千円の時間 ⌚

上月くるを

千円の時間 ⌚





 かれこれ四半世紀になろうか、日曜の朝は同じファミレスの同じ席に座っている。

 骨抜き(これ大事)塩鮭、目玉やき、サラダ、海苔、味噌汁、白飯の和の朝定食。


 これにドリンクバーで千円ちょっとだが、メンバーズクラブカードで一割引きに。

 同業他店より少し高めな分だけ、品格のある店の雰囲気も味も接客も申し分ない。


 還暦に近い店長さんはさすがに白い上着を羽織っているが、若いスタッフは半袖。

 きっちり髪を結い、黒のタイトスカートでキビキビ過不足のない動きをしている。


 小さな平屋なら軽く十軒は建てられそうな広い店内には、会話や読書、思考の邪魔をしないスローなジャズが低く流れ、なんとも居心地のいい空気を醸し出している。




      🍱




 なれど……今朝のひふみは考える、心地よさに馴れきっていていいのか、自分。

 気になるのは時間値段で、同じ一時間でも店側と客側には決定的な差異がある。


 六年前、閉じた事業の後始末が終了したとたん、ぽっかりと手持無沙汰になった。

 半世紀にわたる働く習慣が抜けきらず、喘ぐように渇くように仕事がしたかった。


 ハローワークへ行くと年齢制限で引っかかり、辛うじて見つかったのは清掃業務。

 パチンコ店の開店前清掃という未知の世界は予想をはるかに越える重労働だった。


 スーパーの開店前清掃、これも舐めていたが(笑)パチンコ店以上にきつかった。

 華やかな客商売の裏のバッグヤードの過酷な実態には、半年も堪えられなかった。




      🙍‍♀️




 自分がいまこうして暖かい室内で千円の定食をいただいている、まさにこの時間。

 パチンコ店には数百台の器械や床掃除に冬でも滴る汗をかいている作業員がいる。


 スーパーの従業員用ドアの向こうでは、小柄な背丈の倍近くもあるコンテナを懸命に動かす品出しの女性パートや、大量のゴミの仕分けをする女子学生バイトがいる。


 稼ぐにはかなり心身を酷使するが、いざ使う段になると、あっという間の千円也。

 お金という無機質にアゴで使われている身が情けないが、それがクールな現実だ。


 しばらく忘れていた清掃バイト当時のそれぞれの店内の景色や人間模様や音や匂いを思い出しながら、もう稼げないのだから(笑)さらに吝嗇を極めようと決意する。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

千円の時間 ⌚ 上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