番外編1 出国
王太子殿下と別れてから数時間後、イラツァーサ三山の近くで巨大なスキルが辺り一帯を包みこんだ。その中心にシスティナ嬢がいたのを僕の並外れた視力は見逃さなかった。
スキルの使用者は彼女だった。鬼力を使い果たした彼女はそのまま仰向けに倒れ込む。居ても立っても居られなくなった僕は鬼力で身体全体を強化して森の中を走り抜ける。
僕の鬼力は「光属性」、粒子と波動を併せ持つ性質を利用して移動速度を上昇する事が出来る。あっという間にシスティナ嬢のいる場所までたどり着いた。
システィナ嬢は無事だったが・・・黒く艶やかな髪は真っ白となっていた。あれだけ巨大なスキルを使ったんだ。力を使い果たしたとしてもおかしくはない。とにかく一刻も早く彼女を休ませなければならない。
急いでこの場を離れようとするも何故かこの一帯で理鬼学スキルが使えなくなっている?三山の付近にそのような話は聞いたことがなかった。
彼女を背負ったまま徒歩でイラツァーサを後にする。この騒ぎで僕の行く手を阻む者は一切なかった。
未だ放置されていた自分の家からお金を持ち出し、当てのないまま東の隣国コルムーへ入国する。ここには港町もありいざという時は海上に出る事も可能だ。
もっとも幸か不幸か、後からイラツァーサ王国は解体する事になったので逃亡生活の必要も無くなった。
システィナ嬢を医者に見せると幸いにして鬼力は安定しているとの事。後は目覚めるのを待つばかりだそうだ。しかし寝たきりとなった女性の世話は僕には到底できない。
町中で世話役を募集してみると一人の三十代の女性ボナが名乗り出てくれた。何でも高貴な貴族の元でメイドをしていたのだとかで身元は安心だ。
眠っているシスティナ嬢の元へ案内すると驚き叫ぶ。
「こ、これは・・・システィナお嬢様じゃありませんか!貴方一体お嬢様に何をしたんですか!!」
突然僕に怒りをもって掴みかかるボナさんにこれまでの経緯を語る。彼女は次第に嗚咽をもらす。
驚いたことに彼女は以前ソァーヴェ家でシスティナ嬢の養育係をしていたらしい。システィナ嬢の実母フランカ夫人の侍女であり親友でもあった彼女は、入り婿であるルビカント・ソァーヴェが再婚した時に屋敷を追い出された使用人達の一人だった。
そんな彼女ならシスティナ嬢を無碍には扱わないだろう。ボナさんは喜んでシスティナ嬢のお世話をしてくれる。
システィナ嬢をボナさんに任せた僕は仕事を探す事に。残念ながらこの国では知り合いもいないので職業を選んでいる余裕はない。持っていたお金もすでに底を尽いている。
とりあえず仕事を斡旋してくれそうな「ネローニ商会」を尋ねる事に。商会の若き専務が僕の履歴書を見る。
「ルカーノ・ビアジーニさん・・・ええっ?もしかしてカヴァルカント学園のビアジーニ教授ではありませんか!」
久しぶりに呼ばれた名前だ。商会の専務はカヴァルカント学園卒業生のアンジョラ・ヴィスコンテ=ネローニ嬢だった。
聞けばシスティナ嬢の婚約破棄騒動の折りは彼女を必死に守ってくれたようだ。しかし力及ばずシスティナ嬢の国外追放を見届けた後、イラツァーサに愛想を尽かしてこの国に一家で移住したのだそうな。
彼女のお父上はヴィスコンテの爵位を捨てても商売のツテがあったのでこの国で商会を立ち上げるに至る。
僕がシスティナ嬢との経緯を話すと喜んで仕事を斡旋してくれることになった。僕は我が身の幸運に感謝した。
「お兄ちゃん・・・だれ?」
そして目覚めたシスティナ嬢は・・・すべての記憶を失っていた。彼女を襲う残酷な運命に怒りを覚えるが、不安になって泣いている彼女を見てしっかり励ます。
「君はシス・・・シスタだよ?もう大丈夫だから、何も心配いらないよ!」
僕の言葉を聞いてますます幼い子供のように泣きだすシスタ。でもこれでいい、システィナ・ソァーヴェとしての過去はあまりにも辛い事ばかりだった。
彼女にはこれから幸福になる権利がある。無理にシスティナ・ソァーヴェであった事を思い出す必要はない。
■■■
-帰国-
「おぅ、見えてきた見えてきた!お前ら、あれがサダン・ダグラド・バィワの三山だ」
「あれかぁ・・・何だ、はげ山じゃないっスか」
「ぜぇぜぇ・・・こんな山道乗り越えて来たかと思えば」
「ここに来たら儲かるんじゃねぇんですかい??」
俺っちはアリキーノ。元イラツァーサ王国の土木工兵だった男よ。
若い時にガストーニ砦で仕事やってたらモンスターに襲われちまったっての。命からがら助けられたけど右腕が千切れちまって死にそうだった。
そんな俺っちを助けてくれたのが青い目の長い黒髪のお嬢様だった。顔を拝ませてもらった時ぁ女神様かと思っちまったよ!
