もう二度と、紡がれる事のない紙の束


不気味に静まり返っている荒野

本来住んでいた生き物達は既に絶滅しており

この場にいるのはただ、5人の吸血種のみ。


ボクらはこれから殺し合う

命を賭けて、1番を決めるのだ。


人類が滅んだ日から実に、2億数千年

新たなる命の芽吹きに立ち会った我々は

これから先の未来に、その席を用意されていない。


特にリンドらは


後付けで身体能力を増幅させ

未知の力を分け与えたのだとしても


彼女達は

れっきとした人間という種族なのだ

それが変わることは決してない。


ひとつの時代を生き残った人間種は

しかし、自らが生み出した鬼火によって焼かれた

あの夜、人という生き物は絶滅したのだ。


それを、このボクが生きながらえさせた

吸血種という枠組みに押し込んで存続させた

それがいつまでも続かない事は分かっていた。


何事にも終わりは来る

彼女らは既に、とっくの昔に死んでいるんだ

だから、ふるいの網の目から落ちるとしても

ボクにはそれを止められないし、仕方がない。


ただ間違えないでほしい

ボクは決して情けで、こんな事をするんじゃない

滅ぶとか死ぬとか、細胞が崩れるだとか

そんな事は全部建前なんだ、口実なんだ。


`戦いたい`


それだけ


いたずらに命を奪われるくらいなら

戦って、たっぷりと楽しんでみたい


介錯も突然死もゴメンだ

そんなの、少しも楽しくなんかない


しんみりとした別れは嫌だ

ボクはただ、自分が楽しみたいだけだ

吸血種とはそういう利己的な生き物だ。


歩いて、歩いて、歩いて


フレデリック、ジーン、リリィ、リンド

4人を連れて開けた場所にやってきた

ここには何も無い、暴れるにはうってつけだ。


ボクは振り返って、尋ねる。


「——ここを覚えてるかい?」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「あんたの故郷があった場所だろ」


リンドが腕を組んだまま前に出てくる


「……私たちはここから始まった

終わる時も、ここでって事ね」


感慨深く、思い出すように

ジーンがそう言った。


集まった面々は

ちっとも悲観的ではなかった

むしろ清々しい表情をしている。


死への恐怖は無いのか

生きたくは無いのか?

