」

 諦めてしまった僕は、そんな事をつぶやきながら円盤を見上げていた。

 だって、これは無理でしょ。

 優しい宇宙人だといいなぁ。優しい宇宙人は征服とかしないかなぁ。


 一瞬、目の前が暗くなる。

「何か……通った?」

 そこへ響く甲高い音。

 切り裂くような音を置き去りに現れたのは青い機体。

「なにあれ……」

 見た事もない飛行物体が高速で飛んで来た。


 一応近い物だと戦闘機っぽくは見える。でも、あんな形で飛べるものだろうか。

 実際に飛んでるけれども。

 ロボットアニメにでも出て来そうな現実離れしたフォルム。

 しかもデカイ。

 50mくらいはありそうだ……いや、そんなにはないかも。


 確か自衛隊の戦闘機が、20m近かったはず。

 今の青いのは、その倍くらいはありそうに見えた。

 空を飛んでるし、距離も分からないし、かなりだけど。


 敵か味方か。その飛行物体から円盤にミサイルが飛ぶ。

 敵の敵は味方かもしれない。でも、そいつにミサイルは効かないんだよ。

「え? うっそ」

 その青い飛行機のミサイルは円盤のバリアを素通りした。

 何もなかったかのようにバリアの内側で、二発のミサイルが爆発する。

 さらにとどめとばかりに戦闘機から青いビームが発射され、円盤は木端微塵に吹き飛んだ。味方だったのか飛行機は何も言わず、何処かに飛んで行ってしまった。

「はぁ~……すごいもん見ちゃったぁ」

 そういえば、あの円盤って反撃しただけで、侵略者かどうか分からないんじゃ……


 その日のニュースは、青い飛行機ばかりだった。

 自衛隊どころか、外国のものでもなかったようで、所属が不明のままらしい。

 あれも侵略者だったりするのかな。


 あっという間に卒業となり、初出社の日を迎える。

 今年の入社は僕一人、同期がいないのは少し寂しいけれど見知った先輩もいることだし、やっと拾って貰えたんだから、頑張らなくちゃ。

「おはようございます!」

「おはようございます」

 入口の受付にも元気に挨拶をすると、綺麗な受付のお姉さんも挨拶を返してくれる。一階ホールには他に人が居なくて、出社時間を間違えたのかと、ちょっと焦る。


「あーはやいねぇ。こっちだよぉ」

「あ、はいっ! おはようございます!」

 よれよれのグレーのスーツを着た50代くらいの禿げかけたおじさんが僕を呼ぶ。

 面接の時に会った人事の佐藤さんだ。

 大きな声で挨拶して佐藤さんに駆け寄った。


「朝から元気だねぇ。それだけ元気なら、やっていけそうだねぇ」

「はい! 頑張ります!」

 元気だけが取り柄だともいえる僕は、精一杯アピールする。

 ここで拾って貰えなかったら、教師にでもなるしかなかったから。

 バイトもした事がなく、人として、社会人としての常識がなかった友人の一人は、どこにも拾って貰えず、仕方なく小学校の教師になった。


 学校の友人としてなら笑えるが、あれに教わる子供は可哀相で心配ではある。

 学校を出て、学校で働く常識のない友人。

 学校しか知らないが、学校で働くのなら、それでもどうにかなるかもしれない。

 僕が小学生の時も、イかれた教師は何人もいたしね。

 人としてまともな教師に出会った事はないけれど。

 噂では、まともな人もいるらしいけれど、僕は出会った事がなかった。


 そもそも敬意を持った相手を先生と呼ぶ筈なのに、先生呼びを強要するような人間がまともな訳がない。