で気づいた時にゃ右腕は元通りで他の傷も綺麗に塞がっていた。コイツぁ礼を言わねぇと男が廃る!そん時来ていた王様の命令でお嬢様に会った。
その態度は男なんて初めて見ましたってもので箱入り娘ときたぁ。俺っちの回復アピールも受けなくてちっと寂しかったぜ。もっと頑張ろうとすると年の若い王子様に耳ひっぱられて追い出されちまった。
あ!俺っちとした事が恩人の名前聞くの忘れちまってたぜ!砦の隊長さんも王様と王子様は知ってるがお嬢様の名前は知らないっつってたしなぁ。
◇
土木工兵は結構使われる。今度ぁ西のフィロガモ砦で作業することになった。
珍しく真面目に仕事してると赤毛のメガネの男がやってきた。何でもカヴァルカントって学園の先生だとか。若ぇのにスゲぇこった。
俺っちが無くした右腕を生やしてもらった話を聞きてぇそうなので多少尾ひれをつけて武勇伝にしてやったぜ!先生の受けは悪かったけど。
そうだ、この先生なら知ってるかも?
「学園の先生よぉ、俺っちの恩人の名前を教えてくれよ~いつか礼がしてぇんだ」
「彼女はシスティナ、システィナ・ソァーヴェ嬢ですよ」
「システィナ様かぁ、ずいぶんべっぴんサンだったよなぁさすがは俺っちの女神様だ!!」
「忠告しておきますが彼女の家はドゥーカ(公爵)でやがてはこの国の王太子妃になられます、不用意に近付くと命の保証はありませんよ?」
学園の先生は難しい事言ってお礼のお小遣いをくれて帰った。よし、臨時ボーナスも入った事だし今日は一日ぶりに飲みに行くかぁ!
◇
あちこちの砦を修理して回った俺っちは国を出る事にした。騎士でも貴族でもねぇからこの国に腰を下ろす必要はねぇ。だったらもっとお給金の高いトコに引っ越してやる!目指せ高所得者階層!ってか?
・・・などと考えてた時期が俺っちにもあったぜ。西隣のウィザースじゃ散々コキ使われる割にお給金はスズメの涙。これじゃ晩酌を一日置きにガマンしなきゃならねぇ。そう考えながら居酒屋でエール5杯目に突入した時だった。
「おぉい!隣のイラツァーサが国を捨てちまったぞ!ウチのウィザースはあの領土の3分の1もらえるんだとか!」
「マジかよ!だったら俺らもおまんま食い放題!!」
「なワケあるかーい!潤うのは王様やお貴族様達だけだろ?俺らにゃ関係ねぇわ」
俺っちの出身イラツァーサがなくなった?!こうしてはおれん、店の支払い済ませてハシゴするぞ!!
翌日もその翌日もイラツァーサの話で持ち切りよ。
「領土分けは無事に終わったが・・・あの三つのはげ山だけはどうにもならねぇそうだ、コルムーもオヴロも手をださねぇ」
「なんだよ、山ン中にゃお宝があるってのが相場だろ?」
「あの山の周りじゃ理鬼学スキルが使えんらしいぜ?元々あの山はお宝どころかモンスターの棲み処だからスキルも使えないのに行くのは自殺しにいくようなもんさ」
三つの山、ってのはサダン・ダグラド・バィワの事か。俺っちのいた頃は草木ボーボーの山だったハズだがスキルが使えんでは確かに危険
・・・でもねぇか、俺っち理鬼学のスキルってのはどうも苦手なんだよな。腕っぷしは誰にも負けねぇんだが。
そうだ、俺っちみてぇなスキル苦手族を集めてあの山を管理できねぇかな?仕事場のアイツとコイツにソイツ、まずはこの三人をピクニックに連れてってみよう!
◇
という訳でイラツァーサの三山に野郎4名のむさいパーティーで視察にきたって事よ。ホントに何もねぇトコだな。
同行していた2名もつまらなさそうな顔して山を眺めていた。コイツはハズレかぁ?もう一名はどこに・・・なにやってんだアイツぁ!
「てめぇ、何リュックサックに顔突っ込んでやがんだ!キモいなぁ!!」
「へへ、アリキーノ兄ぃも嗅いでみます?めちゃくちゃイイ匂いッスよ!」
言われるままにリュックサックの中を嗅いでみる。甘ぁい香りが漂ってきてこりゃたまらん、一体何が入ってやがるんだ?たまらず手を突っ込んで荷物をぶちまける事に。
「ああ~!何てことしやがんだよ兄ぃ!俺がガレキの中で見つけて来たのに・・・」
中身は・・・女物の下着と兵隊の服だった。
「てめぇ変態か!女の荷物パクりやがって・・・何だこの包みは?」
30センチメートルほどの薄い板が丁寧に包まれている。包みを破ると出てきたのは絵・・・この顔は・・・俺っちの女神システィナ様だぁ!!
「ああああ!やっと会えたぜ!!これぞ俺っちの女神様!!!こいつぁ幸先いいぜ!これでここの事業も成功するにちげぇねぇ!!」
「ちょ、ちょっと兄ぃ!俺の見つけてきた荷物なのにずるぃっスよ!!」
「分かったわかった!ちゃんとお小遣い払ってやるから・・・ほらよ!!」
「うひょー太っ腹・・・って全部銅貨じゃねぇすか!」
俺っちは決めたぜ、ここで鉱山ビジネスを始めてやる。スキルの使えないヤツラを集めりゃ一攫千金も夢じゃねぇ!!
―――――
追記
土木工兵アリキーノ氏がタダ同然で買い付けたサダン・ダグラド・バィワの三山。鉱山産業と地場の影響かスキルの使えないこの地理を利用して犯罪者を働かせる鉱山となる。
時代を経て元の「イラツァーサ」が訛って「イラザス鉱山」と呼ばれる事になる。
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