第十九話 アルカンジェロ・リガリタ=イラツァーサ

「ルビカント・ドゥーカ=ソァーヴェの娘・システィナ・ソァーヴェでございます、どうぞ宜しくお願い致します」


 カーテシーにて挨拶をする女の子を見る。母上とメイド以外の女を見たのは初めてだ。こんなに綺麗な女の子が俺の婚約者?


「頭をあげてくれシスティナ、そうカタくならんでも良いぞ・・・なぁ王妃よ」

「ええ、これからは家族となるのですから・・・ねぇアルク?」

「・・・・・・・はい」


 ふと婚約者のシスティナと目が合ってしまった。黒い髪は艶やかで目は細く瞳は青くて引き込まれそうだ。左の頬に泣きボクロがあるが却って可愛い顔にしている。


 なぜか顔が熱くなって居たたまれなくなった俺は突然部屋を飛び出す。後ろから母上の叱責する声が聞こえてくるがもう止められない。


 いくら時間が経っても心臓の音が鳴りやまない、俺の婚約者があんな可愛い娘でいいのかな??





 剣術の稽古を終えて廊下を歩いていると中庭でとぼとぼと歩いているシスティナを見つける。どうやら王太子妃教育が辛かったようだ。俺も初めは学問なんて嫌いだったからそのツラさはよく分かる。


「お前、いっつも顔色よくないぞ?ほら、これ食べて元気出せ!」


 今まで女の子を励ますどころか、話しかける事すらなかった俺はポケットに隠していたお菓子の包みを渡す。これで夕食まで腹っ減らし決定だ。


 これで元気になってくれたらいいけど。





 イラツァーサ王国の東部に位置するエスポージト砦に父上と向かう事に。母上やシスティナは王城に残っている。当然だろう、こんな場所に女は連れていけない。


 隣国コルムーの侵略兵と戦う砦の兵士達の強さは文句が出ないほど。俺も近い将来ああして戦をしてみたいものだ。


「よぉし、コルムーのヤツラを追い返したぞ!準備を整い次第あちらの領土を勝ち取りにいくぞ!!!」

「「「おぉぉぉぉぉぉおおおおぅっ!!!」」」


 今何て言った?コルムーの領土を勝ち取りに行く??侵攻してきた敵兵を迎撃できたんだからそんなことする必要はないだろ???


「王子様、これは軍務卿のご命令でございまして・・・私の方では何とも」


 俺に問い詰められた砦の隊長は困った顔で答える。戦争ってのは敵を迎撃、火の粉を振り払うだけじゃなかったのか??軍務卿はこの場にはいないので父上と二人っきりになった時に聞いてみる。


「アルクよ、これが現実なのだ・・・我が領地にないものは余所から奪う以外にない、そうしなければ我が王国の民衆達を養う事は出来んからな」


 国の民を思う悲痛な言葉とは裏腹に父上の楽しそうな顔が忘れられない。この人は心底戦争を楽しんでいる。

 では今まで楽しく学んできた剣術や軍学に理鬼学は・・・他国へ略奪するためのものだったのか。この事実に愕然とした。





 15歳となりただの王族リガリタから王太子プリンチペとなった俺は父上と話し込む。


「いや、システィナの力は素晴らしい!是非とも我がイラツァーサの国防軍で傷ついた兵士達を癒してもらいたいものだ、なあアルク」

「・・・はっ」


 不承不承生返事するしかない俺。よりによって自分の婚約者が、あんな可愛らしいシスティナに神のごとき治療スキルが備わっていたとは。


 俺のスキルは戦闘向きで一時的に肉体の速度を速めたり触れた相手を少し動けなくする程度。システィナが見せた欠損した肉体を完全に復元するなんて事は到底無理だ。


 自分の婚約者が優秀なのは俺としても誇らしい。システィナの方が優れていて王太子はダメだとか言われてもさして気にはならん。


 父上はシスティナと一緒にカヴァルカント学園に通学するよう命ずる。理鬼学を学ばせる事で彼女がスキルを使えるようにするためだろう。それはいい、無意識にあんな治療術をするぐらいだ。鬼力をコントロールできないとどんな形で暴走するか分からん。それは彼女にとっても危険だから。



 問題なのは父上、現国王アルジェント・リ=イラツァーサの元で彼女が軍務部に組み込まれて軍のため・・・つまり人殺しのために協力させられるという事だ。あんな綺麗なシスティナを人殺しのために働かせるなんて我慢できない!


 でも俺の婚約者である限りそれは逃げられない立場だ。だったら俺から婚約破棄をすればいい、これしかシスティナを助ける道はない!


「父上、どうかお聞き届けを・・・」

「またその話か、お主は一体あのシスティナの何が気にくわないんだ?!」

「・・・アイツは俺に相応しくないです・・・」


 度ごとに俺はシスティナとの婚約破棄を父上に願い出たが当然却下されている。身分は公爵家令嬢で控えめで礼儀正しく、王太子妃教育も完璧とあれば破棄する理由は全くない。何より母上とシスティナの仲がいいのも原因の一つだ。


 一体どうすればシスティナを自由にしてやれるんだ?