 そういえば小学生の時、裁縫の提出物を母親にやって貰ったら、上手に出来たと教師に褒められたのを思い出した。

 母さんは裁縫が苦手だからね。仕方ないよね。

 逆に上手に出来た友人は、親にやらせたのだろうと決めつけられていた。

「自分でやってこなければ意味がないんですよ」

 なんて理不尽な事を言われていたっけ。

 あれ以来、その子は卒業まで一切の提出物を出さなかったそうだ。

 教師なんてそんなもんだろう。


 高校の時、教科書には乗ってないが分からない問題を、聞きに行ったら知らないと言われた事もあったなぁ。

 大学生にでも聞けと言われた。

 毎年、同じ事しかやってないので、それ以外は覚えていないそうだ。

 でも偉そうにしている奴らは、地方公務員だという事も忘れているのだろう。

 お金を貰ってあずかっている子供の、髪を掴んで引き摺り回すような頭のおかしい体育教師もいたっけ。

 そりゃあ、普通の会社には拾って貰えないし、普通の社会では生きられないよ。


 おっと、腐った教師も不運な小学生たちも、今はどうでもいい事だった。

「じゃあ、先ずは検診からだねぇ」

「はい!」

 何をするのかは、まったく分からないが元気に返事だけはする。

 佐藤さんとエレベーターに乗り、地下二階へ。

 地上三階なのに、地下二階まである事にちょっと驚いた。


 薄暗い廊下を右へ、奥の白い(元は白かっただろう)扉を開ける佐藤さん。

「よぉ、例の新人だよぉ」

 佐藤さんの声に部屋の奥に居た男性が振り向く。

 結構な御歳で定年も近そうな白髪で白衣を着た人だ。

 研究者か何かだろうか。この規模の会社で、医者は居ないだろう。

「おぉ、おぉ、待ってたよ。わしゃぁ田中だ。この研究室を任されとる」

 研究者だった。


小此木おこのぎあきらです。よろしくお願いします!」

「はいはい。元気でいいねぇ。これならイけるかのぉ。じゃ、ここに手をついてね」

「あ、はい。こ、こうですか?」

「うん。そうそう。計測が終わるまでじっとしててね」

「あ、はい」


 目の前の機械についた半透明なドーム状の何か。手のひらサイズのそこへ手を置くと、ドームの中がオレンジ色に光る。

「これはうちの発明品でね。今はオーブと呼ばれとるよ」

「は、はぁ。オーブ、ですか。凄いですね」

 ウィーンと、機械音がして光が消える。

 終わったのだろうか。


「うぉおおっ! なっ、なんてこった!」

 いきなり田中さんが叫び出した。

 なんだろう。もしかして何かが期待より低かったのかな。

 とんでもなく酷い数値だったのかな。

 まさか初日で解雇とかないよね?


「どうだい。林くんの紹介なんだよ」

 人事の佐藤さんが声を掛ける。林涼子さんは紹介してくれた先輩だ。

「涼子ちゃんの後輩か。見てくれこれを! 凄いぞ!」

「おぉおおっ! これは凄いな!」

「あぁ、これならアレが使える。ついに始められるぞ」

 なんか興奮して盛り上がっている二人と、一人取り残される僕。


「あ……あのぉ~……どうだったのでしょうか」

 どうやらいきなり捨てられる不安はなさそうだが、興奮する二人がちょっと怖い。

「あぁ、すまなかった。これならいけるんだな?」

「ああ。今まで16%が最高だったのに97%だぞ。すぐにでも始めよう」

 何かの数値が高かったようだ。なんだろ血糖値とかじゃないよね?

