第2話

 田舎の朝は早い。

 ……というよりも、なんとなく早く起きてしまう。

 てか、寒い。

 めっちゃ寒い。



「----ふぅ」



 縁側で深呼吸。

 冷たい風が肺に入るが不快感はない。

 ふとおもむろに煙草に手を付けそうになったが、すぐに引っ込める。


 もうストレスなんてないんだ。

 だからわざわざ嫌いなたばこなんて吸わなくても大丈夫。



「よし、コーヒーでも飲むか」



 そう、せっかく早起きしたんだ。

 自分の好きなことに時間を使おう。

 


「……おはようございます」


「ん」



 居間に行くと、当たり前のようにリンさんが新聞紙を広げていた。

 

 不思議な感覚。

 田舎の古民家で一人暮らしを想定していたのに、今はリンさんとこうして暮らしている。


 ーーーーうん、そこまで嫌じゃないな。


 

「あ、リンさん。 朝ごはん食べました?」


「まだー」


「僕もこれからですから、どうです? 一緒に」


「む、私を食べ物で釣ろうとしてる!?」


「そんなんじゃないですって」



 ま、本音を言うと少し仲良くーーーなんて思ったりもしなくもない。

 一緒に暮らす以上仲が悪いってのはなかなかにきつい。

 


「リンさんは、ご飯派ですか? パン派ですか?」


「ごはん派。 まがいなりにも神様の一人だしね!」


「そっか、残念です。 僕は朝はパン派ですので、今はパンしか」


「……たまにはパンも悪くない」


「おや、食べるんですか?」


「しょ、しょうがないでしょ!? 私だって腹が減るんだから!」



 顔を赤くして非難の声を上げるリンさん。

 なんか餌を取り上げられて抗議の咆哮をする犬みたいだ。

 まぁ、リンさんは犬の神様とか言ってたのであながち間違いじゃないと思うけど。


 パンを焼きながら、コーヒー豆を挽く。

 この時間がたまらなく楽しい。

 

 休日でしかできなかったこの楽しみ。

 これからは好きなだけできる、そう考えただけで胸が躍る。



「ん、この香ばしいのは……」


「これはコーヒーですよ」


「こーひー……あぁ、もしかしてあの黒い泥水のこと?」


「泥水って……これはちゃんとした飲み物ですよ」


「ほー」


「よかったら飲んでみませんか?」


「そこまで言うのなら……」



 香ばしい匂いが部屋に広がる。

 パンが焼かれているのと相まって、先ほどから腹が減って仕方がない。

 

 だが、こうして我慢しながら待つというのもこれの楽しみの一つだ。

 我慢すればしただけおいしく感じる。

 フィルターに挽いた豆を入れ、お湯を注ぐ。


 急がず、ゆっくり。

 のの字を書くようにして、湯を注ぐ。



「いい香り……」



 ふと、リンさんが声を漏らし、すぐさま顔をそむける。

 神様もこうした感覚は同じなのだろうか。

 なんだかおもしろいな。



「どうぞ、トーストにコーヒー。 それとサラダとコーンスープです」


「おぉ……」



 目をキラキラと輝かせるリンさん。

 そこまで珍しかったのだろうか。



「10年ぶりくらいだなぁ、食事するの」


「え?」


「ん?」



 腹を鳴らしながら、頭の中は食事よりも今の言葉を理解するのにリソースを割いてしまう。



「10年ぶり……? それ、大丈夫なんですか?」


「私は神様、別に食べなくたって支障はないわ」


「え、じゃあ今なんで食べてーーー」


「それは……お、おいしそうだったから……」



 恥ずかしかったのか、こほんとわざとらしく咳をつく。



「私のような……いわゆる神様の部類に属する者たちにとって、食事はいわゆる遊びみたいなものなんだよね」


「遊び?」


「あんたはしなくてもいい遊びをしたことはない?」


「小さいときとかにはしたと思いますが……」


「それと同じ。 とらなくても支障はないけど、食べたら食べたでおいしいっていうのを感じれる。 つまり、嗜好品ね」



 そういってリンさん。はトーストをかじる。



「……む、パンも悪くない」


「はは」



この日の朝は、久しぶりに人と朝食を食べた。

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自称神様を名乗るケモミミ娘と古民家で暮らすことになりました。 十里木 @Umoubuton

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