悪『役』としての美学

環月紅人

本編(4277文字)


 憧れの作品の実写化。

 まだ経歴の浅い俺はオーディションに合格し、見事悪役に大抜擢された。

 光栄だ。なんてったって、俺はその作品、ひいてはそのキャラのファンだった。作品の価値を貶めないよう、キャラのイメージを損なわないよう、全力を尽くして役を演じようと思った。


 役が決まってから脚本が渡されるまでしばらくあり、原作の読み込みと、自分が演じることになったキャラクターの設定を今一度しっかり見つめ直すことにした。

 作品の名前は東京ヴィランズ。役の名前はジョウ。

 深夜零時から明朝の四時まで無法地帯化する、東京渋谷を舞台に頭のおかしな奴らが殺し合う。悪逆非道、残虐に。キャッチコピーは「全員主人公で全員悪役で全員死んでもおかしくない!」――この通り、主人公と思われたキャラが次の話では殺されている、そして殺した奴が主人公になっている、なんてのはざらにある作品で、各話ごとに視点がどんどんとスイッチしていくことが特徴。キャラも豊富ながら全員が魅力的で、そのなかでもジョウというキャラは、特に根強いファンがいる。

 サイコパス。そしてアルトという名前のキャラに対して、異常な執着を見せる宿敵。気持ち悪いのに格好良くて、理不尽なのにカリスマを感じる。ビジュアル面も強く、多くの読者を虜にしたようなキャラだった。

 上記では、作品の特徴を「誰もが主役である」としたが、ジョウとアルト、このツートップに関してはやはり特定の物語性があった。当然ながら作中設定的にも「強い奴は生き残る」作品なので、その存在感もさることながら、ジョウが見せる異常な執着性が因縁のようなものを作っていた。特別なキャラなのである。

 今回の実写化に際しても、そこを描いていくつもりらしく、本シナリオでは明確に俺が悪役。そしてアルトが主役という位置付けで物語が進んでいくようだ。脚本を頂く前からそれは周知されていた。


 だから、脚本が楽しみだった。



 蓋を開けてみたらどうだ。

「なんだこれ」

 おかしい。

「原作と違う」

 陳腐で……ちんけだ。そんな脚本だ。

 ストーリーそのものが散らばっているように思えて、この台詞をどういうニュアンスで言っているのか、どういう意図で言っているのかが見えない。理解出来ない。ストーリーも筋書き通りで、驚きが少ない。というかこれは『東京ヴィランズ』じゃない。アルトでもないしジョウでもない。本作品の強みである、無差別な殺し合いと騙し討ちの要素がかけらもない。

 王道じゃないのが強みなのに、王道どころかテンプレートぐらいの面白みもない作品にされている。


 原作を読んでいるときにあった、驚愕がない。「〇〇が死んだ!?」という戸惑いがない。「次の〇〇(視点キャラ)長生きしすぎだろ。共感出来ないから早くスイッチして欲しい……」という不安がない。良さがない。強みがない。面白くない。

 それに。

「解釈、おかしいだろ」

 クライマックス、第三の敵が現れる。ジョウとアルトが共闘する。

 鼻で笑いたくなった。

「クソすぎ……」

 やつ当たるように脚本を投げ捨てた。


「はぁあああああ」


 どかっとソファに沈み込み、テーブルの上に足を投げ出す。タバコで溢れた灰皿と、ウイスキーの角瓶。割らずにストレートで飲むよう努力してる。風呂上がりは上裸で髪を乾かさない。寝室には女を待たせている……はさすがに真似が出来なかったが。

 役作りに俺はジョウを模倣していた。

 俺は、ここまでジョウになろうとしている。

 なのに、こんなクソな脚本なのか。

「いや、いい」

 信じよう。そうだ、撮影の時に直接監督に聞けばいい。アドリブじゃないが、ここはこうした方がいいんじゃないんですかと言おう。そうだ、提案だ。提案をしよう。

 俺が一番原作を理解している。製作陣が原作に疎いなら、俺が少しでも近付けるように打診していけばいいはずだ。

 役を受け取ったのは事実なんだ。

 俺は全力でジョウを演じる。

 気の迷いを感じながらも、俺は役作りを継続した。

 


 撮影開始日。俺は体重を六キロも落として、よりジョウというキャラに近付けていた。

 衣装を羽織り、メイクを施す。鏡のなかで完成していく自分の姿は実写化というに相応しく、それなりに気分も高揚とした。覚悟を決める。

 俺はジョウだ。


 脚本の流れは、東京ヴィランズという作品の設定とキャラだけを流用した全く異なる作品だ。

 一人殺せば三十万。生き残っていたら振り込まれる。原作には存在しない難病の妹という設定が追加されたアルトを主人公に、金のために人を殺めるダークヒーロー的な物語で進行する。悪役ジョウはそんなアルトの涙ぐましい偽善を嘲り、問いかけ、立ち塞がるというキャラだ。その関係性は原作ともまた異なるが、まあ嫌いじゃないジョウらしさも感じる。

 問題はこのあと。


「これは全然ジョウらしくないです! 脚本を見直してもらえませんか!」


 アルトとの共闘戦線。そして美しい死に様。ジョウというキャラの人気を勘違いしたのか、変に美化した『らしくない』展開をジョウというキャラにやらせようとしている。

 違う! ジョウというキャラは、反社会的な世界・枠組みのなかに秩序をもたらす姿が格好いいのだ。それは悪を淘汰する、という意味じゃない。誰もがジョウという存在を恐れる、誰もがジョウしか生き残らないと予感する、そんな大それた存在が、ことアルトに関してのみ異常な執着を見せる姿がひどく恐ろしくて面白いのだ。そこに深い理由はなくて、そこに暗い過去もなくて、ジョウというキャラは享楽家。そしてシリアルキラーのサイコパス。金のためでもなんでもない。ジョウという存在の結末は、支配者になるか惨たらしく殺されるか、その二択しか残されてない。

