アルケミラ魔術学院3

 


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「……ねぇ、ナイアル。あれは?」


「――あれは天文塔、星とか見る所」


「ねぇねぇ、ナイアル。あそこは?」


「――あれは女子学生寮だな、あっちのが男子用。他にも教職員や来客用とか、いくつも宿舎はあるけどファルクスみたいに研究室に寝泊まりしてるのも居るな」


「ねぇねぇねぇ、ナイアル!ここは!?」


「――……そこはただの便所だよ」


 ファルクスにレアを連れて学院の中を案内して欲しいと頼まれたので、とりあえず学園の敷地内を歩きながら、レアに学院のあれやこれやを見せて回っているところだ。

 最初はレアも人見知りしていたせいか、あまり質問しようとはしてこなかったが……

 体は明らかに質問したそうにうずうずさせており、見かねたナイアルは遠慮することはないと言ってしまったのだ。

 以来ずっとこんな調子で質問攻めな目にあっている。

 レアの質問は、あれよあれよと言う間に止まらなくなくなり、洪水のような質問の量には終わりが見えない。


 とにかくレアは目に入るもの全てが珍しいらしい。

 建物や人や物、何か見つければ質問し、興味惹かれるままに向かって行った。

 ナイアルたちは学園で一番高い天文塔に登って学院を見下ろしたり、工房にある巨大な蒸留器も見に行ったり。

 薬品の材料を育てている薬草畑や、珍しい植物を育てている大きな温室の中を見学したりもした。

 彫像立ち並ぶ玄関ホールや、本館の中の壮大な大広間も見て回った。

 さすがのナイアルも歩き回って疲れてきたが、レアはそんな様子は微塵もない。

 むしろますます元気いっぱいになって、興奮し駆け回っている。

 今度はナイアルの方が、レアに置いて行かれないように気を使う番になっていた。


「ナイアル、ナイアル!ここは何なの?」


 またもやレアが勝手に扉を開けて中を覗き込みながら言う。

 ナイアルとレアは、本館の一階の廊下をうろついているところだった。

 廊下に居並ぶ扉の一つを開けて、レアがその奥を覗いていた。


 覗き込むレアの頭越しにナイアルも室内を覗いてみる。

 薄暗い室内の中には木製の棚がずらりと並び、何か細長いものが所狭しと並べられているのが見えたが、部屋の中は暗くよく見えない。

 ナイアルは腰の皮帯ベルトから杖を引き抜いた。


「学院の備品とか保管してる物置きだろ――……よっ!」


 ナイアルが最後に呟いた掛け声と共に杖を掲げる。

 すると――ボッボッという音を立てて、物置きの天井からぶら下げられた二つの燭台に火が灯った。


 橙色オレンジの光りが室内を満たし、昼間の太陽の下のように部屋の中を明るく照らし出した。

 室内に並べられた木製の棚にはナイアルが持っているような魔術師用の杖が、いくつも置台の上に乗せられ並べられている。

 他にも壁に掛けられているものや、乱雑に樽の中に複数まとめて突っ込まれている杖もあった。

 棚の上段には水晶玉がずらりと並べられ、燭台の光りを反射して七色に煌めいている。


「わお……」


 レアが思わず感嘆の声を漏らした。


「言ってもここにある品なんて、みんな大したやつじゃないぞ」


「そうじゃなくて、ナイアルも使えるだねって……ほら、蝋燭をボゥってしたじゃん」


「……え?…いや別に、こんなの誰だってできるし……」


「すっごい便利だよね!」


 たかが火を灯すだけの、何でもない魔術の初歩中の初歩だ。

 学院に入って3ヶ月経ってない洟垂れですら、それくらいできるだろう。

 ナイアルでさえ学院に入る前には既にできていたくらいだ。

 そんなものを目を輝かせて賞賛され、ナイアルは何だか体がむず痒くなるのを感じた。


「ねぇ、それってあたしにもできるのかなぁ?」


 ナイアルはレアの顔をじっと見つめた。

 教会の関係者のくせに魔術に興味を持つとは、今更ながらおかしな娘だ。

 魔術を使い方を魔術師に尋ねているが、逆に教会的にそれは大丈夫なのかナイアルが問い質したい気分であった。

 しかし異端ですけど大丈夫ですか?と異端側のナイアルが心配するのも少し違う気がする。

 そもそも教会関係者であるすら怪しい。

 何しろこのレアという娘、やたら質問する癖に自分のこととなるときっぱり口を閉し話そうとしなくなるからだ。

 なので名前以外で詳しいことは未だ何も不明である。

 高位聖職者の印を持った一般市民という肩書が、本当に存在するのかはわからないが。

 ナイアルの中では段々とそれを疑う気持ちが大きくなってきていた。

 ナイアルはレアに切り出す。


「―――お前、魔術についてどこまで知ってる?」


「……?」