「分かった。小此木くん。君は彼の下について貰う」

「は、はいっ!」


 なんだか分からないまま部署が決まったようだ。

 研究とか出来ないけど。

「これは会社の全てを背負うといって良い大事なプロジェクトだ。我が社の命運は君の肩にかかっていると言っても過言ではない。頑張ってくれたまえ!」

 ええ~。いきなり重責を背負わせないでいただきたいのですが。

 まだ、なんの会社なのかすら知らないままなのに~。


 では早速と、直属の上司となった田中さんに連れられ地下へ降りる。

 元々地下だった気がするけれど、さらに高速エレベーターで下層へ。

「あ、あの~、随分下へ降りてるみたいですけどぉ……」

 ちょっと怖くなってきた。

「あぁ、これから地下の格納庫へ行くんだ。そこで君の仕事の説明をするよ」

 何故か嬉しそう、というか楽しそうな田中さんが答えてくれた。

 なんだろう。

 大好きなおもちゃを楽しみにしている小学生のような、そんな無邪気に目を輝かせているような老人の姿に不安しかない。


「ほぇ~……はい?」

 格納庫にあったを見上げ、一瞬、頭がからっぽになる。

「どうだ。これが我が社の切り札、搭乗型巨大戦闘ロボットだ」

 ドラム缶に蛇腹のホースのような手足がついた人型ロボットが居た。

 子供の落書きのような顔。

 ホースの先には、未来の猫型ロボットみたいな、白い丸い何かがついている。

 5mくらいはあるだろうか、巨大ではあるが戦闘用には見えないロボットが、僕を待ち構えていた。


 今、搭乗って言ったの?

 まさか僕が乗る訳じゃないよね?

「あ、あの~……僕の仕事って……」

「そう! これに乗って戦うのが君の仕事だ」

「無理ですよ! 僕、戦うとか無理ですよぉ」

 ケンカだってした事ないのに。

 そもそも何と戦うのさ。


 一人怯えているとビービーと警報が鳴り響く。

 初めて聞いても警報だと、はっきり分かる大きな音が鳴り響いた。

「おおっ、早速おでましか。丁度いい。実戦で実践あるのみじゃな。来なさい」

「え? えっ……ええっ?」

 田中さんに連れられ入った部屋は、やたらと立派な背もたれの丸椅子が一つあるだけだった。何故か、ものすごく嫌な予感がする。


「さぁ、そこに掛けなさい。出動だ」

「は?」

 聞き慣れない単語が聞こえた。

 椅子に座ると、背もたれからベルトが飛び出して、僕に巻き付きロックした。

 何が何だか分からないまま、椅子に拘束される。

「よし。準備万端だな」

 万端の意味を調べてきて下さい。

「ふぇ? は? ひっ……ひぃぃやぁぁあああっ」


 座った椅子が、突然床に沈む。

 僕を乗せたまま、チューブのような狭い通路を滑るように移動する謎の椅子。

 右へ左へ、上へ下へ。意味もなくうねうねと、くねりながら進む椅子。

 かなりの速度で突き進む椅子は、何処へ行くのか分からない事もあって、ジェットコースターよりも大分怖い。

 不意に動きが止まり、明かりがつく。

 先程よりも狭く、僕一人座るだけで一杯なくらいの部屋だった。

 嫌な予感は止まらない。


 目の前には大きなスクリーンと、手元にはたくさんの計器類。

「早速、起動してくれたまえ。そこにあるオーブに手を乗せるんだ」

「ふぇっ? は、はい」

 田中さんの声で指示が来る。

 さっき検診の時に見たような半球のオーブが手元にあった。

 丁度、前に手を伸ばす位置に、左右一対。

 恐る恐る手を伸ばし、その上に手を重ねる。


 起動音だろうか、ブォーンと響き、目の前にある三枚の大型スクリーンに何かが映った。先程の格納庫のようだ。

 まさかこれって……搭乗済みだったり?

