エピローグ

「たっだいまぁ!」

「あ、お帰りなさいルカお兄ちゃん!」


 家に入って来たルカお兄ちゃんに飛びついて抱きしめる。毎日お仕事なのは仕方ないけど一緒じゃないのは寂しいよね。


 困らせたくないからわがままは言わないようにしているけどルカお兄ちゃんだっておんなじだよ、だって私の事ぎゅってしてくれるんだもの。


 お兄ちゃんは離した手を頭において撫でながら言う。


「いい娘にしていたかいシスタ?」

「うん、今日はボナおばさんと一緒にゴハン作ったんだよ?」

「お帰りなさいませルカーノ様、お嬢様は筋がよろしいんですのよ?」

「はは、それは楽しみだな・・・じゃあさっそくゴハンを頂こうか!」





 はんとし前、ってどれだけ前だか分からないけどずぅっと寝ていた私は目を覚ましたの。今までやってきた事が全部きれいに頭の中から抜けたような気がする。目に見えるものも何か全部暗かったし。自分のお名前も何もかも分からなくなって泣いちゃった。


 そうしたらお部屋にいたメガネをかけたお兄ちゃん、ルカーノってお兄ちゃんが私の事を「シスタ」って呼んでくれたの。それだけで何か安心しちゃってまた泣いてお兄ちゃんを困らせたんだ。


 お兄ちゃんは自分の事を「おじさん」って呼ぶように言ったんだけどそれは嫌だったから「ルカお兄ちゃん」って呼ぶことにしたの。だってお顔はオジサンじゃなくてカッコイイんだもん。

 最初はお顔を赤くして困ってたけど今は嬉しそうにしているんだ。お兄ちゃんが嬉しいと私も嬉しい!


 鏡を見せてもらうと私の髪は・・・真っ白だった。まだおばあちゃんじゃないのにどうして・・・。悲しくなってるとルカお兄ちゃんは頭を優しく撫でながら「若くても白い髪の人はいるんだ、シスタの髪もきれい」って言ってくれたからその内に気にならなくなっちゃった。



 ルカお兄ちゃんはお仕事をしに毎日朝早くから「ネローニ商会」ってトコに出かけている。どんなお仕事って聞いたら「大人の人達に強くなる方法を教えている」んだって!人に教えるくらいだから私のお兄ちゃんはとても強いんだろうな?


 「私も強くなりたいから教えて」ってお願いしたら「シスタはもうそんな事しなくていいんだ」って悲しそうなお顔で言ったの。私、何か悪い事言ったのかな?


 お仕事中は私が寂しくないようにってボナおばさんが家の事を手伝いに来てくれている。お兄ちゃんが言うには私が赤ん坊の時からお世話してくれた人らしいの。


 初めて会ったボナおばさんは私を抱きしめてくれた。私は全然覚えてないのにおばさんはしっかり覚えてくれていたようで「よくご無事で」とか「またお嬢様のお世話が出来る」って言ってたなぁ。いつも優しくて私に色んな事を教えてくれるとても良い人だ。





「おいしいなぁ、このミートローフは最高ですよ!」

「ふふ、ありがとうございます・・・新鮮なお肉が手に入りましたので」

「ルカお兄ちゃん、こっちのサラダは私が作ったんだよ!」

「へえ、どれどれ・・・ん、こっちもおいしいよシスタ!」


 ルカお兄ちゃんとボナおばさんと三人で食べるゴハンはホントにおいしい・・・おいしくてとっても幸せなのにどうしてか涙が後からこぼれてくる。


「あ、あれれ?おかしいなぁ・・・涙が止まらない・・・」

「まぁ、お嬢様ったら!どうなさったのですか?」

「だ、大丈夫だよ!ちょっとスープが熱かっただけだから」

「ホントかい?熱いなら僕が冷ましてあげよう・・・そら、お皿を貸してごらん?」

「いいよいいよ!ホントに大丈夫だから!!」


 あわててハンカチでふくと涙はぴったり止まった。お兄ちゃんとボナおばさんに心配させちゃったかな?



◇◇◇



 昼間、ボナおばさんと買い出しに行く。ホントはルカお兄ちゃんから外に出るのは止められているんだけど、おばさんを手伝いたくて付いてきた。

 港町だからお魚がたくさん獲れているので何を買っていいのか迷っちゃう。


 色んなお店を見ている内にいつの間にかボナおばさんとはぐれちゃった。どうしよう、家までの道が分からない。


 困っていると薄汚れた服を着た怖そうな三人の男の人達が私に声を掛けてくる。


「お?道に迷ったのかお嬢さん?」

「俺らが案内してやるぜ?楽しいトコになぁ!」

「白い髪だけどずいぶんべっぴんさんじゃねぇか、高く売れるぜぃ」


 私を助けてくれるような言葉だけど気持ち悪い感じがする。この人達についてっちゃダメだ!


