エピローグ 晴天の街へようこそ
――親愛なるあなたへ。
あなたが神樹に残ってから3か月が経ちましたね。ミストガルドが浮上してから、わたしたちの生活はガラリと変わりました。
昼と夜、晴れの日があったり雨の日があったり……。わたし、驚いちゃいました。空から細かな水がいっぱい降るんですから。でも、神樹の広がる葉っぱが日陰にもなるし、傘にもなって寄り添ってくれています。
神樹の根っこはやさしいから、きっと守ってくれてるんですよね。日差しが降りすぎないように、雨が降りすぎないように。
他にも変わったコトはいっぱいありますよ。なんとゲゲルさんは、世界の広さを知るために、仲間を引き連れて街を出て行っちゃいました。もしかしたらゲゲルさんなら、ミストガルドに負けないくらい大きな街を造っちゃうかもしれませんね。
おじいちゃんは――
「ダリア! ダリアや!」
「おじいちゃん、どうしました?」
「いやあ、風が気持ちいいのう。ところでご飯はまだかの?」
「んもーっ、ちょっと前にいただいたでしょう?」
相変わらずです。でも、スゴいコトをしてるんですよ。
炭坑がなくなり、燃料の石炭も採れなくなったから、各地のボイラーが動かなくなったんです。なので、街を包んでいた蒸気は吹かなくなり、街を一周していた汽車や、1区のきらびやかな電気も消えました。もっと言うなら、たくさんの人の仕事がなくなっちゃいました。
でも、電気を再び蘇らせるために、仕事がなくなった人たちといっしょに風で電気を生みだす設備を作っているんです。なんでも、風車っていうらしいです。まだ土台だけですが、それだけでも立派です。早くあなたにも見せてあげたいなあ。
「おや、そうじゃったか。では、わしは仕事に戻るでな。……つらいじゃろうが、あまり思い詰めちゃいかんぞ」
「はい。おじいちゃんもがんばってくださいね」
あとは、伝えたいコトは――
「おはよう、ダリアちゃん。はい、これ」
「ボタンさん、いつもありがとうございます」
わたしの容態です。毎朝、ボタンさんにアリアの朝露を飲ませてもらっています。これを飲むと、身体がとても軽くなるんです。おかげで肺も痛くないし、『働きすぎ』の後遺症も感じないで、元気に日々を過ごせています。
こんなにふわふわした気分になるのは……あなたが傍にいてくれたときのようです。
「その持ってるのは手紙かな? どれ、先生のアタシが見てやろうじゃないか」
「あー、ダメです。いくらボタンさんでもダメですよっ」
「あっはっは。ごめんごめん」
ところでこの手紙も、ボタンさんに文字を教えてもらって書いたものです。ボタンさんはみんなのために尽力してくれてるんですよ。
「あっ、
「おうガキンチョ。元気があってよろしい!」
「これも
「ん、またな!」
なにせ、ボタンさんが
街が浮き上がったあの後、すぐにラーディクスは解体しました。でも、やっぱり街にはリーダーが必要だというコトで、空を飛んでいたボタンさんが満場一致で抜擢されたんです。
「……にしても、アタシが
すごく謙遜していますが、ボタンさん本人はやる気いっぱいです。
「『それは空から舞い降り、人々を空へ運ぶであろう――』か。デタラメで作った言い伝えなのに、ホントにそうなるんだから。これも真の
「いいんですよ。きっとミキさんは、目立つのは好きじゃないでしょうから」
「ふふっ、そうかもね」
リーダーになると、まず
理由も言ってくれました。
「まあ……。知っていて多くの犠牲が出ても、ずっと見て見ぬふりをしていたんだ。これが償いになるのなら、よろこんで
「頼もしいですよ、ボタンさん」
「そう? ありがとう。じゃあアタシは行くね。闘技場を学校に作り直す計画があるからさ。できたらダリアちゃんを真っ先に誘うよ、
「ありがとうございます、ボタンさん。お仕事がんばってくださいね」
