寒空に体温を預ける私の一コマ

波ノ音流斗

体験談、舞うは雪、凍てる過去、消える気霜

 私はコンビニのバイトを終えて、そそくさとバイト先のコンビニを後にする。

「まさかここまで寒くなるとは……」

 と、私は手を擦りながら帰り道を歩く。




 ニュースを見ていたら、なんと10年に一度の大寒波だそう。まさかそんな大袈裟な、なんて私は半信半疑だったのだが、外に出てみれば雪が舞っていた。おかしいなぁ、ここは日頃ほとんど雪なんて降らない地域のはずなのに。


 今も洋服の布越しに氷を当てられるような感覚を肌身に受けている。私がその半信半疑故にあまり厚着をしてこなかったこともあるのだが、どうもその寒さに加えて、かなり強い風が吹いている。


 バイト中のコンビニから覗く景色は、なんだか豪雨を見ている気分だった。風によって雪の密度がゆらゆらと変わる様を、夏場や梅雨時や台風襲来時に見る豪雨に重ねた。この辺の人たちは暴風雨の時に同様に見えるその景色の主、雪の100倍この地域に馴染みのあるそれを「雨のカーテン」なんて呼んだりする。それに倣って名前を付けるならば、「雪のカーテン」と言ったところだろうか。




「……そういえば、」

 と、夜の吹雪に体を縮こませながら帰路を歩く私は、ふとこんなことを思い出した。


 この10年に一度の大寒波、前回は7年前だそう。その頃小学6年生だった私は、この時の記憶を比較的鮮明に覚えている。

 小学6年生なんてまだ子供だから、日頃雪が降りもしない地域において雪が積もっている景色を見た子供のころの私が、それはもうはしゃいでいたことを覚えている。男子に混ざって雪合戦をしたり、雪だるまを校舎へ続く階段に並べたりしていたなぁ、なんて思い出したりする。

 そしてこの年は、私が初めてのを経験した年でもあった。

 まぁ私がいうのもなんだが、そんなに頭が悪いわけではなかったが、やはり受験などそういう経験が足りなかったこともあって、中学受験において面接で落とされた。正直別に今までずっと後悔しているというわけではないものの、その頃真面目だった頃の私には少し心に来る出来事だったと思う。




 そんな回想を終えて、私は今の自分を思い出してしまう。

 高校3年でうつを患い不登校になり、そのまま受験は見送りし留年、転学してなんとか高校卒業の肩書を得られそうなところまできたものの、かつて前の高校の同じ教室で勉強していた同級生たちとはあまりにかけ離れた生活をしている。他の同級生は大学でさらに努力を続けているのに、私はこうやってコンビニバイト以外は家に引き篭もりベットに体重を預ける日々が続いている。



「ふぅ……」

 流石に寒いなぁ……と、凍りつくような寒さに回想を強制的に終了させられた私は軽く肺を意識して呼吸する。寒空の下の呼吸は、肺に入ってくる冷気によって体が内側から冷やされて、中に溜まった妙に淀んだ空気が清められる感覚がして、ちょっとしたお気に入りである。


 ⋯⋯が、今この現実が変わるなんて幻想が起こるわけもない。


 なんて、回想が終わっても定期的に私が私自身に現実を突きつけてくるわけなのだけれど。





「お姉さん、何してるの?」





 突然の声に少し体から「寒い」という感覚が失せた気がした。


 声は目の前、この寒気と重苦しい思考により俯く姿勢になっていた私は、その声に過剰に反応し、急に姿勢が伸びた感覚がする。その感覚に抗う暇もなく、私の視界を前方に向けた。


 目の前には、私の背の半分とまではいかないものの、身長の低い少女がいた。年齢はおそらく中学生になる前後くらい、黒いロングのさらさらした髪を夜の吹雪にはためかせている。服装は制服、一応上着付きの冬服だがスカートの中は素足のようでとても温かい服装とは言えない。紺を基調としたその制服には相対する真白の雪が肩などに積もっていて、まるでここで私が来るのを待っていたかのような雰囲気だ。


