第17話 それでも貴方を

確かな記憶はない。

あるのは所々抜け落ちた曖昧な記憶だった。


迷彩柄を着用した特殊工作員のような人間たちが5人ばかり、うつ伏せや仰向けの状態になって倒れている。そしてユウジの手には次の6人目となる犠牲者が、微弱な抵抗をしながらもがいていた。


ユウジは辛うじて、その首筋に触れている中指と薬指を動かす。

指先にほんの少し力を加えれば、首の骨を折ることが出来るというところで、自重を支えきれなくなった握力が、特殊工作員を解放する。



齟齬が生じていた。

身体の自由が効かない。もっと言えば、脳と身体がリンクしていないようなそんな微睡の意識の中囚われているようなそんな感覚。自分という存在を認識しながらも、どこか冷静な自分が俯瞰している状態に近い。

だが一方で、駆け巡る高揚感と万能感はこれまで感じた程のないくらいに身体中にみなぎっていた。




ユウジを遠巻きに見ながら、浮き足だった様子を見せる残りの迷彩柄の特殊工作員。彼らの共通認識間においては、何をどうして仲間がやられたのかまるで理解できていない。時間を巻き戻して起こった事象をありのまま伝えるならば、少年に触れられた仲間は皆、一様に気を失ったように次々と倒れていくというものだった。



そのため安易にユウジとの距離を詰めるわけにもいかず、こうして陣形を保ちながら後退していくより他にない状態となっていた。


人員の3分の1と現場の指揮を失って、及び腰になっていた特殊工作員だったが、インカムからの入電によって指揮命令系統を回復させる。



何かしらの指示を受けてアサルトライフルを構える彼ら。

そして30口径のアサルトライフルの銃口が複数、ユウジに向けて放たれた。怒号とともに放たれた一線が、少年の頬を微かに捉える。



躊躇いなく、迷いのない殺気に満ちた攻撃にユウジの身体は勝手に反応する。前方へ駆け出しジグザク走行をして、弾丸の雨をわずかな隙間を縫って回避する。行動不能、致命傷にはならない程度の傷が増えていく。

弾丸の雨は、仲間内での誤射を避けるため距離が縮まっていくにつれて次第に弱くなっていった。



そうしてユウジのたどり着いた先、一番手前にいた特殊工作員と目が合った。その目には恐怖の色が浮かんでいる。狙いの定まっていない銃口から飛び出した弾丸が地面へ突き刺さった。


「うっ、うわぁああああ!!!」


錯乱したようにアサルトライフルを振り回すその特殊工作員をユウジは意図的に無視して素通りした。


「えっ‥‥‥? あ‥‥‥ッ!」



特殊工作員が反射的に身体を反転させた勢いで、放たれた弾丸が他の特殊工作員へ飛び火する。再び綻び始めた連携の隙を見逃すことなく、姿勢を低くして前方へ突っ込むユウジ。


そして特殊工作員のひとりとの距離を詰めてから、掌全体で相手の顔面を掴んだ。するとどうだろうか。途端にその特殊工作員は全身の力が抜けたようにおとなしくなって、虫の息と化す。