「ご、ごめんなさい!一人で帰れますから!!」

「シス・・・お嬢様、こちらでしたか!」


 ボナおばさんが息を切らせながらやってきた。手を取ると安心して崩れ落ちそうになる。おばさんはそんな私を抱きかかえて守ってくれる。


「何なんですか貴方たちは!お嬢様から離れて下さいまし!!」


「なんだこのオバさんわ・・・いや待てよ?」

「トシは食ってても顔はなかなかイケてるじゃねぇか!」

「2人まとめて食ってや・・・るげぇ!!」



 突然3人の内の1人が倒れた。その後ろから現れたのは若い金髪の男の人とこげ茶の髪をした男の人だった。

 2人とも髪形が少し乱れて着ている服もしわが多くて何日も旅をしていた様子だった。鞘に入ったままの細長い剣を持っている。


「な、なんだテメェ!俺達を誰だと思って・・・がふっ!!」

「ただの悪党、だろう?さぁ後は貴様一人だ」


「へっ、俺らがたったの3人だけと思ってやがるようだなぁ!おいオメェら!!この小僧をぶっ飛ばしてやれ!!!」

「「「おおおぅ!!!」」」


 その声に合わせて武器を持った8人の男の人達が出てくる・・・ダメだ、こんな人数じゃ金髪の人達まで・・・。


「殿下、お下がりを」

「殿下はやめろバジリオ、俺もや・・・」


  ヒュン! ヒュン! ヒュン!


 金髪の人達が立ち向かおうとする時、風を切る音がした?


「がっ!!」

「ぃげぇ!!」

「ぶへぇ!」

「げはぁっ!!」

「ぅごぉ!」


 突然倒れる8人の人達。そのそばには石ころが転がっている。何が起こってるの?そう考えてたら私を後ろから優しく抱きしめる人がいた。


「シスタ、怖かっただろう?もう大丈夫だよ!」

「ぉ、お兄ちゃん!」

「ルカーノ様!」


 急いで来てくれたお兄ちゃんに抱きつく。ボナさんも安心したのか力が抜けていた。


「あ・・・何だお前は!俺の舎弟どもに何しやがった!?」

「今こちらに町の自警団が向かっています、大人しくしていなさい!」


「くそが!余計な事しやがって・・・覚えて、ろよわぁ!!」

「逃がす訳ないだろ?」


 逃げ出そうとした男の人を金髪の人が動けなくしていた。鞘に入れたままの剣で叩いたのかな?

 金髪の人が私達に向って話し始める。


「ご婦人方、あんな手合いはどこにでもいる・・・買い物も気を付けるように」


「どなたかは存じませんが助けて下さって有難うございます」

「あの、有難うございました!」

「ああ、気にする・・・・・・な!」


 金髪の人は私の顔を見て驚いている。どうしてかすごく悲しそうな顔になっていた。その顔は見た事があるのに思い出せない。その姿と悲しそうな目とが合っていない気がする。

 見兼ねたボナおばさんがたずねる。


「あの・・・お嬢様が何か?」

「い、いや人違いだ・・・それに俺達がいなくとも貴殿がいれば問題ないか、どうやら余計なお世話だったようだな」


 金髪の人はお兄ちゃんに向って言う。どうしてか機嫌のよくない顔だ。お兄ちゃんも同じくらい不機嫌なお顔で話す。


「いえ、彼女を・・・妹を助けて頂いた事は感謝致します」

「気にするな、偶然通りかかっただけだ・・・悪いが俺達は行かせてもらう、後は任せた・・・いくぞバジリオ」

「はっ」


 そう言って金髪の人とこげ茶の髪の人はこの場を離れて行った。そしてさっきまでとは変わって頭を深く下げるお兄ちゃん。


「・・・どうかお気をつけて」



◇◇◇



 それから一年が経った頃、ルカお兄ちゃんに大陸の向こうにある世界一のエーゼスキル学園から「教授職の推薦」の手紙が届いた。何でも仕事の合間に頑張って書いた理鬼学の論文が優秀だったから学園の教授をして欲しいそうだ。


 でもルカお兄ちゃんは学園にお断わりの返事を書いた。どうして?ひょっとして私のために?!


「シスタ、明日はお休みだからどこか遊びに行こうか?」

「私は・・・お兄ちゃんとお話したい」


「うん?何でも聞いてくれ!本のお話ならいくらだって」

「そんな事じゃない!どうしてエーゼスキル学園のお話を断ったの?アンジョラさんから聞いたわよ、お兄ちゃんは学園の卒業生だって!!」


 アンジョラさんというのはお兄ちゃんがお仕事をしている「ネローニ商会」の店長の代わりをしてる人。商会に来る前からルカお兄ちゃんと知り合いだったみたい。


「・・・そうか、まぁ別に隠す事でもないし」

「知っているところならお仕事もしやすいハズじゃない!もしかして私のために遠慮してるの?」


「・・・シスタ」

「だったら大丈夫!私、もう一人でゴハンも作れるしお掃除もお洗濯もできるようになったんだから」


「シスタ」

「もうお兄ちゃんに迷惑はかけない!だからせっかくのチャンスを自分で潰さないで!」

「シスタ!」


 お兄ちゃんの大きな声にびっくりすると突然抱きしめられた。それも強い力で。


「る、ルカお兄ちゃん?」

「僕が本当に欲しいのは・・・シスタなんだよ、僕は今の生活が続けられれば一番嬉しいんだ!シスタはこんなオジサンと一緒にいるのは嫌かい?」

「・・・ぅ、そんな事ない!私だってお兄ちゃんが大好きなんだから自分でオジサンなんて言わないで!」


 私の返事を聞いてから身体を離すお兄ちゃん、両手は肩に置いたままで優しいお顔で私の目をじっと見つめる。


「だったら・・・ずっと一緒にいよう!シスタは僕のお嫁さんになってくれるかい?嫌なら妹のままでもいいんだけど・・・」


 ルカお兄ちゃんの言葉が嬉しくて涙がこぼれちゃう。返事をしようとするとどうしてか口が勝手にしゃべりだす。


 「お慕いしております教授・・・初めてお会いした時からずっと」


―終―

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