「⋯⋯あなたこそ、ここで何をしているんですか?」

 私はとりあえず気になってしまったことを口に出す。


「いいえ、何も」

 と吹雪の風を真正面から受けないように少し顔の角度を変えて、視線を横にそらしながらそう答えた。


「何もないわけないでしょう、今日は大寒波だってみんな騒いで、子供も大人も家に籠っているっていうのに」

 と、その見た目の年齢に見合わない無表情に少しばかりの懐疑心を抱きつつ、その回答に突っ込みを入れる。


「あぁ、みんな寒がりだもんね」

 その少女はやはりどこか素っ気ない雰囲気を持っている。他人を寄せ付けない何かを持っている。


「そんなこと言って」

 と、私はその少女に近づき、しゃがんで目線の高さを合わせ、その少女の両手を私の目の前にもってきてぎゅっと握る。まるで氷を握っているかのような冷えた両手を確認して、

「あなたも体が冷えてしまっているじゃないですか」

 そう少女に言った。


「私はもともとこうよ」

 とその少女は強がりを言う。

「それにお姉さんも人のこと言えないでしょ」

 とその少女は私の両手から自身の両手を引き抜き、その上からさらに私の手を握って見せる。


「⋯⋯あなた、ませた口を利くのですね」

 と、私の手を包むにはあまりに小さい少女の手から私の手を引き抜き、ポケットにそれを収める。それに合わせて、少女のほうも手を自らの制服のポケットに突っ込んだ。

「暇してたの、お話ししよ」

 と、少女は私にそう提案する。どうもこの少女は家に帰ったりなどはしないらしい。その行動にさらに不思議な気分になったが、

「⋯⋯まぁすこしならいいでしょう」

 と、家に帰っても特にすることのない私は、その少女の不思議な行動には目をつぶり、代わりにその少女の年相応のお誘いを受け入れることにした。




「お姉さんは今まで何してたの?」

 道端の街頭の2メートル横に2人腰を下ろし、少女はさっそく私の話を切り出した。

「それを答えてくれたら、あなたも同じ質問に答えてくれるの?」

 私は、この吹雪にも似た雪模様にはあまりに不似合いの少女が気になりそんな意地悪に似た質問をする。

「いいえ、私は答えない」

 と、こちらを見ることなく答えて見せる、私の隣に座った少女。なんといえばいいのだろう、ふてぶてしいとか、肝が据わっているとか、動じないというか⋯⋯。とにかくこれ以上追及するのも意味がないことは何となく理解した私は、最初の少女の質問に答えることにした。


「何もただのバイト、コンビニですよ」

 と私はその少女の質問に回答する。辺りはまだ吹雪いているので、時々目を細めたり、足を擦り寄せたりしながら、吹雪に遮られる少女の顔を伺う。まるで現在進行形で降る雪に溶けていきそうな白い肌をしている少女は、こちらを見ずに、まっすぐ前を向いて体育座りしている。