そういう問いもあるだろう。


しかし、ボクには分かる

彼女らは死に場所を探しているんだ

無意識に、あの日人類が終わった瞬間から。


人は命に執着する者だ、それが吸血種となり

生き抜くための意識改革を施された結果

痛みや苦しみ、失う恐怖を抱かなくなった。


辺りを見回しながら、リリィが言った。


「私は楽しかったっすよ、共に居られて」


「生への固執は無いのかい?」


「ねーっすよそんなもん、とっくの昔に

私の生き甲斐だった情報屋だって

亜人達の消滅により、もう意味を成さないっす


情報屋リリィは店じまいっすよ」


自分から言う事はもう何も無い

と言わんばかりに、その場に座り込むリリィ。


そしてフレデリックが

不意に話し始めた。


「ジェイミーさんは止めろって言いましたけど

ここに来る前に自分たちの体を調べました」


特に咎めることをせず、聞き返す


「結果は?」


「ダメですね、僕ら全員」


と言って彼はリリィやリンド、ジーンを見渡す

そうか、やはり思った通りだったか

生存競争に負けた者はこうして排除されるのか。


「そうか」


リンドが大きく笑ったあと

ボクに向かって話し始めた。


「あたしらに死への恐怖なんか無い

長いこと生きたからね、いつ終わったって良い


最初の会議で決めたろ?あんたがボスだ

あたしらの命を救いあげたのはあんただ


それが自ら`終わらせる`ってんなら

あたしはそれに従う、そうしたい


世界なんかに任せるんじゃないよ

天才は天才の手によってのみ潰えるんだ


ぶち負かしとくれ

あたしはそれで満足して死ねる」


それっきりリンドは、もう喋らない


この期に及んでメモ帳に何かを書いているジーンが

ペンを胸ポケットに仕舞い、語り掛けてくる。


「大勢殺したし、大勢を不幸にしたわ

私たちはろくでもない研究室で育った


状況を正しく理解していたわ、にも関わらず

私は人命より己の研究にのみ目を向けていた


後悔はない、研究こそが私の生きる意味

世界が無くなり人ではなくなった今でも


私が思い出すのは家族の事ではなく

ただ、紙の上の数字や薬品のことばかり


私の研究はまだ完成していない

だから、死に物狂いで勝ち取るまでだわ」


ジーンも、それっきり言葉を捨てた。


フレデリックは

あまり多くを語らなかった

彼はただひと言


「殺す」


剥き出しの闘争心を見せ付けてきた

心情を語るような真似は、一切しなかった。


彼らしい


ボクは彼らの前に躍り出て、言った。


「4人同時に来い」


こう付け加えることも忘れずに


「10秒でカタを付けてあげよう」


戦いは


「舐めるなァァァァーーッ!」


咆哮と共に始まった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


ボクは


向かってくる4人の吸血種に対し


——サクリ、サクリ


ただ歩いて近付いていった。


踵から地面に下ろして、踏みしめて

ゆっくり落ち着いて、安心感を与えるように。


最初に飛び込んできたのはリンドだった

拳が握り込まれる、踏み込む時の癖だ


両脇にフレデリックとジーンが

リンドの隙をカバーする様に控えている

リリィはいつでも不意を突ける位置に居る。


ボクはなんの行動も起こさなかった

フェイントも避ける動作も捌く意思も

何ひとつ、一切表に出す事は無かった。


リンドが


鋭い一撃をボクの左胸に向けて放った

初手から急所を狙いに来る思い切りの良さ

仮に躱しても、他のふたりに差し込まれる


小指の爪程の希望も存在しない

確実に相手を殺すための布陣だ


タイミングも位置も、全て完璧

これなら例え誰が相手であっても問題は無い

掻い潜ることなど不可能に等しい連携だった。


彼女の拳が迫る


今まで見た中での最高速度


それはボクの左胸にヒットして



「——っ!?」


受け止めるでも、撃ち落とすでもなく

ただ相手の身体を滑っただけの彼女の一撃

何が起きたか分からない、そんな顔をしていた。


ボクは


彼女の攻撃が当たる瞬間

自分の体を斜めに、僅かに傾けることで

リンドの拳を受け流していた。


——踏み込む


彼女は急いで拳を引き戻そうとするが間に合わず

隙間を縫うように、心臓に拳を突き立てられた


「ぐ……っ」


腕を引き抜く、胸に空いた大穴から

夥しいまでの血が溢れ出す

彼女はその場に膝を着いて、倒れた。


`リンド 死亡`


隣で、フレデリックが茶々を入れようと動いた

ボクは虫でも振り払う様に爪を放つ

危険を察知した彼の足が、止まった


仕留めようと、グワッ!と詰め寄る

ボクの背中を見たジーンが好機と踏み込む


フレデリックがそれに気が付いた


「ジーン、ダメだ——ッ!」


彼が叫んだのと

ボクが方向を切り返したのは同時だった


振り返ると同時に爪を振り抜く!


ヒュンッ!!!恐ろしい風切り音

ジーンは間合いの僅かに外だった

フレデリックの警告が幸をなしたのだ!


フレデリックはジーンを守って


——そして、彼は見た


己の心臓を穿つ、死神の白い脚を


「……は、っ」


ボクはフレデリックに背を向けると同時に

槍のように、己の足を突き出していた。



つま先が肉を骨を断ち、急所を破壊する

一瞬ジーンの事を気にしてしまった彼は

意識外から繰り出されるその一撃を


防ぐことは出来なかった。


ズブッ……


「——っ!」


フレデリックは!


最期の力を振り絞って

自分の急所をぶち抜いたボクの足を

両手で、がっしりと掴み、抑えた!


ジーンは


「あああああああーーーっ!!!!」


両目から、涙を溢れさせながら

怒りと絶望に沈んだ表情と声で

フレデリックが作り出したチャンスを

そうだ、彼の遺志を無駄にしない為に


決死の突貫を行い、そして


「そんな——」


フワッ、と


自らの脚を捕まえる、フレデリックと共に

前方に宙返りを行う、ボクの姿を見た。


それはまるで鎖鎌のよう


重しを得たボクの脚は、回転の勢いを加え

迫り来るジーンの脳天に叩き込まれた。


直撃の寸前


「あぁ、フレデリック——」


そう言ってジーンは

既に物言わぬ骸と化した彼の体を

腕を広げて、愛おしそうな表情をして


ボクの脚ごと


——ドガガガガッ!!


けたたましい騒音が鳴り響く


ジーンは真上から叩き潰され

全身の骨と筋肉を粉砕、意識を失った


無抵抗となった彼女の心臓を

握り潰して終わらせる。


`フレデリック、ジーン 死亡`


ここまで約6秒


標的は、まだ1人残っている。


「……冗談じゃあねーっすよ」


リリィは1歩も動けていなかった

ボクは彼女のことを、常に警戒していた

リリィが介入する隙など作らせなかった。


行けば殺される


その事が分かっているのに

死地に踏み出せる者はそう居ない


彼女は


そういう蛮勇は持ち合わせていない

リンドやフレデリックとは違うのだ。


彼女は情報屋リリィ

子供の頃から生き残る術を学び

親も居なく、ただひとり闇の中


`生き抜く`ことだけを考えて生きてきた彼女は

死の領域に踏み出すことが出来なかった。


サク、サク、サク


ゆったりとした歩調で近付いて行く

リリィが両腕をだらん、と垂らした


袖の中に仕込んだ毒針が

月の光に照らされて輝く


先に動いたのはボクだった


ヒュッ——


リリィの動き始めを見切って距離を詰める

そして、彼女の両肩を突き飛ばした。


首筋に毒針を刺そうとしていたリリィは

大きく仰け反り、体勢を崩した


そのままトドメを狙おうとして

彼女の左手が不穏な動きをしている事に気が付いた

まるで何かをいるかのような……!


