闇の探偵~南渡鹿(なんとか)集落殺人事件
@windrain
前編
●1 月下の惨劇
(※この章は、拙作「ナントカ集落殺人事件~ミステリーが書けない」の前編で、例題的に挙げた事件を改訂したものです)
昭和40年代の、ある初秋の夜。
駐在所の佐藤巡査は、月夜の夜道を自転車で走っていた。
「何だってこんな時間に・・・」
彼は愚痴りながらも自転車のペダルを漕いだ。こんな任務は、さっさと片づけるに限る。
地元選出の高橋県議会議員の妻の父母が、今向かっている集落に住んでいるという。その父母と昨日から連絡が取れない、様子を見に行って欲しい、と本署を通して依頼があったのだ。
その集落は、駐在所から自転車で十分ちょっとのところにある。パトカーで行った方が早いが、集落の入り口は幹線道路から脇にそれた道で、車の交差にも困る細道だ。
退避スペースがないわけではないが、夜間は見えにくくて脱輪の恐れがある。だから自転車にしたのだが、初秋の夜はこの時間でもまだ暑い。風呂上がりだったが、帰ったらまたシャワーを浴びなければならないな、と彼は思った。
確か高橋さんの家はここだな。彼は懐中電灯で表札を確認した。間違いなさそうだ。次に腕時計で時刻を確認。現着午後九時十六分。
窓から明かりが漏れていない。お年寄りの家だからな、もう寝たんじゃないか?
玄関に呼び出しチャイムがあった。押すと、中でチャイムが鳴っている音がした。でも反応がない。もう一度押してみた。やはり反応はない。
困った。まさか急病で倒れているとか?いや、二人とも倒れているとは考えにくい。どうする?安否確認できなければ、帰れないぞ。
どうしたものかと考えていたとき、彼はおかしなことに気づいた。
月夜だから辺りがよく見えるが、隣の家も、その隣の家も、家の中は真っ暗だ。
みんな寝るのが早すぎないか?いや、この集落は確か独居老人世帯が多い。あり得るか。
この集落は山のふもとにあり、道路沿いの家屋の裏手はほとんど林だ。
彼は道路を歩きながら家屋を確認したが、どれも明かりがついていない。
何かおかしい。
その瞬間、一陣の風が吹いた。そして林の中から、ギシギシと枝が軋む音がした。
まさか熊じゃないだろうな?彼は懐中電灯で林の方を照らしてみた。
何もいない。いや・・・。
そのとき、懐中電灯に照らされた空間の中で、何かが上から下に落ちた。
彼は、辺りをうかがいながら恐る恐る林の中に入り、落ちたものを探した。
・・・靴だ。でもどうして?
上を見た彼は、息を呑んだ。
人がぶら下がっている!
首つり自殺か!?でもおかしい、自殺にしては吊されている位置が高すぎる。
ほぼ真下のこの位置からは、吊された人の顔が良く見えない。彼は、少し離れて懐中電灯で照らしてみた。すると、広がった視界の中に現れたのは・・・。
別の木に吊された、別の死体だった。
そのおぞましい光景に総毛立った彼は、思わず周辺の木を照らしてみた。すると・・・。
おびただしい数の、吊された死体。
彼は腰を抜かしてしまった。
やらなければならないことは、本能的にわかっている。ただちに駐在所へ帰って、本署に応援の電話を入れなければならない。
だが彼はガタガタと震えて、まだ立ち上がれない。やはりパトカーで来れば良かった。そしたらすぐに無線で連絡できるのに・・・。
●2 探偵登場
高橋県議会議員の自宅の大広間で、県議は県警本部長の山岸とともにソファーに座っている。
テーブルを挟んで向かいのソファーには、20代に見える男・沢木憂士(さわきゆうし)と、彼の嘱託の40代っぽい計理士が座っていた。
「県議がヤク〇と付き合いがあるってのは、まずいんじゃないですか?」沢木は言った。「それなのに、なんで県警本部長まで同席してるんですか?」
「ヤ〇ザと付き合いがあるわけではない」高橋県議は苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。「たまたま知り合いから君の噂を聞きつけただけだ。君がかなり有能な探偵だとな」
「私も、地元の方から噂を聞いた」
地元出身者でない山岸県警本部長も、県議の話に同調した。
沢木は思った。それならなぜ県警本部に呼ばない?俺がヤバい奴だとわかっているから、体裁を気にしたんだろう?
まあいい。とぼけるつもりなら、それでもいい。
沢木は、山岸県警本部長から預かった捜査資料に目を通したあと、二人に向かって言った。
「俺から提示する解決方法は、3通りですね」
沢木の言葉に、高橋県議と山岸本部長は顔を見合わせた。この男には、もう事件解決の目星がついているのか?
「一つ目は、犯人を見つけること」
は?それ以外の解決方法があるというのか?
「二つ目は、事件をなかったことにすること」
「なっ」山岸県警本部長は思わず声を上げた。「何を言うんだ君は!そんなことができるはずが」
「できるんですよ、俺には」沢木は平然と言う。「だが、あんたはそれじゃ困るでしょうね。難事件を解決して、それを実績に出世したいんでしょうからね」
県警本部長は黙り込んだ。図星だったようだ。
「三つ目は、犠牲者の数を減らすこと。ただし、何人にするかは俺の裁量による」
黙っていた高橋県議が口を開いた。
「正直なところ、最低条件として妻の父母だけは助けて欲しい」
本音が出たな、と沢木は思った。ほかの奴らはどうでもいいのだろう。あの集落は、あんたの選挙区じゃないからな。
「本当のことなのか?」県警本部長は上ずった声で問いただした。「事件を何とでもできるなど、信じがたい。騙しているんじゃないだろうな?」
「騙されたとしても、たいした損害にはならないですよ。これが見積書です」
沢木は一枚の紙を本部長に渡した。
「・・・3万円?」
「必要経費でどうにでもなる金額でしょう?ただし前金でいただきますよ」
「その金は私が出します」県議が本部長に言う。「私が当事者ですから」
「それでは、契約書はこれから作成して、明日にもお持ちします」
沢木は考えた。契約書など取り交わしても、俺のやり方次第で中身は変わってしまう。それと同じように、俺がこの事件を解決したら、今見ているこの人たちはどこへ行ってしまうんだろう?
やはり、パラレルワールドの彼方なのだろうか。
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