第5話 オーレン家の令嬢(後半)

「綺麗ですわね」

 カルナ様は魔石を日に当てて輝きを確かめている。

「でも、こんな宝石はじめて見たわ。屋敷や伯父様の家で見たものとも、違いますわね……」

「カルナ嬢、それを私にも見せていただけませんか?」

「ええ、どうぞ」

 カルナ様は魔石をモモセさんに渡した。

「なるほど……。ホルス殿、これに見覚えはおありか? 私は、これは宝石ではないと睨んでいるが」

「ふむ」

 執事は胸ポケットから小型の虫眼鏡を取り出し、魔石を拡大して「これは宝石ではありませんね」と鑑定結果を述べた。

「これは、魔力を固めたものです」

「魔力を……?」

 一目で、そこまで見抜くことが出来るのか……。いや、普通の宝石とは異なるのだから見ればわかる人にはわかるのだろうか。

 ん? というか……。

「ええ。私もあまり見かけたことはありませんが、これと似たものを王都の博覧会にて出品されているのを見たことはあります」

 ホルスの言う事が本当なら、この世界にはすでに自分の作ろうとしているもの――魔力を保存して自由に取り出すことができるもの――はすでにあるということなんだろうか? 博覧会に出すレベルのものということは、一般には流通していないと思うけど。そんなことは女神からは聞いていない。情報の伝達に遅れがあるかもしれない。

「となれば、これは人工的に作成されたものであって、自然に析出されたものではないということか?」

「そうなりますねえ」

 執事は虫眼鏡をポケットにしまいつつも、まだ魔石を検分している。

「博覧会に出品されていたものも、人の意思によって、特別な機能を持った魔力を固体化するというものでした。出品者に話を聞いた限りでは、まだ実験的で人の手で扱えるものではないと伺いましたが」

 どんどん不味い方向に話が向かっている。

 僕はリーナにアイコンタクトを送った。無表情ではあるが、状況が良くないことは把握しているとでも言いたげな目の動かし方をしている。いま僕とリーナの間でできるコミュニケーションツールはこれしかない。こんな近い距離でひそひそ話なんてダダ漏れだ。リーナから魔法でテレパシーか何かをするということは、僕の恩寵の性質上できない。詰んでる。

「貴方、この宝石はどうして持っているの?」

 カルナが至極真っ当な疑問を呈してくる。こんな山奥にいる人間が、こんな宝石を持っているはずがない。

「教会から与えられた調査の対象で保有しておりました」

 僕が苦し紛れの言い訳をする。

「いつだ。それはいつの話なんだ」

 モモセが即座に問いかけてくる。

「えっと……」

 さすがに言い訳の展開が追いつかない。

「そんな記憶は無いのだろう。転生者を召喚するしか能がない教会がそんな高度なものに興味を持つとは思えないからな」

 教会に対する知見が足りてないことが露呈して状況を悪化させてしまった。

 ていうか、女神を崇拝している? 組織はそんな扱いを受けているのだろうか。そんな女神に召喚された僕は大丈夫なのかな……。

「どういうこと?」

 カルナが状況に追いつこうとモモセに確認すると、モモセは刀に手を掛けてこう言った。

「こいつらは身分を騙っているということだ」

 バレてしまった。

「正直に答えてもらおう」

「私たちは……」

「僕たちはこの世界を救いに来たのです」

 リーナが答えようとしたのを遮って、僕は自分たちの本当の正体を明かした。そして、リーナに僕の変身を解くように促した。リーナと同じ聖職者の格好ではなく、布があちこち擦り切れたみすぼらしい格好に戻った。

「……お前たち、転生者か」

「え、転生者!?」

「はい。僕はこの世界とは違う世界からやってきました」

「わあ、ほんもの……」

 カルナは目を輝かせて僕たちを見ているが、モモセの敵対心は特に変わっていない。やはり転生者というステータスの受け取り方は人によってバラバラか。

 こうなってしまっては正直に答えるしかないが、答える範囲は絞った方がいい。聞かれていること全てに嘘をつくのは穴が大きくなりがちだけど、正直に答える範囲を区切って、残りは適当にごまかしておけば、正直に答えた部分にフォーカスされて、誤魔化した場所は気付かれにくい。

 今回は「身分を騙っている」という詰問に対して転生者であることを明かした。世界を救うために呼ばれた転生者といえばウケはいいかもしれないと、一か八かの賭けに出たのだけど、あいにく結果はよく無さそうだ。

