第二十話 アルカンジェロ・プリンチペ=イラツァーサ

 カヴァルカント学園の卒業パーティーの席上での婚約破棄。

 ヴィスコンテ=ネローニ令嬢に支えられて見事なカーテシーで応えるシスティナ。


「国外追放の件・・・承知致しました、どうやら私は王太子妃として至らなかったようでございます」


 システィナはこちらの一方的な主張に対して苦情を言う事も泣き叫ぶことなく婚約破棄を受け入れる。その姿が逆に俺の胸を締め付ける。


「あ、ああ・・・では今すぐ学園の正門へ行け!そこに迎えが来ている!!」


 そう、正門には俺の手配した部下2人が彼女を保護して国外のコルムーへ連れ出す予定だ。俺もすぐに後を追うから問題ない。彼女は責任をもって隣国で生活できるようにするつもりだ。


「陛下と王妃様にはよしなにお伝え下さいませ・・・それでは」


 システィナは静かに歩き始める。それとともに今まで成り行きを見守っていた卒業生達がどよめき始める。


「諸君、私事で失礼した!邪魔者は引き取るので後は歓談を楽しんで欲しい!!」


 そう言って会場を去る。慌ててラウレッタ嬢がそばに寄ってくるが俺は急いでシスティナを追う事にする。



 正門に辿り着いたところで王国の近衛兵士5人が待ち構えていた。


「殿下、陛下がお呼びです・・・至急お戻りを」

「な、俺は急がなければならない!そこをど・・・お前達!!」


 通り抜けようとするも後ろから兵士二人にかなり強い力で肩と腕を押さえられる。


「失礼、陛下たってのご命令です・・・行くぞ!」


 なすすべもなく馬車に連行される。こうなっては抵抗出来ない。システィナは部下2人に任せておくしかないようだ。


「ちょ、ちょっと何すんのよ!私は王太子妃よ!!」


 後ろでラウレッタ嬢の声が聞こえる。俺はシスティナとは婚約破棄したが別に彼女を王太子妃に選んだ覚えはなかったが。




「この馬鹿者がぁぁぁぁ!完璧な令嬢のシスティナを国外追放など・・・恥を知れ!」


 王城のプライベートルームで父上の怒声を浴びせられることに。母上は呆れた顔をしている。

 俺の婚約破棄計画は漏れていたようだった。あの三人の令嬢を使ったのがマズかったのか。システィナを逃がすよう命じた部下2人も処罰を受けている。


「システィナを国外へ連れ出して自分も出国しようなど呆れてものも言えません・・・貴方が傷つけた彼女は北の離宮にて一ヶ月の間静養してもらいます」

「北の離宮?あそこは罪を犯した王族が収容される場所ではありませんか!何卒御考え直しを!!」


「あら、自分であの娘を婚約破棄したのに何を気にするのかしら?大丈夫です、あらちには最高の使用人を用意して世話をさせるのですから・・・しかし貴方には会わせられません」

「そ、そんな・・・どうして!」


「当たり前でしょう?女を傷つけておいて『はいゴメンなさい』で済むと思ってるのかしら?貴方にはこれから反省の意味を込めて帝王学を一ヶ月間再学習してもらいます」

「余も教育に参加してやろう、二度とこんなバカな真似はしないようにな?それとお主が手を出していたラウレッタ・ソァーヴェだが、お主を誑かした罪で名前と貴族籍を取り上げた上で各所の戦場に行かせる事にした・・・学園の聖女の名はダテではないから活躍してくれるだろうよ」


 別に好きだった訳でもなく手を出していた訳でもないラウレッタ嬢だが、俺のために戦場に行かせる事になったのは少なからず罪悪感を覚える。システィナの事も合わせて考えて置こう。


 とにかく一ヶ月の間は従順でいる事だ。



◇◇◇



 毎日まいにち寝る間も惜しんでの王太子教育。もうすでに分かり切っている事を再復習させられるのは苦痛でしかない。これもシスティナを一方的に問い詰めて追放しようとした罰か。


 缶詰教育が始まって一ヶ月が経った今日、いよいよ北の離宮から招き寄せられるシスティナと再会できる。神のごときスキルで軍に動員される事はひとまず置いて婚約破棄の事はしっかり謝罪しないと。


 そんな事を考えていると城の兵士達の訓練所から話し声が聞こえてくる。


「お、お前!エスポージト砦じゃ大変だったんだってなぁ!」

「おうよ、でもあそこに腕のすげぇ衛生兵がいてなぁ!俺のちぎり取られた左腕もこの通りよ!!」


 察するにエスポージト砦に配属されていた兵士が帰還したのか。激戦だったと聞くからラウレッタ嬢のいる部隊が派遣されたんだろう。父上の言ったように活躍しているようだ。


「こりゃすげぇ!全然傷がねぇな!!そんな衛生兵なら王城にいてほしいんだが」

「あ、ダメダメ!あの娘は衛生部隊『ルーチア』のアイドルだぜ!手ぇ出したら他の衛生兵にボコボコにされらぁ!黒髪で青い目のカワイイ娘だったなぁ、妙にお嬢様な雰囲気だったし」


 黒髪?青い目?確かラウレッタ嬢は茶色の髪だったハズ・・・それにちぎられた左腕が元通りっていうのは・・・もしや!