ボクは咄嗟に

自分の周囲を薙ぎ払った。


プツッ……という何かが切れる音がする

視界の端に、その正体を捉えた



糸が絡みつこうとしていたのだ

体勢を立て直したリリィが

袖の中から1本のナイフを取り出し

ボクの首筋目掛けて振った。


あれは、ボクの保管庫に置いてある

対吸血種武器だ!生身で受ける訳には行かない!


半歩下がって間合いを外す

ギリギリをナイフが掠める


すかさず切り返される、捌く

手首を狙って切り込む、避けられる


不意に、リリィが腕を振った

すると指の隙間から黒い針が飛んだ!


ひと目見てヤバいと判断したボクは

下手に避けず、口を大きく開いた


カンッ!


針は牙に当たって弾かれた

それを口で咥えて、フッと吐き出す


針はリリィの胴体に吸い込まれていった

肋骨の隙間を抜けて、心臓付近を掠める


ガクッ……と、リリィの力が抜けた

針に仕込まれていた毒が効果を発揮したのか

ボクは好機と捉え、踏み込んで爪を振った。


その瞬間!


突然息を吹き返したリリィが

隙を晒したボクの首元にナイフを突き出した

怯んだのは囮だった、誘い込む為の罠だった


既に攻撃を振っていたボクには

それを防ぐ手立てなど残されて——


——ガッ!


「……っ!」


ボクは、爪を振っていなかった


リリィのナイフを持った手を捕まえて

そのまま武器を奪い、首に突き立てた


今度こそ、リリィの身体から力が抜けた

そのまま後ろに回って背中から腕を差し込み

彼女の心臓を貫き、完全に破壊した。


と腕を引き抜く、リリィが地面に倒れる

そして、この耳で確かにこう聞いた。


「あーーっ……つかれた、っす……」


そして彼女は


肺の中に残っていた空気を吐き切り

以降、もう二度と動く事は無かった。


`リリィ 死亡`


「……楽しかったよ、ボクの勝ちだ」


血にまみれて倒れる

仲間だった者たちの死体に向かって

ボクは、清々しく勝利宣言を行った。


目元を1度、拭った後で——


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「ただいま、師匠」


洞穴に戻った時、そこには彼女だけが居た

ダイナ=ヴァルナガンの姿は見られない

気でも使ってくれたのだろうか?それとも。


「お節介のつもりかい?」


「さあな、知らねェ」


すた、すたと歩いて行って

ボクは師匠の膝の上に座った。


「……おい」


「良いじゃないか、2人きりなんだし

可愛い可愛い愛弟子に構ってくれよ」


嘲笑うように言ってやると

突然、頭をわしゃわしゃに撫でられた


「髪がたいへんだ」


ぐしゃぐしゃにされたヘアースタイルについて

ボクは静かなる抗議を行った。


「涙でも流すか?お似合いだぜ」


自分で乱した髪を直してくれつつ

やはり、お節介な言葉を掛けてくる

気になって仕方ないんだろうさ、きっと。


「済まないが、それはもう終わった」


きっぱりと言い放つ

これはボクの問題だよ、とね。


「そうかよ」


師匠はそれ以上言及してこなかった

ボクの言葉を受け入れてくれたのだろう。


だから、本音を吐露しやすかった


「ああ、想いの雫はただ1滴のみさ

それ以上は無いよ、それ以上はね」


「死体はどうした」


「美味だったとも」


「ハッ!そいつは良かったな

気の利いた味付けを教えてやりたかったぜ」


「悪いが素材の味を楽しむ派なんだ

そんな無粋な真似は出来っこない」


「抜かせ、ガキ」


軽口を叩き合う、夜空は透き通る

虫のリンリンと鳴く声が聞こえる


聞いた事のない音色だった

ここ数億年の歴史を辿ってみても

1度だって耳にした事のない音だ。


「……どんな世の中になるのかな」


この先の未来の事を考える

要らぬものを切り捨てたからには

きちんと、素晴らしい世界を見せてもらいたい。


「きっと愚かもんだぜ

いつの世も、繁栄を極めるのはそうなんだ

貪欲に求めるからこそ世界は豊かになるし

生き物は滅ぶんだ、両者は切って離せねェ」


「一緒に居てくれるかい?」


「あいつらの代わりにか?」


「いいや、違う」


机の上に積まれた5冊の備忘録

それは、世界がこうなった時


ボクらが5人で吸血種を名乗ろうと決めた

最初の会議の時に作ったモノ


ページの最初から最後まで

何度も何度も継ぎ足された膨大な量の紙

それが増えることは、もう無いだろう。


世界は今、新生に向かって歩き出した

ボクはこれからも、ソレを見届けよう


きっと、未来は楽しいものなのだから

過去とはさようならだ、備忘録はもう要らない。


「……じゃあ」


師匠が尋ねる。


「じゃあてめぇは、誰に居て欲しいんだ?」


「そんなの決まってるじゃないか」


「ほう?」


ボクは、笑って答えた。


「膝の上に乗せてくれる人だよ——」

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世界記 吸血種統括ジェイミー備忘録 新たなる夜明け 吸血種シリーズ3 ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン @tamrni

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