本を閉じる、紅茶を淹れる。
地崎守 晶
本を閉じる、紅茶を淹れる。
よく乾いた、古い紙の匂いに包まれて過ごすのが、何百万年にも渡る私の日常であり幸福だ。
すでに食事も睡眠も不要の身となって久しく、延々とこの知識の宝庫に埋もれていられる。
ここはあらゆる時空に通じる、世界という巨大樹の大きな枝の根本にあたる場所。
時が止まったかのように常に美しくかぐわしい花の咲き誇る庭園に囲まれた、ありとあらゆる世界の叡智を収めた魔法の大図書館。
大理石の床、レリーフの刻まれた黒檀の柱、ベルベットの絨毯。
荘厳さと静謐さをたたえ、上から下まで本で埋め尽くされた空間。
新しい世界が生まれる度に、本が隙間なく並べられた黒檀の書架の数も増える。
古い世界が消滅しても、所蔵されたその世界の情報は未来永劫残り続ける。
私はこの図書館の司書であり、一番の利用者。
増え続ける本を閲覧し、頭の中にこの図書館の全てを記憶し、ごくまれに訪れる訪問者の求める知識を提供する。
私の唯一の職務であり、唯一の喜びであった。少なくとも二千年前ほどまでは。
私は大きな窓から差し込む陽光と庭園に迷い込んだ小鳥のさえずりで朝が訪れたことを知り、ランプの灯を落とす。
夜通し読書に没頭出来る私が手を休める瞬間はそう多くない。
異なる世界の知恵を得ようとする者を出迎えるとき、元の世界を失い放浪する者を保護するとき。
そして、今まさに庭園の向こうに小さく見える少女が、気まぐれに現れるとき。
あらゆる世界の中でも最高級の紙より白く、朝日を弾いて流れる髪。
夜の帳よりなお深い黒に沈む衣。
私に求める本を尋ねるでもなく、話したいだけ話して風のようにどこかの世界から世界へと渡っていく。
最初こそ、静謐な私の図書館を乱す、うとましい少女としか思わなかった。
私にとって世界とはこの図書館の書物からいくらでも想像できるものでしかなかった。すでに知っている世界を、なぜ人の口から、特にやかましい彼女から聞かなければ行けないのか、と。
しかし彼女のする旅の話は、書物の情報量とはまるで違っていた。
彼女と、彼女の訪れる世界の人々の血の通う物語は、そして物語る彼女の顔に浮かぶ様々な色は、私の世界に新しい香りを付け足すようだった。
窓の外、こちらに気がついた少女は悪戯っぽく笑んだ。その引き込まれるような微笑みはいつでも変わらない。
今回の彼女のおしゃべりは、どんな刺激を私の世界にもたらしてくれるのか。
彼女との時間のために取り寄せるようになった茶葉で紅茶を淹れるため、立ち上がる。
私は弾む心を落ち着かせるように、栞を
紙の厚みが重なって生まれるささやかな風が、そっと私の手を撫でていった。
本を閉じる、紅茶を淹れる。 地崎守 晶 @kararu11
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