 きょとんとした顔で首を傾げるレア。

 まるで何も考えていないといった風な顔に、ナイアルは大きく溜息をついて脱力したように床を見た。

 レアの顔を見ていると、いろいろ勘ぐっている自分の方が馬鹿らしく思えてくる。

 頭を手で掻いてからナイアルは再びレアに向き直った。

 そして一呼吸置いた後、語り始める。


「まず、最初に言っておくが……魔術師おれたちは火や雷をじかに出してるわけじゃないんだよ」


 ナイアルは自分の人差し指で額を、軽く2回ほど叩いた。


ここから出せる念波みたいなので――」


 ナイアルは自分の持つ杖を引き寄せて、先端についた魔導水晶マギアクォーツをレアの手に触らせた。


「――この水晶を振動させる。すると少し増幅した振動が俺に返って来て、俺はその増えた分でまた水晶を振動させる。それを繰り返すことで振動を増幅させてくんだ。こういうの共振って言うんだけどな……ほら、触ってみ」


「……わぁ!すごい、本当に震えてる!」


 ナイアルはレアの目の前に手をかざす。

 掌を上にして五本の指を天井に向け、指の間がよく見えるよう広げた。


「共振で増幅させた念動波で、空気……正確にはその中の分子ちっちゃいやつを振動させてやれば、この通り――」


 ナイアルの指の間で空気が震えた。

 すると――ボッと火の粉が舞ったと思えば、

 ――次はバチバチと指の間を電流が流れ、

 ――最後には指の周囲が眩く発光し始めた。


「こういった火や雷や光――振気プラズマってやつを発生させることができる」


「すごい……」


 魔術師の使う二つの波動のうちのひとつ、念動波である。

 効果としては物を少し振動させるくらい。

 そのままでは殆ど何の役にも立たない能力だろう。

 しかし魔術師たちは数百年に渡る研究と研鑽――さらに共振による増幅まで利用することによって――その『能力』を実用が可能な『技術』にまで昇華させていた。

 彼らが編み出した波動を扱う『技術』――その名前は魔術と称された。


『さらに感応波を使えば、こうやって声を使わずに話すこともできる』


 ナイアルは声を発さずにレアの頭の中に直接語りかけた。

 物体を振動させるのみの念動波と違い、感応波は精神にのみ作用する。

 魔術師はこれ使って他の魔術師との意思疎通に使われたりする。

 いわば魔術師同士の通信手段といったところだ。

 離れたところにいる相手との会話や、声を使わない秘密の会話をするのに使ったりする。

 今ナイアルが語り掛けているレアの脳内にも、まるで直接口に出して喋ったかのように鮮明な声が送り届けられていたはずだ。

 しかしナイアルは一言も声を発していないのである。


「………な、わかっただろ?」


「……?……うーん……」


「……まぁ要するに俺たち魔術師は念動波と感応波、この2つの波動をやり繰りしながら、いろんな術を使ってるわけだ」


 そう言いながらナイアルは、棚の一番下から木箱を引っ張り出していた。

 中にはナイアルが杖の先端に付けているような無色透明な魔導水晶マギアクォーツがいっぱいに詰め込まれていた。

 ナイアルは、それを一つ一つ手に取って目の前に持ち上げながら吟味していく。


「……これやるよ」


 そして、そのうちの1つをレアの手の中に握らせる。

 片手に収まる卵くらいの大きさの水晶が、レアの添えられた両手の中でころころと転がった。


「いいの!?」


「本当は駄目だけど……俺が言うのも何だが、安いやつの管理ってかなり杜撰だから」


 ナイアルは口に人差し指を当てた。


「一つくらい無くなったところでわからないだろ……内緒だからな?」


「わかった!ありがとう」


「新人はまず、水晶それを振動させられるよう、訓練するもんだ。頑張ってみ」


「うん!ありがとうナイアル!」


 レアが感謝の意を込めて、ナイアルの首に抱きついた。


「……うん」


 ナイアルは少し照れたように、そう言うと、物置きの床に膝をついていた状態から立ち上がる。


「じゃあ、ここはもういいだろ。他へ行こう」


「わかった!」


 両手で持った魔導水晶マギアクォーツを掲げながら、跳ねるような足取りで、嬉しそうに部屋を出るレアにを見送ってから、ナイアルは扉を閉めた。


 部屋を出る際に、ナイアルは杖を振る。

 杖の魔導水晶マギアクォーツが、……ヴ、と短く振動した。

 空気が揺らぎ、物置きの燭台の炎が2つ吹き消される。

 扉が閉められると、部屋は元の暗闇に沈んだのだった。





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 学院の本館には魔術師の卵の為の、いくつもの教室が備えつけられていた。