「……なんだか不服そう」

 ふと少女は私をしっかり意識したその発言をぽつりとつぶやいて見せた。なんだかこういうところまで大人びてしまっている、最近の子供はみんなこんな感じなのだろうか。

「⋯⋯まぁそうですね」

 私は特に理由もなく、この少女には隠し事しないほうがいいのかもしれないと思った。なんというか、相談を受けてもらっている感覚に陥っているようだった。

「私の年齢になると、みんな大学行ったり就職したりするものですからね」

 そう言って、私は少し空を見上げた。普段はベテルギウスやリゲルなどを拝めるが、今日のこの天気ではそうもいかなかった。



「なんだか、私は何もできていない気分になってしまうのです」



 それを言って、ふと寒気に我に返った私は少女のほうを見て、

「ごめんなさいね、こんな話」

 と謝罪した。なんだかこの年齢の子供は夢を見ているものだと、それを妨げるような大人の世界を見せるわけにはいかないと、本能的な部分で感じていたのかもしれない。

「いいえ、お姉さんはを言わなそうでよかったわ」

 と少女は私のほうを見て答えた。体育座りは維持した状態でこちらを見ている。


 この会話中に初めて少女と目が合って、私はその目を見て妙に見入ってしまった。目は少し紺がかかった黒、瞳孔はさらに黒く、それは今この吹雪を上から眺めている夜空のようだった。もし今日が満天の星空で、ベテルギウスとリゲルの間の三ツ星まで綺麗に映えるような夜だったら、そんな星がこの少女の目に吸い込まれて、さぞその輝きが美しく映るのだろうと、そんな想像をした。


 と、そんな想像を膨らませている間、私と少女はずっと目を合わせたままだったことを今気づく。少し気恥しくなった私は少女に対して、

「⋯⋯そんなに私を見つめて、どうしたのですか?」

 と苦し紛れに質問をした。


「⋯⋯いいえ、」

 と、少女はなお私と視線を交えて口を開き、




「大人ってこうやって子供を忘れていくんだなぁって」




 と続けた。


 なんだか、あまりに私に刺さる言葉だった。

 それを聞いて私は、へ?という間抜けな言葉を漏らして、そこから何も動かせなくなった気がした。


 そんな私を気にすることもなく、私から視線を外し前方のほうへと戻した少女はその言葉につなげるように話し続けた。

「私のまだ知らない大人の世界のことだから、あまり言えることもないけど、なんか『しないといけない』が強すぎる気がするの」



 そう言って、少女は跳ねるように立ち上がる。


 少女が立ち上がった時、一際強い風が吹いたと私が目を瞑ったかと思えば、突然吹雪といえるほどの風はなくなり私は不思議に思い顔を上げる。


 辺りは少しずつ白くなっている。少し避けていた街灯の明かりが、段々地面から反射するようになっている。


 まるでその明かりをスポットライトにするかのように、少女は口元だけでフッと微笑みながらその場で回る。


「お姉さんも立って?」


 と一回転した少女はしっかり止まり私の目の前に手を差し出す。それに合わせて、宙を舞う雪が少女の周りを回っているように見えた。


その少女の不思議な立ち回りに少し驚いていた私に対して少女は言う。


「雪はこんなに舞っているの。お姉さん、雪をすくって?」


 少女がそういったタイミングで私の少し前のほうに雪が落ちてきたので、言われるがままそれを右手を受け皿に掬った。


 それが、微かながら残る私の人体温によってすぐに消える。


 それを包むように私の手に、少女が手を重ねた。やはりひどく冷たく、雪のせいか少し濡れている。


 そしてその冷たさにハッとされる私の手を、少女はぎゅっと握り自らのほうへ引っ張って見せる。

 私はそれに引っ張られて驚きつつ、少女のほうへ立ち上がりつつ。そんな私の周りで、いま着地したばかりであろう雪が少し舞い上がった。



「お姉さんもこの景色に、少し浮足立つでしょう?」



 少女は少し体を傾ける、重心が揺れ、その変動を楽しむように笑みを浮かべる。

 私はなんだか戸惑いつつもそれに合わせて体を動かす。


 そんな最中、少しばかり前回の大寒波のことを思い出した。

 ⋯⋯あぁ、あの頃の私も、こんな顔をしてたのかもしれない、なんて。




 少女は踊る、私は手を取り、それをたどるように体を動かす。

 雪は舞う、チラチラと街灯の明かりで自らを装飾し、私たちの周りを浮いている。


 凍てつく寒さは、なんだか私を透き通るよう。

 雪を躍らす風は、なんだか私が揺れるのを支えるよう。


 気霜を吐いては消える、繰り返し少女の顔が見え隠れする様を見て、


 ⋯⋯あぁ、この少女は、私に似ている。

だがしかし、私から遠く離れているようにも見える。

いっそ、私は何か幻想を見ているのではないか。


 なんて思ったりした⋯⋯





 ⋯⋯ところまでは覚えている。


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