第二十一話 暴走

リビオ砦


「て、敵襲!周辺の森の木々が・・・どんどん枯れていきます!!」

「な・・・索敵続けろ!敵の正体は?」

「その姿は・・・黒髪の女です?!」


 何を言ってるんだコイツは、こんなバカげた事を言うヤツに索敵なんざ出来るか!とっととクビに・・・出来ない。コイツはこの光景を言葉通りにしただけなのだから。


 砦の向こうから歩いてくるその女、ソリアーノ砦からもたらされた報告通りの短い黒髪をした少女だ。左手でリュックサックを持っている。

 あんな年端もいかない少女が森の木々を枯らしていく巨大なスキルを有しているとは信じがたい。


「全軍、こちらに向かってくる少女を包囲!合図と共に捕縛せよ!!」

「「「はっ!」」」


 報告の内容、ソリアーノ砦にてなぜか滞在していたこの国の王妃様が倒れられた。犯人は黒髪の少女、全滅した衛生部隊に所属していたようだが詳細は不明。砦の兵士達で拘束しようとするも全員が返り討ち。なんとも奇妙な出来事だ。


 ともかくこんな化け物みたいな女を通す訳にはいかん!ここで食い止める!


「全将兵よ!ここであの女を捕らえるぞ!最悪殺してしまっても構わん!!かかれぇい!!」


  「「「ぅうおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!!!」」」


 百名の兵隊が一気に女に襲い掛かる。しかし女はあわてる素振りもなく右手を掲げるだけ・・・しかし発生した鬼力はとんでもない規模のものだ!


「「「ぁああああああああ・・・・・」」」


 飛び掛かった兵隊百人が全員、だけでなく後方に控えていた我々まで力が抜けていく。攻撃を受けたのではないので痛みや苦しみは無い。


 あるのは・・・どうしようもない脱力感だけだった。もう立つどころか目も見えない。



◇◇◇



バウド砦


「隊長、目の前に敵兵が迫ってきます!ご指示を!!」

「ああ・・・今少し待て」


 報告通りの敵兵―リュックサックを持った短い黒髪の少女―だが・・・どういう訳か我が国の衛生部隊の服を着ている?だったら彼女は敵ではなく味方という事に?!


「もう間に合いません、全軍突撃用意!!」

「そいつは取り消しだ!!2~3人俺についてこい!!!」

「「「はっ!」」」


 俺の指示を聞いた副隊長は詰め寄ってくる。


「た、隊長!報告ではあの女にソリアーノ砦とリビオ砦の兵隊が全滅させられたんですよ!!」

「分かってる、だが我が国の衛生兵の服を着ているし戦意を感じない・・・もし俺がやられたら後は貴様に指揮を頼む!」

「りょ、了解です!」



 兵士三人を同行させて砦の下に向かう事に。我々と対峙しても女は歩みを止めない。


「止まれ!見た所衛生部隊のようだが・・・所属と番号を!!」

「・・・きょうじゅ・・・びあじーに・・・がすとーに」


 少女はうつろな目をしてうわ言をつぶやき無反応だ。しかしその様に激昂した兵士が槍を持って立ちはだかる。


「くそっ、ソリアーノにいたダチのカタキだっ!死ね!!」

「ば、馬鹿者・・・止せ!」


 一瞬にして少女の間合いに入り槍で串刺しに・・・出来なかった。槍を突き出す瞬間に兵士は倒れていたからだ。一体何が起こったんだ??


 考えている間に少女が近づいてくる、しまった!もう間に合わな・・・


 少女は俺と二人の兵士との間を素通りしていった。攻撃されていない?思わず拾った命に安堵する。

 俺の推測通り彼女は無差別にスキル攻撃をしているわけではないようだ。


 倒れた兵士の様子を覗くと・・・そこには肌にしわが刻み込まれた老人の顔があった。コイツはまだ20代前半だったハズ。一体何が起こったんだ??


 突如として副隊長が指示を出す。


「よぉし、行くぞ全軍で迎え撃て!」

 「「「おっしゃぁああああああああ!!!」」」

「や、やめろぉぉおおおお!!」


 俺の声に従うことなく砦の下に集まった百人の兵隊達が一斉に突撃体勢をとる。しかし彼女を取り囲んで包囲した途端に全員倒れ込む。


 要するに彼女を止める存在であればスキル攻撃を喰らい、逆に彼女に対して何もせず放置すれば攻撃はされない・・・という事か。


 少女が砦の壁に手を触れると・・・壁は崩れ落ちた??それも石造りのものが砂となって。そして壁がなかったかのようにそのまま素通りする。何があっても直進しようというのか。


「きょう、じゅ・・・びあじー・・・がすとーに」


 うわ言の中に「がすとーに」と聞こえたような?もしや北部のガストーニ砦の事を言ってるのか?一か八かやってみる事に。


「おいお嬢様、ガストーニならそっちじゃねぇ!北だからアンタから右手の方向をまっすぐだ!!」


 俺の言葉に反応した少女は動きを止めて右手、北に向かう。一瞬振り返って、


「ありが・・・とう、ござい・・・ます」


 微笑をもって返してくれた。相手は百名の兵士をものともしないスキルの持ち主だがその笑顔は掛け値なしに美しかった。


 しかし感傷に浸っているヒマはない。あの少女の恐ろしいスキルの発動条件と彼女の目指す目的地が分かったからにはすぐさま王城に報告しないと!!