「おおっ! 起動したぞ! やったなあきらくん」

「は、はぁ……」

 はしゃぐ田中さんの声がするが、僕は何も嬉しくはない。


「そのオーブに手を着いていれば、ロボは思うままに動かせるはずだ。では地上へ撃ち出すからな。思う存分暴れて、その力、我らの力を見せつけてやるのだ」

「え? ええっ? ちょっ、待って、待ってってばぁ! うきゅっ」

 好き放題、言いたい事だけ言って撃ち出された。

 しかも思っていたよりも凄い勢いで。


 抵抗も出来ず、地表に撃ち出された僕。

「ぷはぁ……な、なんなのぉ……ぅえ?」

 訳が分からない僕の目の前に巨大なビルが迫る。

 そんなものに反応出来るはずもなく、ビルだか柱だかにぶつかり、弾きとばされてしまう。おもちゃのように道路を転がり、ビルに当たって止まった。

 そこで漸く、何にぶつかったのか理解した。


 いや、理解は出来ないけれども。

「あきらくん。大丈夫だな? そいつは見た目よりも頑丈だからな」

「へ? はぁ、怪我とかは……大丈夫です。あれ、なんですかぁ」

 見上げる先には人型の巨大ロボットが聳え立っていた。

 どうやら、アレに蹴り飛ばされたようだ。

「君も知っているだろう。異星人の襲撃を。あれが今回の襲撃者だ」


「ふぇぇ、あんなのと戦うなんて無理ですぅ」

 5mはあった巨大ロボだが、遥かに見上げる敵ロボットは20mはありそうだ。

 この体格差で何が出来るというのだろうか。

 見た目、このロボに武器とかなかったよね。


「うははははっ、無理だろうなぁ。武器も何もないしな」

 なんで笑ってんの?

生贄いけにえですか? 人身御供ひとみごくうですかぁ!」

「わっはっはっは、安心したまえ。その姿はただの操縦席のようなものだ」

「操縦席だけで敵の前に射出しないでください!」

 もうだめだ。僕、ここで死ぬんだ。

「右だ。あれを見ろ」


 田中さんの言葉に右を見ると、青い機体が飛んでいた。

「あれは、あの時の……」

 いつか見た、ロボットアニメに出て来そうな、青い戦闘機だ。

 ビームが出る飛行機だ!

 50mくらいありそうだったけど、実際は5mくらいだけど戦闘機だ。

 あれが戦ってくれるのか。じゃあ僕いらないじゃん!


「あきらくん。合体だ」

「はぇ?」

 田中さんのおかしな命令が聞こえた。

「叫べ。死にたくなければ叫べ。チェンジ変形トランスフォームと!」

 何それなにそれ。チェンジも変形だよね?

 それでも叫ぶ。死にたくないからね。

「チェーンジトランスフォーム! うわわっ!」


 僕の搭乗しているロボが、突然空へ飛び立つ。

 青い飛行機が空中で分解していく。

 分裂? いくつかのパーツに分かれていくようだ。

 その青いパーツが僕の方へ、次々飛んで来る。

「ひぁっ、わっわっ、何してるんですかぁ」

 何が起こっているのか、自分の姿が見えない恐怖ったらない。

 何も理解できないままロボが着地する。


「あきら大丈夫? しっかりしてよ」

「へ? 林先輩? ちょっと先輩、どうなってんですかぁ。どこにいるんですか」

「貴方の後ろよ。背中のパーツにいるの」

「え? もしかしてさっきの飛行機って」

「そ。私が運転してたのよ。今は合体して一体化してるけど、動かすのはアナタよ」


 頭がパニくって何がなんだか。

 しかも目の前の敵ロボが、何故か縮んでる。

 いや、こっちがおっきくなったのか。

 元のロボも飛行機も5mくらいだった。

 どんな合体したら20m以上の巨体になるの?

 10m以上どこからもってきたのぉ?


「やったぞ成功だ!」

 楽しそうな田中さんの声がする。

「楽しそうですね」

「見よ、この姿を! あの無様な姿から、合体変形を経てこの雄姿ゆうしへ! まさに男のロマンよ! カッコイイだろう。これこそ青い悪魔アシュタロス! 全長25mの完全無敵ロボだ。悪魔の力、魅せつけてやるのだぁ!」

 田中さんが恐いくらいに興奮している。


 だから見えないんだってば。

 不細工な姿しか見てないんですよ。

 しかも、何で悪魔なんだろう。

 アシュタロスって、何か聞き覚えがあるけど青かったっけ?


