優しい蝉(悲しむ私と蝉との不思議な話)

「あぁ、うるさい……」

夏休みに入ったばかりのある日。

宿題中の私は、蝉の鳴き声に頭を抱えていた。

自宅の近くには、蝉がたくさん鳴いてうるさい山がある。


ミンミン、ジージー、ツクツクホーシ。夏の間はずっと鳴いていて、とても耳障りだ。

宿題をやるにも、蝉の鳴き声がうるさくて集中できない。


「蝉なんて居なくなってほしい」


私怨のこもった呟きも、鳴き声で掻き消される。蝉へのイライラはずっと溜まってゆくのだった。


それから月日が経って、夏休みの終わりが近づいてきた頃。

私にとって、すごく悲しい出来事が起きた。


「タマ……タマ……」


大切な家族、三毛猫のタマが16歳で息を引き取った。

私は信じられなくて、大粒の涙をたくさんこぼしてしまう。

しかし、タマのことで泣いていても蝉の鳴き声で掻き消される。


それは、本当に嫌だ。

今日だけはタマのために泣かせてくれ。


「お願いだから、今日は静かにして……」


私は、蝉たちにお願いをする。すると、うるさく鳴いていた蝉たちが一瞬で鳴き止んだ。


「……眠って落ち着こう」


私は少し横になった。

そのあとは、お腹がすいた頃にもう一度起きて両親と夕飯を食べる。


その時間も、蝉たちの鳴き声は聞こえてこない。

両親も、今日は蝉が鳴かなくて変だねと言っていた。

私は、不思議な出来事に違和感を覚える。

だけど、心の整理がついてよかった。


次の日。私は、いつも聞いている蝉たちの鳴き声で目を覚ます。


いつもなら、鳴き声を聞いてイライラしていたが今日は違う。

晴れやかな表情で、私は部屋の窓を開けた。


「昨日は本当にありがとう!あと、いつもうるさいと言ってごめんね?」


私は蝉たちに感謝を伝えた。すると、蝉たちはいつも以上に大きく鳴き始める。


感謝の言葉に、蝉たちは喜んでいるように感じた。


この出来事は、蝉たちが私のために気を使ってくれたのかはわからない。


だけど、蝉たちの鳴き声に文句を言うことはなくなっていた。

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現実の延長線で【ホラー短編集】 ものくい @serokurohinoki

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