みんな、希望のある未来に向かって生きている、素敵なミストガルドに生まれ変わりました。この風景を見たら、きっと感動しますよ。なので、ゆっくりでいいので、必ず帰ってきてくださいね。わたしはいつでも待っています。
ダリアより――
「……ううっ。ミキさん」
みっちりと書きこんだ手紙は涙で濡れた。ミキに宛てた手紙はどこにも届かない。それはダリアにもわかっている。
ただ、思いをどこかへぶつけなければ、もっと塞ぎこんでしまいそうだから書いただけ。
「みんなは未来に向かっているのに、わたしは、わたしは……」
帰ってこない人を待ち続けるのは、未来からほど遠いから。自己嫌悪の涙のひとしずくは文字を滲ませ、綴った思いは見えなくなる。
「伝えたいコト、いっぱいあるのになあ。会いたいよ、ミキさん」
突然、風が吹いた。
「あっ!」
よくあるコトだが油断しきっていて、手から離れた手紙は風とともに空に舞う。その先を呆然と追っていると、青い光が見えた。
「あれは
予想に反し、それはダリアに向かって来る。やがて近づくにつれ、そのシルエットは鮮明に写ったが、その人影もまた、涙でぼやける。
「どうして。ああっ、夢じゃないです……よね?」
銀色の髪は風に揺れた。やさしい緑色の眼差しは、ダリアを見据えている。
「ミキさん」
「ワケのわからないコトを言うな。神樹にしっかりと根を張ったから、もう浮き続ける必要はないと言われ、解放されたんだ」
「ふふっ、冗談ですよ。……どれだけ、わたしがどれだけ待ち続けたと思ってるんですかっ!」
「すまない。待たせてしまったな」
ダリアの瞳の奥底に思い描いていた人が、変わらない笑顔で、全てを包み込むようなやさしい声色で謝りながら、目の前に立っていた。
「ただいま、ダリア」
「ミキさん、お帰りなさい!」
ダリアは目一杯の力を込めて、全力で抱きしめた。
「いてて」
「え? ……ええ?」
予想だにしないセリフに、思わずミキの顔を見上げる。
「ミキさんが痛がってるなんて?」
「解放されたとき、樹に宿る神が、俺の願いを叶えてくれたんだ。人間にしてくれという願いを。そうしたら、快く叶えてくれた」
「なんで、ですか?」
「ダリアとともに、人の生を歩んでいきたいから」
ミキはダリアの腕をそっと解き、コートのポケットから、銀色に輝くスプーンを取り出した。
「ずっと渡したかったんだ。これを、ダリアに」
屈んで、ダリアに見せる。
「ミキさん……。その意味を、わかっているんですか?」
「ついさっき、以前訪れた店の老婆が全部教えてくれた。そのうえで、これも貰った」
「ホントにわたしが受け取ってもいいんですか? その意味は――」
「何度も言っただろう? 俺と暮らそう、と」
ダリアは涙を拭いて、差し出されたスプーンを見つめる。そこには喜びに満ちた笑顔が反射していた。
「わたしも、ミキさんを愛しています! ずっとずっと愛し続けますから、覚悟してくださいよっ!」
ダリアはスプーンを受け取り、再び抱きしめた。ミキもダリアの背中に手を回して、抱きしめる。
「俺もだ。……俺もだよ、ダリア」
その街は歓喜の声を挙げていた。
神樹の木漏れ日は人々を照らし、葉の隙間から見える星々は癒しを与えた。住人たちは活力に溢れ、協力し合い、ますます発展させていくだろう。
ふたりの愛が起こした奇跡を知る者は少ない。しかし、きっとその思いは伝わるハズだ。なぜならば、こんなにも美しい世界が祝福してくれているのだから。
「俺はこの生まれ変わった街に来たばかりだから……ダリア、案内してくれ」
神樹の麓に根付くミストガルドは、
「はい、いっしょに生きましょう!」
本日も晴天なり――
蓋天のミストガルド 完
蓋天のミストガルド ももすけ @momosukesoudara
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