第二十二話 対峙

■ビアジーニ視点


 王城の一件で投獄された僕は特殊部隊「マラコダ」に徴用される事となった。幸い戦闘スキルは心得ているので戦闘に問題はない。

 しかしこの部隊は罪人達で編成されているため、荒くれ者達の中では僕のような学者肌は浮いた存在になってしまう。


「おぅ坊ちゃん、今日もよく無事に生き残れたなぁ?」

「はぁ?実は逃げてるだけじゃね?」

「しかしそれも重要な事、お主やり手だのぉ」


 新入りとしてイジられ戦闘を繰り返す毎日で僕の心は疲れてくる。カヴァルカント学園の教授を勤めた人間がこんな有様になるとは人生とは分からないものだ。


 戦争好きな国王の元での戦争はいつまでも終わらないから、生きていても戦死しても大した違いはない。


 そういえばシスティナ嬢はどうしているのだろうか?もうすでに学園を卒業しているハズだからあの王太子と結婚している頃か。僕の想いは叶わなかったけどどうか幸せになって欲しい。


 僕がシスティナ嬢のスキルの正体を墓場まで持っていけば、あの国王も無理に彼女を軍隊に組み込む事はないだろう。



 色んな砦を転々とする内に東のエスポージト砦で部隊の補給をする事になった。そこには思いもしなかった人物がいた。


 髪を一つ結びにし衛生兵の服に身を包んだシスティナ・ソァーヴェ嬢だ。

 聞けばカヴァルカント学園の卒業記念パーティーの折りに王太子アルカンジェロから婚約破棄されたらしい。僕が投獄されていなければ彼女をこんな目に遭わさずに済んだのに。


「今の私には何もお渡しすることが出来ません、どうかこれをお持ち下さいませ・・・」


 切った髪の房を僕に手渡すシスティナ嬢。その目には涙があふれている。

 彼女の髪を失った痛みを思うと申し訳なさが募る。


「ぼ、僕は・・・僕こそ何も出来な・・・うぅっ」

「私がお願いする事は・・・教授のご無事だけです、次に会う時も元気なお姿をみせて下さいませ・・・もういいです、隊長様」

「ぁ、ああ・・・よし、行くぞ」


「貴女もどうか・・・ご自愛下さい・・・」


 システィナ嬢は振り返らず去ってしまった。彼女をこんな過酷な世界に放り込んだ王太子に、そして彼女に対して何もできない自分にも怒りが湧いてくる。


 何としても生き残ってやる、それが僕のために綺麗な髪を失わせたシスティナ嬢に対する僕の責務だ。





 ガストーニ砦にて大量のモンスターが発生している報告を受けて僕達マラコダは迎撃命令を受けた。だがあまりにも多勢に無勢、押し切られるのも時間の問題となった。


「防戦準備、防御陣形を敷きモンスターどもを砦に一歩も入れるな!」


 砦の司令官の号令が飛ぶ。それを合図にマラコダ部隊も下がろうとすると後方のガストーニ砦の兵隊達が一斉に槍を突き出して威嚇する。


「我々は作戦上ここを完全防備する!貴隊はそのまま迎撃されたし!!」


 なんて事だ、これじゃ僕らに死ねと言ってるようなモンだ。


「くそが!ガストーニのヤツラめ!!俺達を見殺しにするつもりか・・・だったらここにいる必要は無ぇ!お前ら、逃げるぞ!!」

「「「おっしゃぁあああああ!!!」」」


 マラコダの隊長の檄とともに一目散にその場を逃走する兵士達。よし・・・この機会に僕も!



  ざくぅぅぅっ!!



 突然胸を襲う衝撃が。目の前にはマラコダの兵士が僕の胸にナイフを突き立てていた。


「悪く思うなよ?こんなモンスターどもの中を逃げ切るにゃあ囮がいるんだ・・・あばよっ!」

「ぁぐっ!!」


 ナイフが引き抜かれると同時に倒れ込む。ダメだ・・・もう意識が。


・・・

・・


「ぅ・・・痛てて・・・血が出ている・・・」


 目が覚めると砦の近くにいた。痛みを感じる胸からは血が出ていたものの、思ったより浅手で心臓までは届かなかったようだ。一体どうして?


「ともかく応急処置をしておかないと・・・これは!」


 僕の命を救ってくれたのは・・・システィナ嬢がくれたひと房の髪だった。彼女の髪を胸のあたりに忍ばせておいたんだった。それがクッションとなって深手を負わずに済んだ。


 改めてシスティナ嬢に感謝する。今度は僕が彼女を助け出す番だ。

 持っていた医療具で止血をして包帯を巻き応急処置をしておく。これで少しは動ける。



 一息ついた僕は視力を強化して辺りを見回す。向こうの方にモンスターの群れと戦っているマラコダの兵隊達がいた。僕をナイフで突き刺して逃げ出したヤツラだ。


 どうやら動けなくなった僕よりも急に動き出した兵隊達の方にモンスターの興味が向かったようだ。僕を囮にして逃げ延びようとしたのに却ってモンスターに目を付けられるとは何とも皮肉だ。


 自分を殺して置き去りにしたヤツラを助けに行くほどお人好しじゃない。かと言ってガストーニ砦に戻るわけにもいかない。マラコダを見捨てた証言者がいれば砦の司令官にとってはマイナスでしかなく、迎え入れられた途端に殺されてしまうだろう。



