プロローグ 浅井の滅亡⑵

「京極丸が織田軍に占拠されました!」

京極丸は小谷城の曲輪のひとつだ。小谷城の戦いでは本丸に長政、小丸に久政が篭っておりその両丸を繋ぐ位置にあった重要な曲輪である。

「小丸は!父上はどうなっておる…!?」

「小丸も時間の問題かと…」

長政の顔が曇る。不仲であった父親と言えども肉親である。苦難を共に乗り越えてきたのだ。

赤尾清綱も顔が上げられない。とっくの昔に敗北を悟っている。しかし自分は浅井の忠臣なのだ。決して逃げる訳には行かない。

「伝令にございます!小丸が…!陥落致しました…」

「父上は!?」

「下野守様は……自決いたしました…」

自然と長政の目から涙が出てきた。もしあそこで織田信長を殺しておければ…姉川で信長の首をとっていれば…今となっては叶わぬ願いだ。

「殿…織田軍が本丸に…」

「赤尾…すまぬ市の方と子供たちを呼んでくれぬか?」

「かしこまりました」

浅井長政が織田との婚姻時に貰った妻、お市の方は戦国一の美女と呼ばれるほど美しい姫である。

「殿…大丈夫にございますか?」

「ああ。大丈夫だ。ほれ初泣いているけどどうした?」

「茶々がさっきから無視してくるんじゃ!」

「そちが私の茶菓子を勝手に食ったのが悪いんでしょ!」

お初ー浅井長政の次女で後の京極高次の妻である。

茶々ー浅井長政の長女で後の豊臣秀吉の妻である。

「2人ともうるさい!江が起きたらどうするのです!?…万福丸どうしたの?」

江…浅井長政の三女で後の徳川秀忠の妻である。

万福丸…浅井長政の長男である。

「ところで父上?なぜ泣いてらっしゃるのですか?」

万福丸の一言で微笑ましかった家族の顔が曇る。

長政は自然と涙が零れていた。今から行うことを考えれば仕方がないかもしれないが。

「…あぁ。すまんな。つい…

話というのはな、お前たちには逃げてもらうことにする…」

「嫌じゃ!母上が助けが来るって言ってたしこの城好きなのになんでよ!」

無邪気な初の声が響く。

「こら!初!」

市が発言を遮ろうとするも

「よい市。初の気持ちもよく分かるのだ。すまない……」

沈黙が響く…

「この子達は当然逃がせます。しかし私はこの城に残ります!殿と一緒に!」

市がそういった

「死んでもいいのか!!!駄目だ!認められんわ!これは夫としてではなく浅井家の当主としての命令よ!」

長政の剣幕が厳しくなる。

「……分かりました。私たちは逃げましょう。娘たちは助かるでしょう。でも万福丸は…」

市がそう呟いて万福丸の方を見つめる。

万福丸はまだ9歳の子供。殺されるのはあまりにも不憫だ…

「分からぬ……信長という男を侮ってはならぬだろう…」

「兄上の!兄上の根は優しいのです…」

「この期に及んでまだ信長の擁護をするか!」

思っても無い一言が出てしまった。市の目にも涙が浮かぶ…

「すみません…」

「いやこちらこそすまない…」

市を深く抱きしめる。当時の2人は政略結婚としては珍しい大の仲良し夫婦であった。市が共に死ぬと言い出したのも夫を愛しているからである。同時に兄弟仲も良かったらしく信長との仲も良好であった。

「茶々、初、万福丸こちらへこい…江もだ。」

彼は彼女らを深く深く抱きしめた。

「必ず幸せになるんだぞ。」

そう言って。


その後市らは小谷城から抜け出してきた。元々織田川の要求であった上に信長とも血が繋がっているわけである。丁重に保護された。しかし、時は戦国敵の男一族は生きることは出来ない。万福丸はその後処刑されてしまった。


「赤尾、すまぬな…苦労をかけて」

「殿!そのようなこと申さないでくだされ!」

「よいでは介錯を行ってくれ。」

「…殿!」

その日浅井長政は自害し、小谷城は陥落した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

長政転生記 @yakyusoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