あはははははは!

 お隣さんのことはよく知らない。

 表札によると「くらはし」さんという人が住んでいるらしい。

 就職してから十年ほど、このアパートに住んでいる。

 その頃から、「くらはし」さんの表札はあって、いつも少女の笑い声が聞こえる。

 その声は私にとって日課で、いつも楽しみだった。

 楽しそうな少女の声が心を和ませてくれたからだ。

 だけど、私は他の地方への異動が決まり、アパートから離れることになる。

 名残惜しくなったが、仕方がないと思った。

 だからこそ、あの少女の声を最後に聞こうと思った。

「あははははは!」

 そして、いつものように、決められた時間に少女の笑い声が聞こえてくる。

 少女の笑い声に耳を傾けながら、ここで過ごした十年間の思い出を振り返る。

「ん?」

 十年の記憶を振り返ると、一つ不思議なことに気づく。

「十年も変わらない少女の声が聞こえるのはおかしくないか?」  

 少女は成長するはずで、あの無邪気な笑い声は聞こえなくなるはずだ。

「どうしてこんなことになっているんだ?」

 私は恐怖を感じた。

「あははははは……!」

 そして、声色がいつもと違って元気がないと気づいた。  

 元気のない少女に私は「いつもありがとう。また会おうね」と優しく言った。  

 すると少女はいつも以上に嬉しい笑い声を上げた。  

 数日後、十年住んだ家を出て、新しいアパートに引っ越した。  

 そこは前の家より綺麗なアパートだったが、少女の声はもう聞こえなかった。  

 だけど、それでも嬉しかった。

 それは、表札に「くらはし」と書かれていた。

 隣人とは会ったことがないが、あの少女が住んでいることはないだろう。

 しかし、「くらはし」の表札を見ると、少女との思い出がよみがえり、心が温まった。

「あははははは……」

「ん? なんだ?」

 今、少女の声が聞こえたのか……まぁ幻聴か。

 少女のことばかり考えていたせいで、声が聞こえたのだ。

「ちょっと気をつけないといけないなぁ……」

 男性は気づかない。彼の後ろで、ずっと笑っている透明な少女の存在を。

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