「どうなって、いる‥‥‥?」


ユウジにも何が起こっているのか正確には把握できなかったが、現状を打破するためには都合がよい事だけは間違いない。同じ要領で、手近にいた特殊工作員2人を屠った。


それからいよいよ陣形が崩壊はじめた矢先、後方から見覚えのある男が姿を現す。


「伊地知‥‥‥ッ!」


ユウジはその名前を慟哭した。

伊地知はなんら悪びれた様子もなく、淡々とした様子で引き連れた迷彩服から、親機のような機器を受け取る。



それだけで全てを察するには十分すぎるほどだった。

抗えない激情に流されながら、ユウジは脇目も振らずに突貫する。


「気をつけろ。おそらく今のアイツに触れると『八罪躯』のあんたでもタダじゃ済まない。最悪の場合‥‥‥」


「ハッ、余計な気遣いだ。俺に指図すんじゃねえ」


伊地知の忠告に対して、その隣にいる異常な筋肉の発達をしている大柄の男が口悪く返す。筋肉の発達が常人と比較して明らかに違うのは一見して分かる。


「まあ俺はその忠告を素直にインプットして、現状に適切に対処するから他の奴とは一線を画す存在なんだろうなあ」


そう自画自賛する筋肉男は、すぐそばにあった大木に手をかける。俄かに筋肉が膨張した。そしてその大木を、草むしり程度のような感覚で一気に引き抜く。


「触れられないなら遠距離で潰しちまえば何の問題もねぇ!」


自分の何倍もある質量の物を持ち上げるだけでも多大なエネルギーが必要であって、ましてそれを投擲のように勢いよく投げるのは超人の域である。

向かって行くユウジに対して、正面から大木が物凄い速さで迫る。ただしその射線は単純で読みやすく、回避行動にさほど苦労はない。



迎撃するにはあまりに稚拙な攻撃に、目的は他にあるとユウジは読んだ。

仲間の回収のための時間稼ぎ、足止め‥‥‥いや、陽動か?

その間も息つく暇を与えず、その辺に生えている大木を引き抜いてはユウジへ向かって投げ続ける筋肉男。


単調だったが、手数が多いという単純明快なパワープレーによって今度は大幅な回避を余儀なくされる。しかしだが確実に、ユウジと伊地知との距離は縮まっていた。


あの裏切り者に裁きを‥‥‥。


まずはあの目障りな筋肉男を一旦排除してから、後ろ腰にあるタガーナイフで伊地知の喉笛をひと突きにする。そのあと内臓を避けながら数箇所、身体に穴をあける。意識を保ったまま激痛と苦しみを与えて、罪の意識を自覚させながら出血多量で死に追いやる。


それが現状、恭子に捧げることの出来る唯一の恩返しだった。激情が傷いたユウジの身体を無理やりに突き動かす。


「今だ」


伊地知が軽く腕を上げる。

遠方から狙いを定めた一線が、ユウジへと忍び寄った。

だがその瞬間をユウジは見逃さなかった。厳密に言えば、常に備えていたと言い換えた方が正しい。


「ヒュ〜。おいおい、外してんじゃねぇかよ」


大きく飛び退いて、スパイパーからの一撃をギリギリ躱すこと事に成功したユウジ。


「臆病者の考えそうなことだな、伊地知」


そう挑発まがいの言葉をかけてみるも、伊地知は挑発に乗って前に飛び出してきたりはしない。


「好き勝手言われてっけど、いいのか?」


「‥‥‥‥‥‥」


筋肉男が問いかけるも伊地知は気にした素振りなく、次の手を思案するように顎に手を当てた。


「まあ俺は俺のやりたいようにするぜぇ!」


そう言って高揚感を露わにする筋肉男は、さっきよりも断然速いスピードで大木を引き抜いては投げる、という行為を続けた。

暫しの間、拮抗したような展開が流れるかに思われたが、実際はそれも長くは続かない。


不意に伊地知が手にしていた無線機器を使って全体へ何かを指示した。

戦闘継続可能な迷彩柄の特殊工作員数名が、アサルトライフルを構える。

援護射撃のつもりか‥‥‥?


一斉にユウジに向けられて放たれた弾丸。

弾丸数が残り少ないライフルは、ものの3秒もしないうちに弾切れを起こす。


「今だ、やれ」


「だがら、俺に指図すんなって」


打って変わって気怠げな態度になった筋肉男が、数本の大木を上へ向かって放り投げる。


「一体何を‥‥‥?」


その疑問はすぐに解消された。落下予測地点———そこに恭子がいた。

狙いはユウジではなく、彼女だった。


「‥‥‥先生ッ!」


脳内にバチッと電流が流れた。ぼやけてハッキリとしなかった視界がクリアに変わる。



すでに瀕死状態を超えてもう手の施しようがない、そう理解はしている。だがそれでも行動制限のなくなったユウジの身体は、迷いなく彼女の元へと急行した。

瞳に生気を感じさせない人形のような彼女を間一髪、降り注いだ大木の雨から救い出すことに成功する。


「今度こそ撃ち漏らすな」


伊地知が言った。

一瞬、動きの止まったユウジに放たれた遠距離からの狙撃。

その弾丸は正確に少年の胸を穿つ。


ユウジの意識は———そこで完全に途絶えた。


『目標の沈黙、確認しました』


インカムに狙撃手サジタリウスからの報告があった。


「ターゲット及び監視対象となった少年を回収後、帰投する」



伊地知が伝令を飛ばす。

それから遠方へ送った視線を切って、踵を返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

実存系異端子の軌流 @himekawamanabu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