番外編2 論考
念属性と影響を与える対象について。
現在わがエーゼスキル学園において研究開発されている理鬼学において人体の生命エネルギーである鬼力は七つの属性に分類される。
・光、粒子と波動の性質を合わせ持つ鬼力
・電、微細な振動を与える鬼力
・火、全てを溶かし分解させる鬼力
・風、拡散させる鬼力
・水、流体を操る鬼力
・土、固定・硬化させる鬼力
・念、他の六つの属性とは異なる性質の鬼力で詳細不明
これらの内、光・電・火・風・水・土の六つの属性は読んで字のごとく鬼力の波長を明解に現わしている。
以下に六属性で使用できる理鬼学の技術(スキル)の一例を挙げる。
・光、視力の強化
・電、瞬発力を上昇
・火、人体の温度調節
・風、呼吸のコントロール
・水、血液の循環
・土、肉体の硬化
これらは所詮一例に過ぎず、使用者の応用次第では様々な支援術を編み出せる事は想像に難くない。
問題なのは「念」という属性の正体について詳細不明という事だ。何せ上記の六属性の波長とは違うという事しか分かっていない。
ここで実際に念属性保持者と思われる人物の理鬼学の検証を書き留めておきたい。
対象者は亡国イラツァーサに存在していたカヴァルカント学園にて理鬼学の学習をしていた学生「S」である。
S氏が持つ治療スキルは「戦闘にて失った肉体の欠損を完全復元する」ものだった。このようなスキルはエーゼスキル学園ですら未だかつて発見した事がないもので、S氏の国イラツァーサでは神のごとき力と賞賛されたのは当然の事である。
S氏により完治した兵士の復元箇所を調べると、傷痕どころか負傷したという事実さえないような回復ぶりだった。しかし肉体欠損する前の傷―何年前かの古傷は完治に至らなかった。
そして実験のために花弁を切り落としたチューリップの株を用意してS氏に治療を依頼したところ見事なまでに復元された。しかし復元の検証ために所持していたはずの切り落とした花弁部分が消失してしまっていた。不可解な事象である。
完全復元が古傷を治せず、欠損した部位は消失・・・これらの事を考慮して推測した結果、完全復元スキルは「時間」に影響を与えるものであると仮定できる。
絵空事ではあるが、もし時間を戻す事が出来れば肉体の欠損を「欠損する以前に戻す」事も可能である。ならば肉体の完全復元も考慮できる事柄である。
欠損した部位の消失については、対象物の「時間を戻した」事で欠損部位にも影響が出たものと考えられる。つまり消失したのではなく「切り取られる前のチューリップ」に戻ったという事だ。同様に戦闘で破損した部位も元の肉体に戻ったと考慮していい。
逆に古傷が完治しないのは欠損時より過去に受けた事象であるため、時間逆行スキルの恩恵を受けられないと見るべきである。
またS氏の治療を受けた兵士達には怪我を負った記憶がある事から、「対象者の時間を丸ごと戻すタイムリープ」ではなく「重症を負った部分のみの時間を戻す」というスキルであると推察できる。
S氏による完全復元は当然のごとく消費する鬼力量は莫大なものとなる。時間というものは一定方向に進むものでしかなく、それを逆行させるのは何倍もの力が必要である事は論を待たない。
更に事象における因果律の観点から、意図的に戻した時間は再び元の状態に戻ろうとする可能性もある。端的に言えば「時間を戻して復元した対象は再び肉体の欠損という事実まで復元される」という事である。
それを防ぐためS氏は無意識ながら復元を維持するべく対象に対して「復元状態から時間を進めて」いたものと推測する。
時間を戻して復元、そして対象に何もせず時間のみを経過させる事で「肉体の欠損」という事実を無くしてしまう。
つまり完全復元スキルは「時を戻して」から「進める」二段階に使用されるものとみてよい。
よってS氏の完全復元を受けられる人員は一度に3人ぐらいが限界だった。対象が軽症者では回復できる人数は増加していたようである。
その後冤罪によりS氏は衛生兵として過酷な環境で徴用された事が原因なのか、氏は攻撃スキルを使用し暴走する事となる。結果としてイラツァーサ王国の所有する兵力が激減された。
S氏のスキルを受けて死に至った者や破壊された建物の残骸から推測するに、その攻撃内容は「対象者の老化・物質の風化」。
