第9話「明智と綾野」

 美濃へ向かう道に、急ぎ北上する一団があった。

 十数人の男たちを従えて馬を走らせるのは、先ほどの覆面男だった。

 今は覆面の代わりに顔には包帯が巻かれている。


「と、殿、だ、大丈夫ですか?」


「問題ない」


「まったく、殿はいつも無茶をなされる」


「ふっ、無茶をしなくては得られぬ情報もあるのだ」


「それにしても殿、神雲信三郎、何者でしょうか?」


「ふっ、あれは、異質よ」


「い、異質ですか?」


「織田信長、神雲信三郎、みな異質よのぉ、分からぬか、お前たちには」


「申し訳御座いません、殿」


「よい、ふふっ、異質か、ま、俺も、異質よ」


「殿、我々にとって殿は、代え難き御方おかたでござりますれば」


「うむ、すまぬな、伝五郎でんごろう


「殿、して、やはり織田家に?」


「今は、時機ではないわ。一旦美濃に戻ってから予定通り朝倉へ行く。ふふっ、明智十兵衛として、やる事が多すぎるわ!行くぞ!」


「ハッ!」


 …………………………………。


 …………………………………。


(神雲信三郎か、異物をついに見つけたわ。お前のせいで歴史が狂ってきている、秀吉、いや、木下藤吉郎がすでに信長の元で活躍し始めているしな。桶狭間は奇跡だったはず。しかし、あの砦は、奇跡なんかじゃない。一体何が起きているんだ?)



 信三郎は長い間、十兵衛を探していた。

 が、十兵衛もまた、信三郎を探していたのだ。


 新しく動き始めた戦国の歴史は、この男の運命をどう変えるのであろうか。



 その明智十兵衛一行を丘の上から見下ろす黒装束の男たちがいる。


「御屋形様に連絡しろ。明智十兵衛、あれは野盗なんかではないわ。多くの部下と合流した。北上して美濃に向かうつもりだな。お前たちは近くの基地に向かってこの事を早く知らせるのだ。ここからは私一人で追う」


「あ、綾野隊長、お一人で、ですか?」


「別に戦いに行くわけではない、情報収集であれば私一人で十分だ」


「し、しかし」


「私の強さは知っているだろう、問題ない」


「ハッ、分かりました。では、隊長、お気をつけて」


「尾張北部の通信網を若宮くんがテストしている。後回しになっていたところだから、なるべく早く完成させたい。宜しく頼む」


「御意」


 闇闘将やみとうしょうの綾野は部下と別れ、独り馬を走らせた。


「さてと、明智十兵衛、お前の正体を必ず掴んでやる......」


 神雲軍団の闇組織、煙巻隊けむまきたい

 その隊長は、二代目の闇闘将である綾野あやの本鍛冶もとかじだ。

 細身で小柄である彼は、巨大な戦闘力は無いが、1対1の戦いでは神雲軍団の中でもトップレベルの強さを誇る。


 煙巻隊は、神雲家の忍者部隊と言っていいだろう。

 楽田城を拠点にしているが、隊員は各地の基地に派遣されている。

 基地と言っても、目立たない場所に必要最低限の物が置かれている簡素なものだ。


 煙巻隊の重要な任務は、諜報活動である。

 戦国時代、既に各大名は忍、要は忍者を抱えており、積極的な諜報活動を行っていた。

 煙巻隊の隊員たちは、身体能力が高く、優秀なメンバーが集められているため、戦国時代の情報戦の中でも、抜きに出た忍びスキルを持っている。


「神雲軍団は、煙巻隊をとしている」


 信三郎はそう語っている。

 現代の日本から連れてきた者たちを、戦国時代で活用するために、信三郎は最初に煙巻隊を設立している。

 煙巻隊から派生するように、各隊が組織され、それがやがて神雲軍団を構成していった。


「戦争において、一番重要なのは情報だ。これは戦国時代も未来も、何も変わらない」


 現代の日本で、信三郎は特殊部隊の存在を知り、戦国時代にそのスキルをフィードバックしたいと考えた。

 そして、一人の男をスカウトしている。


 ガンジロウ・スガワラ。


 元アメリカ陸軍特殊部隊出身の日系人だ。

 初期メンバーとして戦国時代に来たスガワラは、煙巻隊や神雲軍団の設立の過程で、自らの特殊部隊スキルを十分にフィードバックすることに成功した。


 戦国時代は現在に比べると、あらゆる物資が足りていない。

 そんな状況の中でも、優れた諜報活動が出来る事をスガワラは証明して見せた。


 煙巻隊は、1560年時点の戦国の世で、圧倒的に優れた諜報能力を誇っているのである。


 二代目闇闘将の綾野本鍛冶は、そのスキルを受け継ぎ、煙巻隊の隊長として十分な能力を保持している。

 敵地に単独で潜入することなど、綾野にとっては全く問題のない任務である。



(美濃までは近い、馬替えの必要もないな。十兵衛の正体を暴き、御屋形様にお伝えする事のみが私の任務だ。闇闘将とは、誰にも代え難い存在でなくてはならない)


 八闘将はっとうしょうのうち、代替わりをしているのは闇闘将だけだ。

 そのため、綾野は二代目闇闘将として、常に初代との比較に悩んでいる。

 そのプレッシャーが綾野の原動力であり、弱点でもある。


 信三郎もそこを心配していた。


「王道、綾野は無理をしないかな」


「気になりますか、御屋形様」


「あぁ、あいつは、いつも必ず無理をする」


「初代をライバル視ってやつですかね」


「初代闇闘将は、まさに化物よ、綾野にはその呪縛を、断ち切って欲しいものだ」


「仰る通りで御座います」


 信三郎と王道の心配をよそに、二代目闇闘将、綾野本鍛冶は、独り美濃に潜入した。



[つづく]

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時空の乱っ!〜織田信長になるはずだった男は未来を知り歴史をぶち壊すことにした〜 だうそんろめ @melonsoda5959

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