「僕たちはいまここで、その魔石を作る能力を試しているのです」

 これは半分本当で半分嘘。僕の恩寵は魔石を作る能力ではない。だけど本当の能力を明かしたところで僕たちにメリットは全くないし、このオーレン家の人たちの関心事でもないはずだ。魔石がどこから出ていたかという点にさえ、うまい感じで答えられればいい。

「僕はこの世界に転生して、この『魔石を作る能力』を彼女――リーナと私は読んでいます――から授かりました。しかしながら、僕はまだこの能力をうまく使いこなせていません」

 僕はホルスが持っている魔石を指さした。

「ホルスさん、貴方が見た魔石と、私が作り出した魔石にどんな違いがありますか?」

「そうですね……。例えばこの魔石は何も起こりません。私が博覧会で見た魔石は熱を持つものや水を際限なく生み出すものといった、何か現象を引き起こすものでした。手軽に持ち運べて、なおかつ特定の機能を有する点が見ものだと、幾人もの商人たちが話していたのを耳にしておりました」

「そうです。その点が僕の能力で生み出せるものと、本来の『魔石』との違いです」

 これもハッタリ、というか意図的に違いに着目させることで、『魔石を作る能力』などというデタラメな能力の欠陥を作り出すのが目的。これを足がかりにこの山にこもっているもっともらしい理由をでっち上げる。

 ホルスの言う通りなら、やはり通常の『魔石』はそれぞれ機能を持っていて自由に魔力を保存したり変換することはできない。自分の目的を実現するような発明はまだされていないことに少し安心した。

「僕は、やっと訓練してこの石を作るところまでは出来るようになりました。しかしながら、まだそちらの執事様が仰るほどのものを生み出せてはおりません。だから、転生したときにこの山にこもって修行を行っていたのです」

「なるほど、この山は魔力の濃度が高い上に人気がないから、魔石を作る能力を鍛えるためには向いていた、ということですね」

 ホルスはまだ魔石を矯めつ眇めつしていた。口からでまかせを喋っているので、あまりその魔石をジロジロ見られると不安になってくるが、魔石から何か嘘を見破る情報が得られるとも思えない。もし魔石の中に含まれている魔力の性質を見抜かれたら別だけど、『他の魔力からの干渉を受けない』という性質に気づくのは難しいはずだ。

「ええ、仰るとおりです」

「魔王を倒すために、今まさに訓練を積んでいるというわけですね!」

 そんなにがっついてくると照れくさくなってしまうが7割くらい嘘である。ほか二人と比べて、カルナはやたらと僕の話に興味を持っているとみられる。お嬢様だから?そういう英雄譚みたいなのが好きなのかもしれない。

「こちらの方は?」

 モモセは依然として疑いの目を向けながらリーナのほうを向いた。

「転生したばかりで勝手が分からない僕を手伝ってくれる牧師です」

 女神であることは隠しておいたほうが良いだろう。リーナは特にコメントを付け加えず、「転生者の支援に牧師がつくことは聞いたことがある」と納得したようだ。

「では、最初に嘘をついたのは何故だ」

「転生者であることを不用意に人に明かすのは危険だからです」

「筋は通っているな……」

 モモセは他に問いただすべき点がないかを考えているようだが思いつかなったようだ。だけど、モモセは未だに僕たちを疑っているだろう。無理もない。最初に嘘をついた人間を、改めて信用するというのは難しい行いだ。ましてや護衛の立場となると楽観視はできない。

「転生し世界を救うために、自分の能力を確かめ成長させる、その慎重さ、勇敢さ。素晴らしいですわ!」

「うおっと」

 モモセのほうに気が向いていたせいで、僕はカルナに両手を握られていたことに気づいていなかった。

「私、二人の態度に大変感銘を受けました!」

 僕の両手を手に取り、ぶんぶんと縦にふる彼女。

「あ、ああ……」

 今にも泣きそうで、転生者なんて大層な肩書と釣り合うようなことは何一つできていない僕はいまとても困惑している。リーナはカルナの歓喜に関しては、全くの無関心。もしかして勇者として召喚された人間にはよくあることなのかもしれない。

「私があの、夢にまで見た転生者様とこんな場所でお会いすることができるなんて! いま私は大変感激しております」

「は、ははあ」

 「恐悦至極にございます」とかそれっぽい文句を言えば良かったな、とそんなことも思いつかないくらい状況に追いついていない。

「その、もしよろしければですけど」

 カルナが右手で涙を拭きながら、一歩踏み出して、上目遣いで僕たちを見た。

「私たちのお屋敷にいらっしゃいませんか?」

 え?