これもS氏のスキルが時間操作であることを考えれば容易に納得できる事である。
しかも二段階の操作が必要な完全復元スキルと比べて時間を進めることは容易であり、次々に対抗者や障害物を無抵抗にしていたのも頷ける。
しかしS氏本人も鬼力の過度使用により最終的には死亡するに至った。S氏死亡のためこれ以上の念属性への検証が行う事は事実上不可能となった。
「念属性イコール時間操作」と結論づけるにはまだまだ論証も物的・事象的証拠が不足ではある。しかし理鬼学研究においては、念属性の与える影響力に「時間」の項目を追加する事を推奨したい。
―――
・・・とこんなものか、あくまで検証や推論ばかりなので結論に書いた通り証拠材料は足りないけど・・・エーゼスキル学園で今後の念属性の研究材料にしてもらえれば幸いだ。
S氏、ホントは彼女の事など報告書には書きたくはない。しかし念属性の論証のため仕方なく情報を最小限にして書かざるを得なかった。
一部事実と異なる表記をしたけど問題はないだろう。システィナ嬢が存命であればエーゼスキル学園も彼女を研究対象として保護するだろうし、何より「彼女」はもう理鬼学スキルを使用出来なくなっている。
別に論文を書いて名を上げたり教育機関の重職に就きたい訳じゃない。今まで論考を学園に提出してきた理鬼学の研究、そして念属性への研究は今後も現れるであろう念属性保持者のためのものだ。
システィナ嬢のように軍事戦力としてだけに扱われる悲劇を防ぐために。
コンコン
ノックの音とともにドアが開かれる。両手にティーセットを持って部屋に入ってくる愛しい奥さん。
「お茶が入りました、ビアジーニ教授」
少しずつ以前のような淑女らしい振舞になってくるシスタ。アンジョラ専務のマナー教育の賜物だろう。
ネローニ商会のアンジョラ専務はシスティナ嬢の学友だ。シスタの白髪の姿や記憶を失っている様に悲しむも、これまで以上に親交を深めたいとボナさんと共にシスタの世話をしてくれる。そんな彼女をシスタも気に入ってくれているようだ。
ひょんなことからシスタにマナー教育を始めるアンジョラ専務。しかしシスタはそれほど苦もなくあっさり出来るそうな。
「シスタさんにはお教えする事がないですわね、当然ですけど」
と苦笑いしながら言っていた。
未だシスティナ・ソァーヴェとしての記憶が戻らないが、以前の行動を身体が覚えているようで時折驚かされる始末。
意外と彼女も慌てふためく僕を見るのが楽しいようだ。
「ぁ・・・ありがとう、でもその呼び方は心臓に悪いよ・・・君だってもうビアジーニじゃないか」
「だってこの方がカッコイイんですもの、それに貴方はもうネローニ商会お抱えの理鬼学講師ですから・・・ご身分を弁えてもらわないと」
以前港町でシスタがならず者達に襲われそうになった後、ネローニ商会の会長に戦闘術に長けるメンバーを自警団に臨時参加させる事を提案した。
結果として町の治安が良くなり自警団から戦闘技術を師事される事になった。
商会に仕事を斡旋してもらった時よりもお給金が上がって生活がしやすくなっている。人にものを教えるこの状況はまるでカヴァルカント学園にもどったような感じだ・・・それでも。
「そんな偉そうな肩書より、僕は奥さんのお茶が欲しいなぁ」
「はいはい、それじゃ『ホウジチャ』をお淹れいたしますね?」
茶葉の焼けたような香ばしい香りが漂ってくる。この匂いを嗅ぐと気持ちがほっこり落ち着く。僕も彼女もこの香りが好きだ。
机に向かっていた僕は椅子から立ち上がりソファーに腰を座らせる。するとお茶をテーブルに置いたシスタは僕のとなりに寄り添い、僕の肩に頭を預けてくる。
「私、貴方とこうしている時間が一番好きです」
「僕もだよ、シスタ」
二度と失わないよう大切な彼女の肩を抱きよせる。
いつの日か彼女は辛かった過去を取り戻すかも知れない。何百の兵士達や国王、そして自分の家族までその手に掛けたと絶望するかも知れない。
しかしそうなったとしても僕は彼女シスタを支えていきたい。シスタは僕の助手であり生徒であり・・・愛すべき伴侶なのだから。
<完>
惑いし令嬢は全てを流す naimed @naimed
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