エピローグ 譲られた、その後

第37話

 直央が目をまん丸にして固まるから、俺はもしかして言葉を間違えたかと焦った。


「ゆ、ゆずっ、譲くん」

「なに?」

「近い……!」


 直央の頬が真っ赤だ。そのくせあたふたとベンチの端に逃げようとする。

 俺はむっとして、直央の頬を両手で挟んだ。やっぱり熱い。


「ゆぐるるん!」

 譲くん、と言ったんだろうな。俺が頬を挟んだせいで、口元がひしゃげている。

「ん」

「あからいかっ……」

「ごめん、なに言ってんのかわかんない」


 頬に当てた手の力をゆるめると、直央が水から上がった人間のように「ぷは」と息を吐いた。


「だから近いってば」

 律儀に言い直すのが可笑しい。ちょっと怒った風なのも。

「あのさあ、こういうときはまず返事じゃないの?」

 限界まで顔を火照らせた直央は、面白い顔をしていた。目があちこちをさまよって、きょろきょろしている。

 それでもかわいいと思うのは、直央にまいってしまったからか?


「そ、そうだよね。なんかもう、いかにさりげなく伝えるかって考えるばかりで、ほかのことはなんにも考えてなかったから」

「いいから、返事」

「ひゃい」

「ひゃいって」

「噛んだ」


 直央が悔しそうに唇を噛む。

 面白かったので、つい挟んだ手で直央の顔を引き寄せて唇をついばんだ。また直央の目が見開かれる。目ん玉落ちそうだな。


「こんなのでもよければ、いくらでも……」


 もごもごと直央が言う。ひとのことで頑張るときの威勢はどこへ行ったんだか。

 直央の肩越しに、ベンチの脇に置いた紙袋が目に入った。描き上がりまであと一歩のウェルカムボードに、すずらんの花。


 不運の女神? とんでもない。


「直央がいい。なんかいつまででも笑ってられそ」

「譲くん!? 笑ってくれるのは嬉しいけど、お笑い要員ではないからね?」


 幸運の女神がさらになにか言おうとする前に、俺はその口をふたたび塞いだ。


(了)

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不運の女神、譲られました 白瀬あお @shirase_ao

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