 たまらず部屋を飛び出して訓練所に向かいさっきの兵士達を捕まえて問い詰める。


「貴様!エスポージトで衛生兵と会ったのか!その兵士の名前は?!」

「で、殿下?衛生兵は名前なんて呼ばれてないですよ、番号だけで・・・12(ドーディチ)だったかと」


 何て事だ、名前が使われてないんだったら確認しようがない・・・そうだ!


「お前を治療した女兵士の左頬に・・・泣きボクロはなかったか?」

「泣きボクロ・・・ああ、ありました!もともと可愛い娘だったけどあれが更にあの娘を可愛くしてるってか・・・あれがお嫁さんだったらなぁ」


 兵士の話を聞いて愕然とする。間違いなくシスティナだ!北の離宮にいるハズの彼女がどうして・・・ラウレッタ嬢と入れ替わっている??





「王様に王妃様、こんにちは!いよいよこのお城が私の物になるのね!北の離宮の暮らしも悪くはなかったけど!」


 北の離宮から連れてこられたのは・・・やはりラウレッタ嬢だった。きらびやかなドレスに身を包んでいる。


「な・・・こ、これは!」

「ぅそ、システィナさんがどうしてここまで無作法に・・・」

「違います、彼女は義妹のラウレッタ・ソァーヴェ嬢です!連行した兵士達が取り違えたんですよ!システィナと!!」


「で、ではシスティナは・・・」

「砦の任務から帰って来た兵士によると彼女は名前を抹消された上で衛生兵として働いています、今はエスポージト砦にいるようです!」

「な、なんて事・・・」


 母上が卒倒する。憎きラウレッタ嬢に施した罰がお気に入りのシスティナに降りかかったから当然だ。


「父上、俺は今からエスポージトへ行きシスティナを迎えに行きます!反対されても無駄です!!」

「分かった、許可しよう!急ぎシスティナを引き取るのだ!!近衛兵、この偽物を投獄致せ!!」

「「はっ!」」

「ちょ、ちょっと!私は未来の王妃様よ!!アンタ達が勝手に触れていい身分じゃ・・・アルク様ぁ!!!」


 叫びまくるラウレッタ嬢を置いて王城から出る。2人の兵士を同行させて東部のエスポージト砦に向かう。強行軍だがここから馬を乗り継げば3日で辿り着くハズ。



「衛生部隊『ルーチア』?アイツらならもういませんよ、次の作戦で西部にあるフィロガモの砦に向かいましたから」


 なんて事だ、すでに逆方向に向かっていたとは!大きな時間を食ってしまった!!


「急いで西部のフィロガモに向かうぞ!」

「なりません、馬がもう限界です!ここは一度王城に戻って馬車にて向かうべきかと」

「そんなものじゃ時間が掛かってしまう!このまま乗馬でいい!!」

「恐れながらソァーヴェ嬢を確保した時にどうなさいます?乗り慣れてない女の身では乗馬は難しいですよ?」

「くっ・・・仕方ない、一度王都に戻る!」


 またもや3日間かけて王都に戻り馬車にて西部のフィロガモ砦に向かう。国境付近なので馬車で行っても4~5日は掛かる。


 焦る一方で時間は過ぎていく。衛生兵は戦闘職でない上に後方待機だから命の危険は少ないが戦場ではどうなるか分からん。



 5日間掛けてフィロガモ砦に辿り着いた頃には衛生部隊「ルーチア」は移動していた。つまりシスティナもいない。


「何と間の悪い・・・それで衛生部隊はどこにいった?」

「はい・・・北のガストーニ砦だった、ように思います・・・いや南のドゥランテだったか??」

「何だその頼りない言い方は!それでも砦の司令官か!!」

「す、すみません!司令官は任務交代で出張っておりまして・・・それにどっちの砦も戦火が激しく救援が必要で・・・」


「分かった、俺はこのまま北のガストーニに行くとしよう・・・リベリオ、貴様は王都に戻り『システィナは南のドゥランテ砦にいる可能性あり』と陛下に報告しろ!」

「はっ!!直ちに・・・」


 従士リベリオは俺の命令を受けて馬を走らせた。

 仮にガストーニにシスティナが居なくとも伝令で伝えておけば父上は配下の者を寄こして下さるに違いない。彼女を戦地に行かせる父親には協力を仰ぎたくはないが、この際贅沢は言ってられん。



 またもや6日間掛けて辿り着いたガストーニ砦にシスティナはいなかった。フィロガモから派遣されたのは衛生部隊「ルーチア」ではなく大半が元罪人達で占める特殊部隊「マラコダ」のようだ。


「わざわざ王太子殿下にお越し頂き恐縮です、お蔭でわが砦は無事でしたぞ?」


 ガストーニの司令官が威張った口調で言う。何でもマラコダを突撃させた上で防御の陣形にて砦を守ったのだとか。聞こえはいいがその後マラコダの兵隊が戻っていない所を見ると見殺しにしたんだろう。元罪人達とは言え無駄死にさせるとは。


 砦の司令官を問い詰めたいところだがこちらにはやる事がある。今は一刻も早くシスティナを保護しなければ。



 馬車を走らせていた俺は砦から離れた場所で人間がうずくまっているのを見逃さなかった。慌てて馬を止めて抱き起こす。


「はぁはぁ・・・なんてこった、せっかく生き延びて出会ったのが貴方だとは」


 そう言い捨てて倒れる兵士。ボロボロの装備で一瞬判別できなかったが・・・これはカヴァルカント学園のビアジーニ教授?

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