 アルケミラ魔術学院の教室というのは、知識を蓄えるだけの普通の学校の教室とは、また少し違った趣をしている。

 教室の形は、広々とした円形または半円形。

 中央を囲むように台座状の椅子が、二重三重と階段のように取り巻いている。

 教室というより舞台に近い形をしていた。

 学生は台座の椅子の思い思いの場所に腰を降ろし、教授や講師達が円形の中心で講義や魔術の実演を行うというわけだ。


「こんにちは、火炎術講師のローズマリーです。本日は『蛇炎ファイアスネーク』の魔術を実演します」


 小柄な黒髪の若い女の講師が、教室の中心に立っている。

 彼女が躍るように身を翻し、細身の杖を彼女が振り回すと、轟音と共に教室の中空を炎の帯が蛇のようにのたくりながら駆け巡った。


「おお〜……」


 教室の端っこでナイアルと共に見学していたレアが、上空を舞う炎の蛇を見上げながら感嘆の声を上げた。

 確かに見事な魔術だ。

 しかし魔術を習得しようとするのなら、注目すべきは炎ではなく中央で実演してる講師の杖の動きだろう。

 だがナイアルが見る限り、前列に陣取った男子学生達の目は、杖の動きではなくチラチラ見える彼女の太腿ばかり追っているようだった。


(……あれは落とすな)


 台座に膝を立てて頬杖を付いていたナイアルが、男子学生達の単位の行く末を悲観して鼻を鳴らした。


 魔術というのは、その長い歴史の中で、先達によって用途に合わせて、細かく分類されて今日に至っている。

 まず、振気プラズマを扱う、火炎系、雷電系、光明系。

 ――そして素の念動波を扱う波動系。

 魔術学院ではこれらを4つを、念動系統と総称していた。

 さらに人の精神に作用する感応波を扱う、感応系、幻惑系、使役系の3つを、感応系統と呼んでこれと区別している。

 これら両系統7つには、それぞれ独立した教室クラスが置かれており、専門知識を携えた教授を頂点として、その補助行う数名の講師達が存在する。

 先の7つに加えて防衛術を加えた計8つを、アルケミラ魔術学院では基幹科目と位置付けて必修としていた。


 そして最終的には各教室クラスの教授が、自身の学生に評価点を下して単位の有無を判定するわけだ。

 この各教授から貰える単位は昇級や卒業の為に必要最低限の取得数が決められており、のんびりしている足りなって今のナイアルのように焦ることになる。


(……俺も人こと言えないだっけか)


 単位欲しさに引率ガイドの真似事をしている自分を俯瞰して、ナイアルは溜息をついた。


 ナイアルはレアを連れて学院の各教室を巡り、そこを見学をさせてやっていた。

 魔術を知らない部外者に、どうやって学院の各教室クラスを見学させようかナイアルになりに考えた結果――

 あえて念動系統の基幹教室クラスばかり選んで連れて来ていた。

 火炎や雷といった振気プラズマを扱う魔術は、見た目が派手だし見応えもある。

 何をする魔術なのか一目見るだけでわかるのも良い。

 そもそも魔術がどんなものかわからない素人には、やはり口での説明より実際に目の前で見せてやるが一番だ。

 そのほうが何倍も親しみ易いし、それに理解もし易かろうとナイアルは考えたわけであった。


 逆に人の精神に干渉する感応系統というのは、はたから見れば理解がしづらいというのも理由だった。

 なにせ頭の中のことであるだからだ。

 それに何となくだが、レアは感応波に対して鈍いというか鈍感な感じがする。

 さきほど念話で話しかけた時も、よくわからない表情をしていたからだ。

 きっと耐性が高いのだろう、稀にそういった人物はいる。

 羨ましい限りだ。

 耐性のある人間はとくに訓練しなくても暗示や精神攻撃に強いと聞いた。

 代わりに念話による情報共有の恩恵も受けられないとも。


 ナイアル達は火炎術を見学し終えると、次は雷電術の教室クラスに行った。

 教室の中心では、今度は講師が手に持った杖から放電して見せていた。

 講師は杖から糸ように細い電気の筋が幾つも伸ばして、四方八方教室中に広げていた。

 空中を走る電流に若干怯えるレアだったが――しかし興味津々といった感じは崩さず、終始舞台から目を離そうとはしなかった。


 その次に訪れたのが光明術の教室クラス

 ノリの良いヘディオン教授は見学するレアの為に、わざわざ授業の内容を変更までした。

 光の蝶や花弁やらの様々な色取りどりの光影を、壁や床じゅうに這わせかと思えば、杖から星屑のような光を大噴射。

 さらには後ろ向きに歩きながら、残影で何人にも分身して見せたりもした。

 レアはこの授業が一番気に入ったようで、全てに手を叩いて喝采し大いに楽しんでいた。




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ロードストーン 魔術師と巨人要塞 あすいち @high-fi

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