第二十三話 解体

 システィナのいるであろう南のドゥランテ砦に向かうため一旦王都に戻る事に。


 しかしビアジーニ教授の指摘が心に突き刺さっていて足取りは重い。システィナを保護する目的がなければ一休みしたいほどだ。それでなくとも今までの各砦を回っていた事で俺も従士バジリオも疲労がたまっている。


 とうとう馬車を引き回していた馬までが限界を超えてしまったので近くの人里で一晩泊まる事に。ロクに休めていなかった身体は根が生えたように動かなくなった。


 翌朝準備を整えて人里を出発する。その時に目に入って来たのは向こうに聳えるサダン・ダグラド・バィワの三山。しかしその姿ははげ山となっていた。モンスターの巣窟である三山が一夜で岩肌がむき出しになるなんて・・・バジリオが叫ぶ。


「殿下、あれは・・・三山では??」

「一体いつの間に・・・王都に急ぐぞ!!」



◇◇◇



 結局俺は王都に行く事なく三山より少し離れた場所から動けなくなっていた。


 そこには父上や宰相スタツィオをはじめとした百人余りの将兵達、そしてソァーヴェ親子が息を引き取っていた。どの遺体からも外傷はないが生気もない。皮膚は干からびる寸前といっていい。一体ここで何があったのか?


「ぉ、お前!・・・リベリオじゃないか!しっかりしろ!!」

「ぅ・・・ぅあ・・・バジリ・・・で、殿かぁ・・・」


 従士バジリオが抱えているのは俺が王城に連絡役として派遣した同じく従士のリベリオだ。奴の顔は肌つやがなくまるで老人のものとなっていた。


「リベリオ、俺だ・・・ここで一体何があった?父上やソァーヴェ親子までが亡くなっていた・・・」

「殿下・・・し、システィ・・・嬢が・・・スキルを・・・ぁうっ」


 それきりリベリオは喋らなくなり、息を引き取った。



 王城に戻り次第、残っていた重臣達を集めて現状を分析する。


 一週間前より一人の衛生兵がソリアーノ砦にいた母上、王妃を殺した事から反逆を起こして強大なスキルを使いあちこちの砦を陥落させていたらしい。その対応に国防軍は戦力を分散させていたようだ。


 その容貌は短い黒髪、リベリオの証言と合わせると恐らくシスティナ本人と思われる。


 なぜ仲の良かった母上を殺して反逆など起こしたのか?婚約破棄をした俺への憎しみか、貴族籍を取り上げられ戦地で徴用された恨みか・・・本人がいないここでは推測の域を出ない。


 そんな中やって来たのはコルムー、ウィザース、オヴロの周辺三国の使者だった。


「王太子殿、イラツァーサ国王はどちらかな?」

「いい加減我々としても小競り合いは勘弁願いたいものですぞ」

「それとも・・・我ら三国を相手に一勝負してみますかな?」


 コイツらはいつになく高圧的な態度で迫ってきている。こちらの事情を知り尽くした上での振舞か。とにかく適当に接待して時間を稼ぐことに。


 残存部隊を確認してもソリアーノ・リビオ・バウドの各砦の兵数が激減している。そして王城に残っていた精鋭部隊も先程の三山近くで父上や宰相と共に全員死亡していた。兵力は総数の3分の1に低下している。これでは三国どころか一国にすら敵対出来る状態ではない。


 俺は内々で国内の貴族当主と軍の幹部を集める。


「諸卿ならびに諸将よ、わがイラツァーサには現在三国に対抗できる戦力を持ってはいない・・・その上国王陛下も崩御され宰相スタツィオすらも亡くなった現在では到底戦争など出来ない・・・よって降伏する!」

「そ、そんな!お考え直しを、殿下!!」

「今降伏などすれば・・・国土や国民達は三国によって蹂躙されます!!」

「大丈夫だ、問題はない」


 苦渋の決断の元、俺はイラツァーサ王国を解体する事とした。


 長く続いたイラツァーサ王国の歴史を考えれば不用意に国を捨てる事はできないが、戦う覚悟を持った兵士はともかく無辜の民を戦火に巻き込むわけにはいかない。元々俺自身は侵略戦争には反対だったしな。


 王国解体の前に三国の使者達に王家の所有する領地を譲渡する事を告げる。ヤツラは喜色満面の顔で了承するも、渡された領土をどう三分割するか血眼になって協議している。


 その間に使者を通さず国内の各貴族の所属国変更の手続きを内々に進める。使者達の面子は潰すことになるが、こうしておけば貴族の領土は各三国のものとなるので不用意に略奪は出来なくなる。当然領地に所属する平民たちも安全だ。


 最後にイラツァーサ王国解体の書類にサインをして王城を抜け出す。無責任だがぼやぼやしていると俺の身までが危ない。面子を潰された三国の使者達はとどめとばかりに俺の首を取ろうとするだろうから。



 解体手続きの合間に兵士達にシスティナの行方を捜させたものの、ついにその姿を見つけることは出来なかった。王族の権限を使っても人一人見つけられないとは馬鹿な話だ。


 ならば自分の手で探し出してやる。父上達を死に追いやった事に対して思う所がない訳ではないが、まずはシスティナには自分の愚行をしっかり謝罪したい。


 持つ物は旅に必要な最低限の衣類と護身用の武器、そしてシスティナの描いたイラツァーサ三山の絵画。隣には従士のバジリオ一人のみ。これがイラツァーサの元王太子とは誰も思わないだろう。