 そのキャラクター性が最高に良いというのに。


 監督も脚本家も誰も彼も、原作へのリスペクトがまるでなかった。それこそ金のためだけにやろうとしている。評判なんて気にしてない。東京ヴィランズという箔を借りて、荒稼ぎしようとしているだけにしか俺にはどうも思えなかった。

 こんなのは間違っている。

 ――ジョウが一番嫌うものだ。


「シーン三十五。撮影開始します」

 しかし撮影は続く。心の中にもやもやしたものを抱えながら、俺は俺がしたいジョウじゃないパチモンの役をやっている。

 型に嵌められる。我慢ならない。今にして思えば、俺はジョウになりきり過ぎていたのかもしれない。

 だって―――――。




   「ヒャハハハハアッ!」




 ――下品な笑い声を絞り出す。台本を忘れて俺はジョウになる。

「誰がてめえなんかと手を組むかアルト!」

 吐き捨てる。アルトの演者が戸惑っているのが目に映る。スタッフが困惑する。撮影が中断されそうになってる。俺は声を張り上げる。


「動くな!」


 そうだ。撮影は続行する。

 この場にいる全員に思わせる。ジョウがなんたるかを見せつけてやろう。

 今やここは[[rb:俺 > ジョウ]]の独壇場だ。


「なあアルト。この脚本おかしいよなあ! 俺たちじゃねえよな! 虫唾が走るよな!」

「ま、まってください神楽坂さ」

「俺はアルトに聞いてんだ」

 凄む。

「っ……」

 アルトの演者は、声を詰まらせる。

 ここはあくまで映像の内側。撮影が続いている限り演じ続けるべきだ。そうだろう。お前もプロなんだから。それとも、それでアルトのつもりか?

 とはいえ、第四の壁を破ったのも事実だ。


「おい脚本家ァ」


 カメラを睨む。カメラマンが「ひぃっ」と息を吸い込んだ。俺の目的はその奥になる。カメラの隣を素通りする。セットから出る。監督の元へ。その近くにいる脚本家の胸ぐらを掴む。

「なっ、なにを」

「決まってんだろ」

 お前に思い知らしめるんだ。

 セットの内側へ引き摺り出してやった。

 

 ここから先、ジョウが何をするか。俺には分かっていたし、俺は、ジョウを全うすることしか考えていなかった。


「ヒャハハッ! こいつが俺を操ってたんだ! お前ら見たか!? しょうもないストーリー! ぐだぐだぐだぐだと茶番が続く! 誰か楽しめました!? ええ!? 本来の『俺ら』が大好きなやつはひどく失望していたろうよ! アルトが主役は結構だ! だがアルトはこんなやつじゃねえだろ? ァア!?」


 叫ぶ。


「それになんだ? 手を組むだって?? お前俺を勘違いしてんじゃねえか??? 俺が仲間になるっつう時は背後からてめえをぶっさす時だよバァアアアカ。分かるか? ふざけてんじゃねえぞ」


 語る。


「〜〜〜っ、あああああ、分かってない。本当に分かってない。吐き気がするぜ。俺に何をさせようとした? 読み上げてやるよ。客もそれで判断しろ。『様々な怨恨はあるが非常事態だ、手を組んでくれジョウ!』『ヒヒッ、これは貸しだなあアルト!」……だってよ。俺がこんなこと言うと思うか? これで今までが清算されるか? 違うだろ? 怖気がするわ。蕁麻疹が出てくる」


 ジョウは演技派で、人を魅せる力がある。それをまざまざと見せつけるように、俺は大仰な手振りで『訴えかける』。

 

 この場にいる奴らに。この映像を見る人に。

 自分がどうこうじゃないんだ。

 ジョウは自己保身などまるでしない。

 その場で思ったことを滔々と語る。口が上手いジョウにみんな騙される。そんなカリスマがお前らは好きなんだろう。


「俺は怒っている。これは見せしめだ」


 ジョウがもしもこの場にいたら、この脚本家の首を握っていると思った。



「―――――ッ、キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」






 ……………。

 …………。

 ………。

 女性スタッフの甲高い悲鳴。

 この日、撮影は中断され、映像は消去。プロジェクトはお蔵入りし、世にも奇妙な事件だったと連日取り上げられるようになる。

 それは『役作りのし過ぎ』

 悪役になり切るあまり、正真正銘の加害者じみた行為を行なってしまった新人俳優の顛末としてニュースやSNSでは賑わっていた。

 実写化の脚本がどうこう、や実態。なぜこうなったかに関しての原因究明については一切なく、全ての罪が俳優個人へ向けられたニュースになっていた。


 そんななかで、誰が抜き出していたのか、一本の動画がSNS上に上がることになる。


〔本物のジョウだ〕


 SNS上のコメントでは、たちまちそんな声で溢れるようになった。

〔確かにそれは解釈違い〕

〔これは脚本家が悪い。最近の邦画業界らしい〕

〔もっと原作を尊重するべきだよな〕

 それらは多くの物議を醸し、ドラマや映画における実写化という概念に対して多くの界隈で積もり積もっていた不満が爆発するきっかけとなりながらも。


〔確かにこれはジョウ。

 悪役の美学貫いてるわ〕


 ジョウ、ひいては新人俳優に対して、『悪役』としての在り方を称賛する声が多く散見されていた。




     (悪『役』としての美学/了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪『役』としての美学 環月紅人 @SoLuna0617

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