「どういうことでしょうか?」

 あまりに唐突な展開に戸惑っていると、モモセがお嬢様の思いつきに異議を唱えた。

「お待ち下さい、カルナ嬢! 確かに、先の話は一定の信憑性はあると思いますが、一度は私達に嘘をついた者たちです。信用なりません。そのようなものを屋敷に招き入れるなど、言語道断です!」

 同調するようにホルスも反論する。

「モモセ殿の仰る通りです。転生者という主張も、具体的な根拠はありません。それに、そのような人間を囲っていれば、魔族に狙われる可能性がございます。危険です」

 二人の言い分はもっともだし、僕が彼ら彼女らの立場だったら同じように反対していたと思うが、カルナは二人の反論を一蹴した。

「いいえ、モモセ。魔王による侵略の危機から私たちを救おうとしている転生者を、この山奥で見捨てることがむしろ、貴族としての美徳に反すると思いませんか?」

 カルナは毅然とした態度で反論した。そんな大層な人間ではないです僕は、とツッコミを入れたくなりそうになる。背中がむず痒い。

「うぐっ……。しかし……」

「それに、私としても、ただ彼らを受け入れるつもりはありませんの」

 ううん?

「ホルスさん、こちらの方が作り出した魔石、見せてくださる?」

「ええ、どうぞ」

 僕と同じく戸惑っているホルスが魔石をカルナに渡す。現状だと全員、カルナの狙いが分かっていない。お転婆なお嬢様に振り回されているという状況だけどここは魔物が蔓延る山の中だし、僕たちは貴族ではない。いったいなんなんだこれは。

「ありがとう」

 魔石を受け取ったカルナは、それを右手の中指につけていた指輪の宝石の横に並べた。

「遜色なさそうですわね……」

 わかった。きっとそのとき全員がカルナが何をするつもりなのか、気づいた。

 カルナはこの石を宝石として売り出すつもりだ。

「カルナ嬢、よもやこの男が作り出した石を売り捌くことをお考えではございませんでしょうね……」

「ええ、そうよ。この石は売れる」

 モモセはその場で蹲って頭を抱えた。この人、そんなことするタイプの人間だった。

 ちなみに僕はこの石を売ることなんて、全く思いつかなかった。ていうか思いつくはずもなかった。僕はこの世界の宝石なんて一つも知らなかったから。お金を稼ぐ方法は別に考えていたし、宝石なんて僕の計画の埒外だ。その上、この石を作ったの昨日とかだし。

 気を取り直したのか、モモセが立ち上がってカルナ嬢をもう一度説得する。

「カルナ嬢、お気持ちはわかります。父上が亡くなって、私たちの財務状況は悪化の一途を辿るばかりなのは確かですが……」

「モモセ、その話はここですべきことではないわ」

 カルナはモモセの説得をピシャリと遮断して、ホルスに宝石の価値を問いかけた。

「……たしかに、一流とまでは言いませんが、一般に流通できる装飾品程度の価値はあるかと思われます。しかし……」

 ホルスが言葉を続けようとするのも抑えた。

「とのことですので、お二方にはお屋敷にお住まいいただく対価として、この宝石を作っていただきたいと考えております」

「売るんですね?」

 しかし、ことはそう簡単にうまくいくだろうか? 宝石というのは真贋が厳しく判定されるし、いきなり「新しい宝石です」と言って宝石商に売り込んだところで門前払いされるような気がするんだけど。

「もしかして、この石を売ることにご心配がおありでしょうか?」

「ええ、まあ」

「販路に関しては私たちが代々お世話になっている方がおりますので問題はありませんわ」

 安全面についても気になるところがある。今のところは無害だけど何か起こるかは分からない。魔力がこもっているのだし。

 とはいえ、細かいところを云々しても話が進まない。

「私はあなた方をお迎えしたいと考えておりますが、いかがでしょうか?」

 正直、こちらとしては特に異論があるわけではない。確保に苦労していた衣食住が棚からぼたもち的に降ってきたのだ。しかも貴族のお屋敷と来た。山に居続ける必然性がなくなった以上は、僕たちは山を降りてお金を確保し雨風しのげる場所を手に入れなければいけないわけで、そういった面倒が一挙に解決できるならそれにこしたことはない。

 問題はこのオーレン家を信用できるか、という一点に尽きる。転生者という身分を明かした――正確には、具体的な根拠は何一つ述べていないのだけれど――以上は、自分の配下に置こうとする人間は基本的に信用すべきじゃない。一方で、こんな山奥にいる得体の知れない人間をいきなり屋敷に引き入れようとする人間が信用出来ないかと言われると、逆に信用できる気がしてくる。

