列島縦断オリンピック耐久レース(カ○カ●協賛)

@2321umoyukaku_2319

第1話

 昨年末から始まったカ○カ●協賛の列島縦断オリンピック耐久レースは、いよいよ中盤戦に突入した。個人から団体まで、出場する全選手が荒廃した日本列島を自力でひた走りゴールを目指す過酷な競技は今、世界中から注目されている。現在のところ首位から最下位まで団子状態で毎日トップが入れ替わる白熱した戦いが続いており、どのチームが優勝するか予想できない状態だ。一瞬の隙で一気に順位が落ちる、まさに油断したら終わりの緊迫した勝負の連続といっていい。当然ながら出場者のストレスは大変なもので、それに打ち勝つのも一苦労だ。つまり列島縦断オリンピック耐久レースはライバルとの戦いであると共に自分との闘いでもある。

 そんな息詰まる熱戦を繰り広げる出場チームの中で、異彩を放つ合同グループがある。別の世界からやってきた外訪者たちが結成したジャンボ蝸牛かぎゅう、かたつむりチームだ。

 カタツムリは誰もがご存じだろう。その動きは遅く、競争に向かない動物といっても間違いではない。しかし毒物で汚染され、さらに危険な怪物たちの蠢く荒野が舞台の列島縦断オリンピック耐久レースでは事情が異なる。毒物の侵入を防ぐ働きを持つ粘液と怪物たちの攻撃を跳ね返す硬い殻で防御されたカタツムリは耐久力に優れており、このレースにうってつけなのだ。

 異世界からの訪問者たちは、生体改造と魔力で巨大化かつ強化した特大サイズのカタツムリの体内に、自分たちの体をミクロのサイズにまで縮小させて乗り込み、内部からカタツムリを操縦・操作している。カタツムリのパワーアップのおかげで元から高い防御性能に加え速度も大幅に改善し、操縦者たちのサイズダウンの努力が実り操縦性や居住性も桁違いに向上した。

 ジャンボ蝸牛チームのリーダー、ルーボンノキャ・フラナガンズラン氏は、こう語る。

「我々のチームは良い状態でレースを進めている。手ごたえを感じているよ。優勝圏内にいると思う。このままのレース展開で、今の調子を維持していければ、好結果は必ず付いてくるはずだ」

 列島縦断オリンピック耐久レース主催者の広報は、解説者による次のような今後の予想を発表している。

「(前略)ジャンボ蝸牛チームは予想より善戦していると思った。これなら、まさかの結果がありえるよ。あのチームが勝ったら、高配当が期待できるね。賭けた人間は今頃、興奮して眠れないんじゃないかな。多くのブックメーカーはノーマークだったからね」

 この新聞記事を読んで、私は全身が震えた。それ、俺のこと? そう思った。そう、私はジャンボ蝸牛チームに、ちょっとした額の金を賭けたのだ。

 列島縦断オリンピック耐久レースの状況はテレビやラジオに新聞そしてインターネットのニュースで毎日確認していた。ただし私の暮らしている地域では詳細な情報は入手できず、上位三チームの名前ぐらいしか報道されないことが多かったので、ジャンボ蝸牛チームがどうなっているのか、さっぱり分からなかった。他の賭け事で大損を出した私は、ジャンボ蝸牛チームの勝利にわずかな望みを抱く反面「どう考えても無理だろ、どうして俺はこんなのに賭けたんだ?」との後悔に苛まれていた。

 しかし今、消えかけていた希望の灯が赤々と輝き始めた。これ、いけんじゃね? 勝つんじゃね? 大逆転じゃね! そう思った私は現在の順位を確認しようと、スマートフォンをチェックした。順位が出ている記事を見つけた。三位までしか掲載されておらず、ジャンボ蝸牛チームの現在位置は分からない。もっとマニアックな情報が欲しかった。しかし調べ方が悪いのか、検索に引っ掛からない。

 苛々していたら床屋の親父が私を呼んだ。

「次でお待ちの方、どうぞ」

 私はソファーから立ち上がり鏡の前の散髪用の椅子に座った。

「どうします?」

「短くしてください」

 不毛にも思える質問と返答に続いて、薄くなった私の頭の散髪が始まった。目を大きく見開いてスマホを操作する私に、床屋の親父が世間話をしてくるが何も聞いちゃいなかった。

「……なんですよ、凄いでしょ?」

「そうだねえ」

「ところで旦那、何を熱心に見ているんです?」

 私は列島縦断オリンピック耐久レースに賭けているので順位を調べていると言った。床屋の親父はウンウン頷いた。

「いい勝負みたいですね。私は博打をやらないので詳しく知りませんが、大穴狙いの人が、何だか大きく勝ちそうって噂は聞きましたよ」

 それは、俺のことか? とニヤニヤしそうになったが、ちょうど髭剃りの最中だったので笑うのは耐えた。

「牛車チームだったか、亀さんチームだったか、何か遅そうな名前のチームが優勝しそうらしいですね」

 私は床屋の親父に尋ねた。

「ジャンボ蝸牛チームじゃなくて?」

 床屋の親父は頷いた。

「はい、そんな名前じゃなかったと思いましたけど」

「あそこの新聞にはジャンボ蝸牛チームが優勝候補みたいな記事が書いてあったけど」

「あれは一か月くらい前の新聞ですから、その後で大きく順位が変わったみたいですよ」

 古新聞を置いておくな! と怒鳴りたくなったが、床屋の親父が操る剃刀に首筋を撫でられている状態で文句は言いにくい。スマホを再度チェックするが、やはり上位三チームの名前しか分からず、そこにジャンボ蝸牛チームの名前はない。

 散髪を終え床屋を出た私は、列島縦断オリンピック耐久レースの情報を早く知りたかったので、床屋の前の通りからノミ屋へ電話を掛けた。レースがどうなっているのか知りたい、早く教えてくれ! と催促するも、なかなか教えてくれない。

 このとき、少し嫌な予感がした。電話に出た相手の声の調子が何だかおかしかった……と思い、通話を切ろうとしたら、通りの反対側から駆けつけてきた警官に職務質問をされた。今あなたが電話していた相手はノミ行為をしている人物ですが、あなたは客ですか? とストレートに聞いてくる。違います、と言ったら携帯電話の発着信履歴を確認したいと言われた。断ると、裁判所から令状を取って携帯電話会社に開示請求するという。やれるもんならやってみろと啖呵を切ったら、物の十分もしないうちに令状が下りて携帯電話会社が発着信履歴を提示したそうで、私は違法なスポーツ賭博の容疑者として警察署へ連行された。

 情報化時代とは、どうでもいい情報は飛び交うくせに、本当に大切な事柄は伝わらないものだと私は実感したが、それはこの際どうでもいい。

 弁護士が来るまで黙秘を続けるつもりだが、気がかりな点が二つある。

 一つは私は、とある贈収賄事件の重要参考人であること。今回の容疑とは無関係だが、その事件は大規模なスポーツイベントなので、二つの関連性を司法当局が追及してくる恐れが多分にある。

 もう一つは列島縦断オリンピック耐久レースの結果だ。勝負の決着がついたのか、我がジャンボ蝸牛チームは優勝したのかどうか、気になって気になって仕方がない。落ち着いて座っていられないので、私は留置場の折の中を動物園のクマのようにグルグル回って歩き続けている。

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