後編


●3 惨劇の行方


 南渡鹿(なんとか)集落は、小規模集落だが歴史のある集落だった。そこには大きな神社があり、9月の初めには集落の全員が集まって収穫祭が行われる。


 その日は、集落の子どもも学校を休んで収穫祭に参加する習わしだった。もっとも、今では中学生が一人しかいないが。


 収穫祭の当日、集落の者全員が神社の前に集合して、オープニングの儀式が行われた。神主が祝詞を唱えたあと、全員でコップに甘酒を注ぎ、乾杯する。

 昔は早生から米麹を作り、それで甘酒を作っていたが、今はそんなことはしない。市販のどこでも売っているもので間に合わせていた。


 乾杯が終わると、男たちは本殿で奉納の舞を舞い、女たちはやきそばや焼き鳥やお好み焼きを作って皆に振る舞う。


 やがてはなくなってしまうであろうこの限界集落で、人々は今を精一杯生きていた。


 あの惨劇がこの集落を襲っていたなら、それがただちに集落の消滅になっていただろう。




●4 神のみぞ知る 


「どうしてだ」男はもう一人の男に言った。「どうして誰も死んでいないんだ?」

「わからないよ」もう一人の男は、首を横に振った。「何が何だか」


 突然彼等の前に男が現れた。探偵・沢木憂士だ。

 二人は腰を抜かさんばかりに驚いた。


「どれだけ憎くても」沢木は言った。「皆殺しはいただけない。君たちが毒を仕掛けた甘酒は、俺がただの甘酒に差し替えておいた」


「誰だよ、お前は!」一人の男が沢木を指差して叫んだ。「なぜその事を!」


「人は、俺を『闇の探偵』と呼ぶ」沢木はいつものように言った。「またの名を『世界一有能な探偵』、そのほかにもいろいろとあるんだが・・・まあ今はやめておこう」


「何をしてくれてんだよ!」もう一人の男が言った。「今日しか復讐のチャンスはなかったんだぞ!」


「もう一年待つか?一年後にもう一度やろうとするなら、俺は一年後にもお前らを警察に不審者通報するぞ」


「25年前、俺たちがこの集落に疎開してきたときに、本家のせがれにどんな嫌がらせをされたか知っているか!?しかも、本家のことには誰も口出ししないで、俺たちは見殺しにされたんだぞ!」


 沢木は考えた。今回の事件の発端は本家のせがれからのいじめか。よほど陰湿だったんだろうな。だが、ほかのやつらはそれに積極的に関わったわけではなさそうだ。


 とすれば、本家のせがれに犠牲になってもらうしかないな。


「お前ら、どこにも宿を取らずに車中泊でここまで来たな」

 沢木は指摘する。

「万が一にも、この集落以外には足跡(そくせき)を残さないようにした。そして集落の者全員を毒殺して」

沢木は大きな木を指差した。

「全員の死体を木に吊す。相当な恨みによる犯行か、無差別テロに見せかけるために。まさかその動機が25年も昔にあるとは、警察も考えにくい」


 そして沢木はため息をついて首を横に振った。

「だが、そんなことで逃げ切れると思ったか?俺がお前らの犯行を見破った以上、もはや完全犯罪は不可能だ。お前らは捕まって死刑になる。その覚悟はできているのか?」


「そんなことは覚悟の上だ。俺たちはあいつらに人生を狂わされたんだ!死刑になって生まれ変われるなら本望というものだ!」


 だが、もう一人の表情は冴えない。彼は死にたくはないようだ。そこに意見の齟齬(そご)があるなら、付け入る隙もある。


「もう一度言う。俺は皆殺しは許さない。俺が絶対に阻止する。だが、本家のせがれだけを狙うというのなら、あとは警察に任せる」


 本家のせがれに彼等がどれほど酷いことをされたのかは、沢木には見に行くことができない。従ってそれが死に値する程のものなのかどうかも、勿論わからない。


 だが事件が起こらなければ、警察は二人を逮捕できないのだ。とすれば、やらせるしかない。


 契約がそうなっているからではない。やろうと思えば、全員を助けることもできる。


 今だけなら。


 だが、二人は別の機会に必ず目的を成し遂げようとするだろう。そのときに、沢木がいるとは限らない。


 だから、今やらせて逮捕させるしかない。


 県警本部長の希望には添えないが、これは彼の実績になるほどの事件にはならない。だが未解決のまま異動して、「能なし」のそしりを受けるのは免れるだろう。


 あとはタイミングの問題だ。事件が起こる前に警察に嘘の通報をして、現場へ駆けつけさせる。


 そのときに、犯行直前で傷害未遂の現行犯で逮捕になるか、犯行直後で殺人未遂の現行犯で逮捕になるか、手遅れで殺人の現行犯で逮捕になるかは、神のみぞ知る、だ。


 沢木は思わず笑ってしまった。悪霊の俺が、神頼みだと?あり得ないことだ。


 彼は生まれてから今までの、いつの時代のどの場所へも行ける。戦争や災害規模の被害はどうすることもできないが、一人二人の人間ならば、彼が過去を変えることによって救うことができる。


 そして彼は、誰にも見えない『幽体』になることもできる。


 だから彼は事件当日に飛び、犯行の一部始終を見届けた。そしてそのあと、さらにその前日に飛び、収穫祭のために神社に用意された甘酒を、彼等が毒入りの甘酒とすり替えるのを目撃した。


 今回は30人規模の人間を助けてしまったので、歴史的に後々どういうしわ寄せが来るかはわからないが、とりあえず大量殺人事件は彼の手で防ぐことができた。


 あとは犯人たちが、苦し紛れの犯行に及ぶのを待つだけだ。


 彼にどうしてそんなことができるかといえば、それは彼が既に死んでいて悪霊になっているからだ。彼は冥府魔道(めいふまどう)に堕ちた悪霊から・・・それは彼の元カノだったのだが・・・その能力を引き継いだ。


 そして彼が成仏するためには、この能力を誰かに引き継がなければならない。


 それまでの間、彼はこの世と冥界の間をさまよい続ける。


 彼の名は沢木憂士(さわきゆうし)。享年60歳。


 裏社会で彼は、『闇の探偵』と呼ばれている。



 (終)



●あとがき

 タグをご覧ください。「性懲りもなく」「同じことの繰り返し」「ワンパターン」

どうも失礼いたしました。

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闇の探偵~南渡鹿(なんとか)集落殺人事件 @windrain

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