 システィナとカヴァルカント学園に通い始める。彼女は王城からの通学は恐れ多いとの事で学生寮を選んだそうだ。一緒に通学しないので馬車の中で何を話したらいいかという悩みからは解放されたものの、少し寂しい気もする。


 俺達2人は入学審査のテストに全問正解だったので三年間通うハズのところを一年で免除される事に。王城での王太子・王太子妃教育と比べれば問題にはならん。その甲斐あって俺は学園の生徒会の会長に推薦された。


 しかしシスティナは何故か学園側の研究のために借り出される事になった。理鬼学に対するやる気と論理的な思考法が評価されたようだが正直気に食わん。


 彼女が手伝うのはルカーノ・ビアジーニとかいう若手の教授だからだ。大陸の向こうにあると言われている理鬼学の最高教育研究機関エーゼスキル学園の卒業生との事だが、人の婚約者に手を出さないか気掛かりだ。



 システィナは学園で活躍した。いやし過ぎたといってもいい。


 ガストーニ砦では治療スキルの使い過ぎで意識を失うし、バィワ山の国防軍との共同作戦では普通科生を統率しつつ、怠けていた妹であるラウレッタ嬢を叱って代わりに治療専科生を見事に指揮していた。


 控えめで大人しい態度とは裏腹に王太子妃教育の賜物なのか毅然としていた。まさに一個の指導者としての素質が十分にある。


「うむ、これならアルクと共に戦場に立てるのではないかな?二人で共に戦う姿を見せれば国民達はより力を合わせてくれる事になるであろう!楽しみにしているぞ?」


 慰労パーティーでは父上は彼女をそのように褒め上げた。主だった重臣が控えている中でだ。つまりシスティナを完全に軍に取り込み、その神のごとき治療スキルの力を発揮させようというのだろう。


 彼女が讃えられるのは誇らしい気分だが、同時にシスティナが力を使い果たすまで軍の命令に従う姿が思い浮かんでくる。あの性格では生真面目に従う事しか出来ないだろう。



「ねぇアルク様ぁ、一緒にお昼ゴハン食べましょうよ?」

「ああ・・・」


 生徒会に入ってから一人の女が俺に付きまとって来る。

 彼女はラウレッタ・ドゥーカ=ソァーヴェ令嬢。学園では理鬼学の成績がいいらしく治療専科生の中で聖女として活躍しているとの事。

 何より信じられないのがシスティナの妹だと言う事。いい加減無作法な振る舞いに追い払いたいが、王太子としてあまり邪険にするわけにもいかん。


 あれから二年以上経っていたが・・・ラウレッタ嬢は何一つ変わっていなかった。


―――


 システィナが王城で王太子妃教育を受けて半年が経った頃。俺はシスティナの事が知りたくて彼女の実家ルビカント・ドゥーカ=ソァーヴェの屋敷に尋ねた事があった。

 本人に聞くのが一番だが俺はアイツを目の前にするとなぜか顔が熱くなりぶっきらぼうに接してしまう。口を開くたびに傷つけそうで怖い。


「まぁまぁ、我が屋敷にようこそおいで下さいましたわ王子様!!システィナの母パトリツィアです!!こちらは妹のラウレッタでございます、挨拶なさい!!」

「ぉ、王子さまぁ・・・」


 いかにも媚びを売ってくるような二人の態度が気にくわない。しかし帝王学で学んだ感情を隠す術、微笑を崩すことなく話すぐらいは俺にだってできる。相手がシスティナでなければ、だが。


 母親が違うためか二人は全く似ていない。何もかも完璧なシスティナと比べるのも失礼なほど礼儀知らずぶりだ。

 システィナは王家が引き取るから問題はないが、こんなのが公爵家の令嬢だと将来は嫁ぎ先、あるいは婿入りですら難儀な事になりそうだ。


―――


 ラウレッタ嬢が扱うスキルは出血を固定する「止血」と折れた骨を固定する「接骨」。


 これだけだと別段珍しくもないが、彼女はいとも簡単に怪我した人間の治療をやってのける。治療専科生には貴族令嬢が多く人間の血を見ただけで気を失ってしまうから、自然とラウレッタ嬢に活躍の場を与えてしまったのだろう。


 システィナは礼儀知らずなラウレッタ嬢を諭しているが全く効き目がない。見た所ラウレッタ嬢は姉の完璧さに劣等感を持っているようだ。むしろシスティナが諭せば諭すほど反発する仕組みになっている。端からみているとまるで血のつながらない義妹を虐げている姉に見えてしま


 これだ、完璧なシスティナから粗を探すのは困難だ。だったら周りのものを利用すればいい。これで婚約破棄が出来る。システィナを利用しようとする王家から遠ざけられる!学園の卒業パーティーを使えば王家の権力も及ばない!


「ねぇアルク様ぁ、この娘達私の教科書を隠しただけじゃなくって、私を引きずり降ろしてお姉様に聖女の座を渡そうとするんです・・・叱り飛ばしてくださいよぉ!」


「ぉ、王太子殿下・・・」

「わ、私達何も」

「これには事情があって」


 ラウレッタ嬢が俺に引き合わせたのは怯え切っている三人のご令嬢達。治療専科生の聖女を普通科生のシスティナにさせようなんてずいぶん無茶な話だ。


「ご令嬢方・・・ラウレッタ嬢を虐げた罰は軽くはない、しかしこれから俺のいう通りに従ってもらえれば不問としよう!」

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