◇◇◇



イラツァーサ王城


 謁見の間にて各砦を次々に壊滅させている正体不明の敵兵の情報を聞く。


「以上、バウド砦の隊長からの報告であります!!」


「分かった、下がっておれ・・・その敵兵、服装から髪の色に向ってきた方角から判断するにシスティナ・ソァーヴェ嬢と考えて間違いないでしょう・・・陛下、いかが致しましょう?」

「ふ~、全くの計算外だわい・・・システィナが反逆を起こしているとはな?至急ドゥーカ=ソァーヴェ夫妻を招集致せ、それと娘のラウレッタも釈放だ」

「御意に」


 神のごとき治療スキルを持つシスティナが何百の兵隊達をものともせず全滅させおるとは・・・治療に強いものは攻撃にも強い、という事か?


 南のソリアーノ砦にはシスティナを迎えに行ったわが王妃メリッサがいたハズ。しかしその様子ではもう生きてはいまい。システィナと仲のいい彼女が何か気に障る事でも言ったのだろうか?


 ソリアーノ、リビオ、バウドの砦からきた生還者の報告によるシスティナが使用しているスキルの全貌と彼女の状態は以下の通り。


・広範囲におけるスキルの効果

・攻撃ではなく体力・精神力を消耗させられる

・人体だけでなく木々にも有効

・壁などの物は砂となって風化

・スキルの発動は無差別攻撃ではなく立ち塞がる者や攻撃を繰り出す者に限定

・彼女自体の意識は朦朧としていながら自我が残っている可能性あり


 このような理鬼学スキルは聞いたことがない。どれだけ鬼力の扱いに優れていても所詮は支援術。戦闘は武器を持ってする事が前提でありスキルは身体能力の底上げに過ぎない。

 例えそれがエーゼスキル学園の卒業生たるあの小生意気なルカーノ・ビアジーニですらその程度のものだ。その証拠に奴は兵士三人に易々と捕縛されている。


 報告から推測するとシスティナは鬼力を自分の周囲に展開しているようだ。ならば相手に触れずともスキルの効果を及ぼす事が可能。つまりは「戦わずして勝利出来る」という事だ。


 欲しい、是非ともわが国防軍に所属させておきたい戦力だ。誤ってメリッサがシスティナの機嫌を損ねて死んでしまったであろうことなど些事だ。むしろシスティナの真の力を解放してくれたというべきか。



 彼女を手元に置いた上でまたカヴァルカント学園の教授に研究させればよい。今度はビアジーニのような曲者は選ぶまい。システィナのスキルの研究が進めば他の者にも同じ事が習得出来るハズ。


 システィナ一人でも幾つもの砦を難なく攻略できるほどだ。このような戦力が整えば周辺のコルムー、ウィザースにオヴロなど簡単に制圧し占領してくれる。我がイラツァーサ王国は世界の覇者となれるのだ!


 報告からシスティナのとる進行ルートはガストーニ砦に向っているものと予想される。ならばサダン・ダグラド・バィワの三山付近に軍を展開すればシスティナを確保できる。


 そういえばあの馬鹿息子アルクは何をしているのだ?ガストーニに向かったと聞いたが今のあそこにはシスティナはおらんのだからさっさと戻ってくればいいものを。



 3時間後、宰相スタツィオが謁見の間にソァーヴェ夫妻を連れて来た。


「陛下、ドゥーカ=ソァーヴェ夫妻並びにラウレッタ令嬢をお連れしました」


「学園の卒業式から一ヶ月間娘達を預かると言われてお任せしましたのにこのなさり様・・・ご説明して頂きますぞ陛下?」

「ラウレッタ!投獄されて可哀そうに・・・あんまりです!」

「うぅ・・・この間までは綺麗なドレスも着させてくれたのに牢屋に入れるなんてひどい!」


 ソァーヴェ家族は次々と余を罵る。娘両名を預かる際に面倒になりそうだと書面で済ませたのが悪手だったか。

 それにラウレッタ嬢は投獄とは言え貴族牢に入れていたのだから食事や衛生環境に不備はなかったハズなのに。


 普段なら不敬罪としてまとめて投獄してやるところだが我慢だ。それよりコイツらを駒として使わねば。



「その方達には申し訳なかった、だが緊急事態が発生した今ゆっくり謝罪している時間はない!その方達には現在反逆行為を起こしているシスティナ嬢を説得してもらわねばならぬ!」


「な、あのシスティナが反逆など・・・私が取り押さえて見せますぞ!!その暁には爵位を頂けますでしょうな?」

「あ、あの娘は私達とは関係がありません!」

「何?またおねえ・・・どうしてみんなあの人の事なんか?!」


 全くシスティナの完璧さと比べればコイツらは下品だな。人間が違うと言っていい。

 血のつながらない元平民の母親と妹はまあ分かるとして、この父親からあの優秀なシスティナが生まれたのが納得いかん。恐らく真のソァーヴェ家たる母親の血が濃かったのだろう。だからこそシスティナは家で冷遇されていたという事か。


 ともあれ、ここは口八丁で煽ててでもシスティナを引き入れなければな。システィナがコイツらを嫌っていれば始末してやってもいい。婚約破棄をしたアルクと共にだ。



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 今話の後はプロローグに続きます。

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