魅惑のひとみ 💅

上月くるを

魅惑のひとみ 💅





 池波正太郎さんの『銀座日記』にベティ・アマンというドイツの女優が出て来る。

 試写会で観た映画のあの目に魅惑された、同席の老人もメロメロだと言っていた。


「あの目に出会ったら、いまでもぼくは抵抗できないよ」と頬を染めたとか。(^-^;

 で、どれほどの目なのかウェブで画像検索してみたら……うわ~、すごい隈取り!!


 素の見当もつかない厚化粧&すくい上げるようなカメラ目線に辟易させられたが、いま、その映画を観ても再びトキメクだろうか、往年のジェントルマン諸氏。(笑)




      🧞‍♀️




 まあ、それはともかく、蠱惑の目と聞けば反射的に呼び出されて来る記憶がある。

 あれはまだ三十代半ばぐらいのころ、少し年下の女性スタッフから耳打ちされた。



 ――社長から誘われているんだけど、専務のあの目が怖くて……。('ω')



 シングルマザーのパートスタッフのHさんが社内でそう言いまわっているという。

 想像もしていなかったことにとっさに思った「なんてキタナイ人たち!」(*ノωノ)


 世間ではよく言われることが自分に起きるとは思いもしなかった甘いご都合主義を棚に上げ、いまさらながら思い当たることが多々あって、遅ればせにホゾを噛んだ。




      👠




 そのころ、ひふみさんは夫婦で起業した土産品卸業の専務取締役と呼ばれていた。

 社長には当然のように夫が就いて、好況に支えられたワンマン経営で突っ走った。


 とにかく手広く展開するのが好きな人で、県内外に支店を出し従業員を増やした。

 一方、本社では値札貼りや納品返品の処理にパートの主婦を十数名も雇い入れた。


 子育てと家事と仕事、三足の草鞋に精いっぱいの妻は人事の圏外に置かれていて、気づけば、社長好みのグラマラスな女性たちが社内のあちこちで嬌声をあげていた。


 当時人気絶頂だったイタリア女優・ソフィアローレンに似た容姿のHさんが専務の自分に対して醸し出す独特な気配の因を知り、週刊誌ネタっぽさに打ちのめされた。





      🩴




 ただでさえ疲れ果てていたので事を荒立てたくなかったことはたしかだが、前後の記憶が飛んでいるのは、いやなことは忘れるオメデタイ頭脳のおかげだろう。(笑)


 で、池波さんの文庫本を読んで久しぶりに思い出したのが、隈取りのアイメイク&黒すぎて表情が読めない眸&きれいなピンクが塗られた爪 etc.だったというしだい。


 ちなみに、先の見通しもなく拡大した事業はやっぱり転び(笑)代表取締役社長は個人保証させた専務取締役の妻に巨額の負債を残し、国会Gの秘書の女性と去った。


 こうして経緯を書き出すと、世間知らずで間抜けだった自分を嘲笑したくなるが、それから何十年も吹きつづけた嵐が収まったいまは、お伽話のような気もしている。




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