 僕に出来る事、視力の強化でモンスターの索敵と光属性によるカムフラージュ、この2つだ。戦闘はなるべく厳禁にしていく。一人では限界があるからだ。


 とにかく生き延びる事だ。生きてさえいればシスティナ嬢に恩を返すチャンスがあるに違いない。



■アルカンジェロ視点



 とりあえず憔悴し切ったビアジーニ教授を馬車の中に連れ込み手当てを行う。ここには幸い騎士ながら治療術も行えるバジリオがいる。


 教授はどうやら特殊部隊「マラコダ」に所属していたようだ。ガストーニ砦の司令官に引き渡すと部隊を犠牲にした作戦の口封じとして殺されるかも知れない。


「まさか貴方に助けてもらう事になるとは・・・身体に問題がなければお断りしたいぐらいですよ」

「貴様、殿下に対してなんだその口の利き方は!今すぐ追い出してやっても」

「バジリオ、馬車の外で待機してくれ・・・俺が勝手にした事だ、貴殿が恩義を感じる必要はない」


「ええ、お言葉通りにさせてもらいますよ、元はと言えば宰相閣下に依頼された事からこんな目に遭ったんですから」


 不機嫌なバジリオが引き払ってからビアジーニ教授の経緯を聞くことに。


 宰相スタツィオから依頼された父上の密命がシスティナのスキルの調査だった事。

 彼がシスティナを学園の研究補助に使っていたのはそのためだった事。

 調査したものの到頭正体を解明出来ず投獄された事。

 罪人扱いで特殊部隊「マラコダ」に徴用された事。


 俺の知らない所で父上は用意周到に準備をしていたようだ。こんな綿密な計画から婚約破棄と国外追放でシスティナを救おうなど軽率な行為だった。


 座席に座ったままだがビアジーニ教授に向って深く頭を下げる。


「父上達が貴殿を巻き込んだ事には謝罪する・・・すまなかった、これでは足りないがこの治療を謝罪の一部とさせてもらう」


「僕の事はもういいんですよ・・・許せないのはシスティナ嬢を婚約破棄した事です、貴方があんな事をしなければ彼女は身分を剥奪されず戦地で衛生兵になる事はなかった!」


 ビアジーニ教授の叱責が耳を打つ。しかし俺も負けじと言い返す。


「父上と接していた貴殿なら分かるだろう、結婚をしていたら間違いなく父上はシスティナを軍に所属させていたハズだ・・・俺はシスティナを国防軍で活躍させたくなかった」

「それで婚約破棄を?本人に相談もせずに??」

「そこは至らなかったとしか言えない、だがアイツなら・・・聡明なシスティナなら分かってくれると」


「とんだお考え違いですね、彼女に必要だったのは『信頼』ではなく『愛情』だったのですよ」

「??何を言って・・・」

「恋愛経験ゼロの僕が言うのもおこがましいですが、貴方は彼女に対して優しく接していましたか?もしそうなら婚約破棄など到底受け入れられるものでありませんよ、愛しい殿方だったならばね」


 教授の指摘に全く言い返せない。俺は確かにシスティナに対してぶっきらぼうな口調で目も合わせず接していた。あんな穴だらけの証言による婚約破棄にも反論しなかったではないか。


「ならばどうすれば良かったんだ?女への接し方など俺は知らない」

「助言を聞いてこなかっただけでしょう?貴方には幸いにも母上がいらっしゃる・・・あの方が婚約者に対する貴方の態度に何も言わなかったハズがない」


『システィナにはいつもちゃんと言葉をかけなさい』

『しっかり目を合わせて話すのよ』

『女の子を男と同じに考えないで!』


 そうか、俺はシスティナに面と向かうと話せないでいた。「それはシスティナが好きだからよ、だから優しくしなさい」と母上から何度も教えられてきたのに。


 俺は・・・システィナと向かい合っていなかったのか。今更気づいた自分の行いが腹立たしくあるが全ては自ら行った事、怒りをぶつける事も出来ず口を噤むしかない。



 しばらく無言が続く中ビアジーニ教授は腰を浮かせる。


「手当てをしてもらった事は感謝しますが僕は貴方とは行動出来ません、システィナ嬢を・・・自分の婚約者を無体にした貴方とはね?」

「それについて言い訳はしない、しかし貴殿はどうするつもりだ?」

「さぁ・・・今はまだ考えがありません、しかし姿を隠すのは得意なんでね・・・それでは失礼致します」


 馬車から出た教授を慌てて追いかける。


「最後に一つ教えて欲しい・・・システィナの力は貴殿にも本当に分からなかったのか?理鬼学の最新研究にある7属性でもシスティナの治療スキルは説明出来ないような気がする」


「僕にも明言は出来ません・・・属性で言うのならば彼女の鬼力は未だ正体不明の『念』という事になるでしょう」

「確か『念』とは、他の六つの属性の波長とは違う・・・という事か」

「その通り、そして『何を対象に影響を与える』かはエーゼスキル学園でも未だ不明です・・・これ以上は僕の憶測だけですので控えさせていただきます、それでは」


 そう言ってビアジーニ教授は俺の前から引き取った。ここまで王族の俺に遠慮なく物を言う姿には少なからず怒りを覚えないではない。


 しかし俺には彼を憎むことが出来なかった。

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