メンダコフィーバー!

蓮司

メンダコフィーバー!

俺は隣の席の園田さんが好きだ。

その子はとても可愛らしくハンカチをいつも持ち歩いているような女の子。

ピンクのシャーペンで綺麗な字を書く可憐な女の子だ。

窓際の席は園田さんの為にあると言っても良いほど風に揺れるさらさらとしたまだ幼さが残る蝉鬢せんびんが綺麗だ。

彼女の隣の席に座る俺はそれを毎日独り占めしていると言っても過言では無い。

俺はクラスのムードメーカー的な存在で、いつも男たちと馬鹿やっては園田さんに笑われていた。

でもくだらないことでクスッと笑うその笑顔がとても可愛くて、俺は授業中もあの手この手を使って園田さんを笑わせていた。

授業中の教科書に隠れて声を抑えながら2人でクスクス笑いあう、そんな2人っきりの世界に浸る時間が心地よかった。

俺はもう一生この席でも良い。

園田さんの笑顔が見られるならそれだけで幸せだ。

彼女の笑顔は俺が守ってやるんだ。



ある日突然、隣のクラスの田中の頭にメンダコが生えたという噂が耳に入った。

俺はそいつと話したことがないしクラスで少し浮いてる様なやつらしく、クラスの笑いものになっているらしい。


俺は休み時間に園田さんと一緒にそのメンダコを見に行くことにした。

教室の窓から覗いてみると田中の頭には本当にピンク色のメンダコらしきものが何食わぬ顔でちょこんと生えている。

だが、本物のメンダコではない。

メンダコの形をした何かだ。

田中は何事も無かったかのように普通に生活をしている。

異様な光景に園田さんは少し怖がっていた。

そりゃそうだよな。

人間の頭にメンダコが乗ってるんだもんな。

俺から見に行こうと言ったものの、どんな感じで声をかけたら良いのか分からず無言のまま自分の教室に戻ることになった。


園田さんはメンダコのことが気になるのか授業中はあまり笑ってくれなかったが、暫くすると気にならなくなってきたのか、また笑ってくれるようになった。

一安心だ。

それにしてもあの趣味の悪いメンダコはなんなんだ。



次の日、同じクラスの高橋の頭にメンダコが生えた。

俺はそいつと仲が良く一緒にサッカーをしたりする仲だから、そいつのメンダコを見て腹の底からゲラゲラと大笑いして馬鹿にしてやった。

園田さんが怖がらないように。

俺の様子を見て周りの奴らもそいつを笑うようになった。

高橋は嫌がっていたが、俺たちはメンダコを揶揄うことしかできない。

でも笑い飛ばして良かったのかもしれない。

園田さんが一緒に笑ってくれたから。

俺はそれが嬉しかった。

ありがとう高橋と謎メンダコ。

お前たちの犠牲は無駄にしないぜ。


そのまた次の日、高橋の隣の席の坂本や田中のクラスの何人かの頭にメンダコが生えた。

どうやらメンダコは伝染するようだ。

感染経路不明のメンダコ達の感染を防ぐため、俺たちはマスクをすることにした。

メンダコが頭に生えた人は町の笑いものにされた。

馬鹿にされていじめられるやつも出てきた。

流石にやりすぎだと思うが、止められない。

近づくと感染して俺もメンダコが生えてしまうかもしれない。

そうなるといじめの対象は俺になる。

園田さんに嫌われてしまうかもしれない。

それだけは絶対に嫌だ。

俺は周りと同じように高橋やその周りのメンダコ感染者を視界に入れないようにした。

しばらくして高橋は学校に来なくなった。



メンダコ発生から1ヶ月。

マスクなどの感染予防のお陰でメンダコ感染が少し抑えられている。

だがクラスの4分の1がメンダコ感染者だ。

そいつらはいじめられたり除け者にされたり腫れ物扱いだ。

園田さんもメンダコの話題は出さない。

俺たちはみんなの頭のメンダコを馬鹿にしながら次は自分かもしれないという不安を抱えながら生きていくことになった。


最近はテレビでもメンダコのニュースがよく流れる。

新聞もメンダコの記事ばかりだ。

人の頭に生える謎のメンダコ。

メディアはそればかりを取り上げる。

メンダコは今や世間の笑い草だ。

俺はもうメンダコの話題には飽きてきた。

自分がメンダコ感染者にならなければそれだけでいい。

マスクをしなければいけないのは鬱陶しいが、学校には園田さんがいるし何も不自由などない。

俺は日本を騒がす謎のメンダコなんて気にならないほどに彼女との日々に浮かれていた。



ある日の朝、俺がまだ布団に潜って2度寝をしようかと寝返りをしていた時、母の悲鳴が聞こえた。

急いで自室を飛び出し階段を降りて1階のリビングに向かうと朝髪も正していない母が顔面蒼白で立ち尽くしていた。

そんな母の頭にはあのメンダコが。

その横で父と姉はマスクもせず周章狼狽しゅうしょうろうばいしている。

俺は状況が理解が追いつかずその場に立ちすくんでいたが、このままじゃ自分も感染すると思い、すぐに近くの棚からマスクを取り出し父と姉にも渡す。

その日、幸いにも母以外の家族には感染しなかった。

だが、その日から母は仕事を休み塞ぎ込んで俺達に伝染しては悪いと思ったのか部屋から出てこなくなった。

俺が最後に見た母の笑顔は母が作った夕飯を俺たちが褒めた時だ。

あんなに賑やかだった家族の夕飯時がこんなにも静かな時間になるとは思っていなかった。

あの、メンダコめ。

俺たちから幸せな時間を、母の笑顔を奪ったことを許さない。

一刻も早くみんなの頭から消え去って欲しい。



メンダコは勢力を強め始めた。

今じゃクラスの半分以上が頭にメンダコを乗っけている。

