第8話「口説きやすい奴」

「俺は日本人を強くしたいんだ」


 未来にきて様々なことを知った神雲信三郎は、孝太郎にそう言った。

 初めて未来に来たとき、自分たちの歴史を知った。

 多くの武将たちの生き様、そして自分が何者になるのかを知った。


 戦国時代から江戸時代、明治、大正、昭和と、日本人が歩んできた道のりを知ることで、信三郎はいろいろな事を考えた。


「日本人は、俺の思った通り、高潔で、誇り高く、賢い人種だった……」


 信三郎は日本人であることを、誇らしく感じたという。

 しかし、一方で、その誇り高き日本人の現在の状況を見て、疑問を感じ、悩み、そして答えを探そうと足掻いた。


「初めてここに来たとき、もう二度と元の世界には戻れないと思ったんだ」


 信三郎は必死に生きた。

 何の繋がりもない世界で、生きることだけを考えた。

 そして、信三郎は生き抜くことができた。


 孝太郎が初めて信三郎に会った時、信三郎はスーツを着て眼鏡をかけ、スマホを扱い、丁寧な現代の言葉で話をした。


「信じられないと思うが、俺は、戦国時代に住んでいるんだ」


 変わったジョークだと思った。

 変な宗教かと思った。

 変なものを売りつけられるのかと思った。


「この世界を捨てて、新しい世界で生きてみないか?」


 この人はなんで僕に声を掛けたのだろう。

 僕が絶望していると思ったのだろうか。

 僕に夢も希望もないと思ったのだろうか。


 信三郎は何度も孝太郎に会いに行った。

 戦国時代から来た証拠など必要がないことを信三郎は理解していた。


「そんなものは信じられないだろう?」


 何を出しても、何を言っても、誰も信用しない。

 信三郎が確認したいことは、ただ一つ。


「この世界に未練なんて無いだろう?」


 刺激が欲しいなんて言ってない。

 今が退屈だとも言っていない。


 そこそこに勉強し、そこそこに運動し、そこそこに生きている。


「銃を撃てる人間が必要なんだ」


 必要とされていることに、理由なんて無かった。


 なんとなく入った射撃部。

 キャリアはまだ1年と少し。

 多少は上手くなったし、全国大会にも出た。


 結果はボロボロ、だったけど、別にどうでも良かった。

 大学進学に有利になるかもしれないし、就職活動のアピールポイントにもなる。

 やっていて損はないと思っていただけだ。


「一番輝いていない奴に声を掛けようと思ってな」


 素直な人だな、と思った。

 輝いている人間は戦国時代にはなかなか行かないらしい。


「昔は輝ている奴を連れて行ったりもしてたんだけどな、時間がかかりすぎるわ」


(僕ならすぐにホイホイと付いていくと思っているのだろうか)

 

 いや、信三郎の勘は当たっていたのだ。

 現に、孝太郎は極めて早いスピードで戦国時代に向かった。


「決断力だけならトップスリーに入るな」


 それが凄いことなのかは分からない。

 信三郎は戦国時代のことはあまり話さなかった。

 今まで何人を連れて行ったのか、どんな人たちが向こうにいるのか。


「それを話したらお前の決断は覆るのか?」


 時空を超えると身体が思い切りダルくなる事くらい、言って欲しかった。


「僕は、銃で人を撃ちたいとか、そんなことは思ってませんよ」


 そういう意味で戦国時代に行きたいとか思われたくなった。

 

「ハハハ、お前はほんと、口説きやすい奴だなぁ」


 信三郎はそう言って笑った。

 何故、戦国時代に行こうと思ったのか。

 何故、全てを捨ててもいいと思ったのか。

 ずっと疑問だった。


 しかし、戦国時代に目覚めた朝に見た、月見の笑顔によって、そんなことはどうでもよくなった。


(あぁ、僕はここに来るべきだったんだ)


 戦国時代で孝太郎は、


 初めて人が死ぬところを見た。

 初めて人を殺した人と話をした。

 初めて好きな人ができた。


 孝太郎の戦国時代生活は始まったばかりだ。



[つづく]

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