 メリットとデメリットを比べて、僕はメリットのほうが大きいと判断した。

 リーナに目配せすると「私は構いません」と肯定的な返事をした。意図的にカルナに聞こえるように言ったのだろう。

「ありがとうございます。ぜひ、お誘いをお受けしたい所存でございます」

「ほんと!? やったぁ」

 カルナは自分が貴族であるということも忘れて、大声をあげたり飛び上がったりして喜びを示した。飛び跳ねるほど嬉しかったみたいだ。はてさて、うれしかったのは転生者と同じ屋根の下で暮らせることのどちらなのか。

 僕は肩をすくめた。

「お嬢様、結論については委細改めて屋敷にて検討することにしまして、いまは下山いたしましょう。何度も申し上げました通り、この場所に長居することは危険です」

 ホルスはカルナの意見をまだ認めたわけではないらしい。

「そうね。では、ついてきていただけます? 屋敷を案内いたしますわ」

 オーレン家の面々は来た道を引き返していった。少し距離を置いて、僕たちも彼女たちの背中を追いながら降りていく。

 そういえば、山を降りたことがまだなかったから、街なみとか屋敷とかを見たことがなかった。魔法があるこの世界の居住は僕の想像しているものと同じなんだろうか。

 この点はリーナのほうが詳しいだろう。屋敷の生活スタイルに合わせるためにも、リーナにこの世界の生活習慣を一通り聞いておいたほうが良さそうだ。今更ながら、僕は本当にこういう点に興味が無いんだなあ、と痛感したので、さすがに今度はしっかり学んでおきたい。

 僕の計画は、そんな事項は影響しないように設計していたから、というのもあるのだけれど。

 あと、リーナはオーレン家のお世話になることに賛成していたけど、本当のところはどう思っているのだろう。一度、お互いに認識をあわせておいたほうが良さそうだ。

 そんなことをつらつら考えていると、モモセが立ち止まって僕たちの方を向いた。

「はっきり言っておこう。カルナ嬢はお前たちのことを好意的にとらえているが、私はそうではない」

 でしょうね。僕がそっちの立場だったら、どうやって僕たちを処分して上司たるお嬢様に言い訳を立てるか考え始めている頃合いだ。はっきり言ってくれるだけ誠意がある。モモセという人は見た目通り、そして仕事の性質通りの堅物らしい。

「私は転生者が嫌いだ」

 ふうん?

「憎んでいると言っても良い。そのような人間と同じ屋根の下で暮らすなど、吐き気がするが、カルナ嬢の申し入れだ。いまは居候することを許してやろう。だが、必ず追い出してやる」

 宣戦布告とも取れる言葉を吐いて、彼女はカルナ嬢の隣に戻っていった。

 まあ、護衛の人間からは一方的に憎まれ口を叩かれることは、特に気にしていない。さっきもいった通り僕がモモセだったら、こんなことわざわざ言わずに、屋敷の中で僕たちを斬り殺して山の中にいる魔物の餌にでもしたあと「彼らを魔族から庇ったが、生き残ったのは私だけでした」とでも何でも言い訳すればいいのだから。

 それよりも気になるのは、わざわざ「転生者が嫌いだ」となかば一方的に僕たちへの拒絶を表明したことだ。

 なぜそんなことをわざわざ言う必要がある?

 因縁でもあるのだろうか?

 はあ。

「どうしました?」

 さっきまでずっと無口だったリーナが、ようやく僕に声を掛けてくる。

「やれやれって感じだよ」

 計画というのはうまくいかないことが前提だ。脳内の白地図に書いた計画表なんて、机上の空論ですらない。絵空事だ。

 それは十分に分かっているし、特に計画は初めが一番トラブルが多いことも理解しているのだけど、いきなりよくわからない貴族と出くわして、しかも転生者であるとバラして、さらには屋敷に招待されるなど、想像の斜め上を行き過ぎてる。

「どんな人間も世界で起こることの全てを把握することはできません。想定外の事象も当然起こりうるでしょう」

「それは順序が逆だよ。計画の実行は想定外の事象を計画の軌道に乗せることであって、想定した出来事が起こることを期待して実行することではないからね。でも、さすがに予想外のことが連続して起こると、疲れるね」

 魔石を作り上げる――魔力をポータブルなものにする――という第一歩はすでにできている。計画の進行に支障は出ていない。

 だから、計画はこれからも予定通りにすすめていくつもりだ。

 このカルナの招待も利用して突き進むしかない。

 僕は頭の中で計画を反芻しながら、地面を強く踏みながら山を降りた。

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銀色設計士の二度目の世界再建 水遣これ @mizuyarikore

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