俺の家族も俺以外は全員既に立派なメンダコ所持者だ。


沢山の人がメンダコの存在を受け入れだした。

テレビに映る有名人も政治家もアイドルも自身の頭のメンダコの存在を隠さなくなった。

今までは帽子や髪飾りなどで隠していたものを急にさらけ出してメンダコの存在をあたかも当たり前のように振る舞い出した。

そしてメンダコはピンクだけでなく色んな色があることが分かった。

緑や黄、青に紫。白や黒なんかもある。

多種多様なメンダコの色をファッションとして取り入れる雑誌も出版されるようになった。

母も仕事に顔を出せる状態にまで回復し、高橋も学校に来るようになった。

メンダコに感染しても特に影響がなく、今まで通りの生活を送ることができるから、別に頭にメンダコが乗っていても良いのではと考える人が多くなり、今じゃマスク無しで外出する人が増えた。

そんな中、俺も園田さんもまだメンダコに感染していない。

メディアは感染しやすい人、感染しにくい人がいると言う。

俺たちは後者の部類なのかもしれない。


園田さんはメンダコを怖がっている。

彼女はいきなり出てきたメンダコを何故か受け入れだした世間が理解できないみたいだ。

彼女はメンダコが生えている人間が別の生命体に見えているのか、目を合わせようとしない。

そんな彼女を安心させるべく、俺はメンダコに感染したくない。と彼女の前で言っている。

別に俺は感染したところで何とも思わないが。

みんながマスクを外している中、俺たちはずっとマスクをしていた。

園田さんはそんな俺を見て安心したように笑う。

俺達以外が感染しても、園田さんが俺だけに笑ってくれるなら俺はそれでも構わない。

本気でそう思っていた。



3ヶ月ほど経ったある朝、学校に行くと園田さんがいつもより眩しい笑顔で笑っていた。

そんな彼女の頭にはあのメンダコが。

……なんで、笑っているんだよ。

あんなにメンダコを嫌がっていた彼女が、感染したらどうしようと目に涙を浮かべていた彼女が。

どうして。


「あのね、今朝起きたらメンダコが生えていたの。

最初は吃驚してお母さんに泣きついたんだけど、お母さんはやっとメンダコが頭に乗ったのねって笑ってくれたの。私、そんなこと言われると思ってなかった。今までメンダコに嫌悪感しかなくて感染なんてしたくなかったけど、みんなと同じになれた感じがして少し嬉しくなっちゃった。君も早く頭にメンダコ乗ると良いね!」


園田さんはそう言って笑っていた。

俺より先にメンダコに感染したのに笑っている。

彼女の眩しい笑顔の前で何とも言えない感情が頭の中で渦巻いた。

俺はまだ感染していない。

きっと頭にメンダコが乗った姿を見せれば彼女はお揃いだねと笑ってくれるはず。

彼女の笑顔が見たい。

俺も早く頭にメンダコを乗せよう。


俺はその日からマスクを取った。

少し気まづかった高橋とも話すようになった。

たが、一向に感染しない。

おかしいな、みんな簡単に感染していったのに。

周りからは早くメンダコ乗っけなよと圧をかけられるようになった。

家族も心配しているようだ。



とうとう俺以外全員メンダコに感染してしまった。

そしてメンダコに感染していない方が異常という世の中になってきた。

メンダコが頭に乗っていないなんて遅れているとクラスメイトから言われるようになった。

少し避けられ始めているのが分かる。

このままメンダコに感染しなければ俺はいじめられてしまうかもしれない。

途端に怖くなった。


どうして!

少し前まではこんな世の中じゃなかったのに!

みんな最初はメンダコを馬鹿にしていたくせに!

多数派が勝つ世の中だ。

俺がいくら叫んだところで大衆には聞こえない。

こんなの理不尽だ。

今までは俺が普通だったというのに。

変わったのはみんなの方なのに。

置いていかれただけでこの仕打ち。

頭にメンダコが乗っていないだけで!!


俺はメンダコのレプリカを作った。

それはもうみんなのメンダコそっくりで。

それを頭に乗せて家族に見せるとやっとメンダコが頭に乗ったぞとケーキまで買っちゃったりして。

何だそれ。メンダコ如きで。複雑だ。

だが、これでいじめられることもないな。

俺はみんなの前でヘラヘラと笑った。



俺は学校に行き園田さんにメンダコを見せる。

彼女はとびきりの眩しい笑顔を俺に見せた。

やっとお揃いだね、と。

園田さんは続けて言う。


ずっと前から好きだったの。

貴方の頭にメンダコが乗ったら告白しようと思ってたの。


俺は元から園田さんのことが好きだったからもちろん頷いた。

だが、俺の気持ちは少し複雑で。

俺は彼女がメンダコに感染する前から彼女のことが好きだった。

彼女にメンダコが生えていなくても好きだった。

でも彼女は俺の頭にメンダコが乗ったから告白したと言った。

俺の頭にメンダコが乗っていなかったら成立しなかった関係だ。

俺の恋は憎いメンダコによって実ったのだ。

しかもこのメンダコは偽物レプリカ

だから園田さんとの関係も偽物だ。

これから俺はこの嘘のメンダコを頭に乗せて嘘の恋をするのだ。



彼女は俺の手を取り幸せそうに含羞はにかむ。

そして俺の頭の偽物レプリカを見て微笑む。

俺も彼女と一緒に笑った。

でも俺の嘘の笑顔は引き攣っている。

この先ずっと嘘を吐いて生きていくのだ。

俺は現実から目を背けた。



…彼女の頭のメンダコが笑った気がした。

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