「だったら、合体してから出撃させてくださいよ」

「何を言っているんだ。合体変形するからいいんじゃないか。男のロマンがわからんのか。無理して合体機能を付けたんだぞ」

 変な拘りに無理してたよ。意味が分からない。

「いや、知りませんよ。僕、女ですよ」

「むぅ、そうじゃった」


 何故か合体を待っていてくれた敵ロボットが動き出し、青い悪魔に向かってくる。

 もう、どうにでもな~れ。

「うりゃあー」

 我ながら、ちょっと気の抜けた声で殴りかかる。

 完璧に素人のパンチのはずだが、風を切る音が聞こえ青いこぶしが飛んで行く。


 文字通り飛んで行った。

 肘の先から外れた手が、ジェット噴射で飛んでった。

 青いこぶしが異星人の巨大ロボを殴り倒す。

「うはー……アシュタロス凄いです」

 飛んでった手は、自動で戻って来て元に戻った。

 凄いぞ賢いぞアシュタロス。


「今じゃ! 必殺技で決めるんじゃあ!」

 やたらと興奮している田中さんの指示か飛ぶ。

 どこだろう。北の方かな?

 興奮しすぎて訛りが出ている。


「あきら、いくよ。どうせ何も教えられてないだろうから言っとくけど、こっちのエネルギーを注いで、短時間だけパワーアップさせるから。必殺技で決めなさい」

「へ? え? 必殺技ってなんですかぁ」

「アシュタロス、赤い悪魔モード」

 先輩、最後まで説明してくださいよ~。


「おおー! アシュタロスの全身が青から赤へ。成功じゃあ! 見ろ、あきらくん。この真っ赤な悪魔の姿を」

「だから見えないんですって。なんで赤くなるんですかぁ」

「赤くなった方が強いじゃないか。さぁ、必殺技を叫ぶんじゃあ」

「必殺技ってなんですかぁ」

 もう泣きそう。

 早く帰りたい。


「必殺技と言ったらドリルだろう。男のロマンじゃないか」

「僕、女ですぅ」

「ええい。ドリルはロマンなんじゃ。叫べ回転ドリルと!」

 回転しないのはドリルじゃないよぉ。

「ひっさぁーつ! 回転どり~るぅ!」

 ドリルの発音が、ちょっと変になったけれど、もうどうでもいいや。


 真っ赤に燃えるアシュタロスが、前に突き出した両手を合わせる。

 5m二体で25mの巨体になった謎機能が、ロボの両手を巨大なドリルに変える。

 男のロマンって分からない。

 ドリルとなった両手を突き出したまま、頭から敵に飛び込むアシュタロス。

 高速回転するドリルが巨大ロボを貫いて、その体をアシュタロスが貫通して飛び去った。体の真ん中をくり抜かれた異星人ロボは大爆発を起こす。


 うわぁ。周りのビルがえらいことになってますけど。

「これ、周りは大丈夫なんでしょうか」

「気にするこたぁないわい。すぐに征服してやるからな」

「へ?」

 なんかおかしな言葉が聞こえた。

 今日は聞き慣れない単語が多い日だなぁ。


「あっ、そういえば言ってなかったっけ。あきら、うちって秘密結社なのよ」

「へ?」

 先輩からも、おかしな単語が飛び出す。

「なんだ涼子ちゃん、言ってなかったのか。この秘密結社『梅田』は世界征服を目指す会社なんだよ。その征服兵器アシュタロスを操れるのが君だよ。あきらくん」

「へ? えっ、ええーっ!」


 異星人の侵略から世界を護る正義の味方かと思ってたら、世界征服を企てる悪の秘密結社だったなんてぇ。

「ごめんねぇ。あきらには、うっかり伝え忘れてたのよぉ」

「忘れてたって……あ、侵略者と戦うのって……」

「もちろん、征服予定地を荒らされないためね」

「やっとアシュタロスを操れる人員が確保できたし。世界征服へ向かって始動だな」


 やられた。

 就職先で任された大型プロジェクトは世界征服でした。

 ある? そんなことって。

 外観を見た事もない巨大ロボットに乗って、世界を征服する事になりました。

 教師の方がましだったかも。

 あ、でもでも世界征服したら、夢の一人暮らしも出来るかも。

 よし。ぼくの一人暮らしの為に、世界を征服しちゃいましょうか。

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