 俺はイラツァーサを後にした。



■■■



 険しい山脈を越えている。かなりの高所で空気は薄い。イラツァーサ王国の解体から一年以上が過ぎようとしていた。


 隣には変わらず元従士バジリオが律儀に供をしてくれている。もはや俺は王太子ではないのだから忠義立てする必要はないのだが、元々王国でも天涯孤独だったことから『自由になってもする事がない』そうだ。


 彼のためにも落ち着ける場所を探したい。


 王国を解体しようが依然三国からは命を狙われている身だ。なるべく人の来ない場所を目指している。


 前方を進んでいたバジリオが指をさして叫ぶ。


「殿下、あそこに村落があります!」

「殿下はやめろバジリオ、俺はアルクだ」

「すみません、クセで・・・しかし助かります、もう食料も底をつきかけていたところですから!あそこに向かいましょう!!」

「ああ・・・これだけ山を越えた場所だ、三国のヤツラも追ってはこれまい」


 俺とバジリオは村落に向けて足を運ぶ。そこにいた村人は突然やってきた俺達を温かく持て成してくれた。


 村の最年長の老人-長老-にこの村に住みたいと頼むと快く受け入れてくれた。


 この村落は遠くの町において戦争で家を焼かれた家族が14世帯いるだけで、未だ村の名前が無く人手も足りないらしい。


 今は夏場なので気候が良く通行できたが、冬になると外界からは完全に断絶されるようだ。未だに追われている俺にはぴったりの場所だ。


「男手が一気に2人も増えた・・・みんな、これからはこのアルク殿とバジリオ殿にもしっかり働いてもらえるぞ!!」

「「「おおおおおおー!」」」


「おいお前ら!この方はそんな事をするために・・・」

「いいじゃないかバジリオ、『働かざる者食べるべからず』だ・・・俺もここに骨を埋める事にしたぞ?みんな、よろしく頼む!」


 日々慣れない畑の開墾に苦戦する。自然環境が厳しいため草木を取り去って土を農業が出来るようにするには力も知識も必要だ。


 そこで俺は開墾の合間に自分が今まで習い覚えて来た一般教養や理鬼学を村人達に教える。理鬼学の使用で開墾作業も楽になるだろうし、農業学ではないが一般教養も生活に直結する事を教えている。

 元々全員が町の出身という事もあり村人達は必死に食らいついてくる。



 この村落で生活をして一年が経った頃、長老が俺達に「村の相談役になって欲しい」と頼んできた。


 ここには互いに見知った顔しかないので世帯同士のトラブルが起ればまとめにくいとの事。世話にもなっている事だし長老の頼みを引き受け、俺は村人への相談役になった。


「さっそくだがご両人、この村に名前をつけてくれんかのぉ?」

「名前か、ならばアルカンジェロ村に決定だ」

「止せ、そんな物騒なもの付けられるか!俺の名前からでおこがましいが『アルクア』というのはどうだろうか?」

「アルクア・・・なるほど、呼びやすくていい名前ですな!ではそのままアルク殿が村長に」

「それはお断りさせてもらう、村長ならここに適任者がいるじゃないか」

「あ!アルク様!!」


 村長の役目は長老の孫娘と結婚したバジリオに任せる事にした。元王族の俺を差し置いて村長になるのは嫌がっていたが、困った事があれば協力するという条件で引き受けさせた。


 俺が村長になればもしコルムー・ウィザース・オヴロの三国のヤツラが村に辿り着いた時に村人達に迷惑を掛ける事になるからだ。


 所帯をもったバジリオはだんだん村長としての風格を持ちつつある。


 俺も村の娘との結婚を持ち出されるが丁重にお断りしている。どうあろうとも一人の女性を不幸にしてしまった過去は消えないからだ。



 結局システィナとは再会することはなかった。隣国コルムーであんな痛々しい姿を見れば謝罪する事など到底出来ない。

 俺にはもう彼女に関わる資格はない。悔しいが彼女を守っている「アイツ」に任せよう。


 さんざん迷惑を掛けた俺が言える事ではないが、彼女にはどうか幸せになって欲しいものだ。


 彼女の描いた三山の絵画を見てそう願わざるを得ない。



―――――



 追記


 アルクア村の名づけ親で村の相談役アルクが56歳の生涯を終える頃には14世帯しかなかった村民が一気に50世帯までに増加。

 それに加えて一般教養や農業学に理鬼学の教育も進む事となり、ようやく村と呼べる規模にまで発展。自然環境が厳しい中で村人達は地道に生活していく事となる。


 一方、初代アルクア村村長バジリオ翁の「念属性は神のごとき力と悪魔のごとき破壊をもたらす」との昔話が知識として広まる。

 しかし代を重ねてきた村人の子孫が意味を取り違えて「念属性は悪魔の力なり」との誤解が拡散。


 以来この村で念属性の保持者が現れると村八分となるか、村を追放される悪しき習慣が形成された。

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