後編

 瞳子は奇跡的な回復力を見せ、大会前には足のケガが完治していた。

 とはいえ本調子には程遠い。あの目を奪われるほどの跳躍力は鳴りを潜めていた。


「すごいわ今のトス! ドンピシャリだったわ!」

「木之下さんが上手にレシーブしてくれるおかげでリズム良く攻撃ができるわ!」

「さすがはきのぴー。私が見込んだだけはあるね」


 それでも、瞳子が加わるだけでチームの輪がまとまっているようだった。

 選手としての働きもそうだけど、瞳子自身の存在自体がみんなを生き生きとさせているように見える。復帰したばかりでもすぐにチームの力になろうとがんばっている瞳子が、仲間でないはずがないのだ。

 全国大会には出場できなかったが、我が校のバレー部にしては充分すぎるほどの結果で大会を終えたのであった。



  ※ ※ ※



「足は痛くないか?」

「見てたでしょ? 問題ないわ。それよりも疲れてしんどいわね」


 試合の後、俺は瞳子に家へと招待された。

 彼女の家族と一緒になって、大会での好成績を祝った。照れていながらも、誇らしげにしていた瞳子がまた一つ成長したのだと感じる。

 そうして現在は瞳子の自室で二人きりになっていた。相手が異性でも幼馴染なら顔パスしてくれる。娘思いのお父さんの目はちょっと怖かったけどね。

 試合の疲れが残っているようで、瞳子はベッドでだらりと横になっていた。疲労のせいで気づかないのか、スカートがめくれ上がって太ももの際どいところまで見えてしまっている。

 いつも凛としている彼女にしては珍しく油断した格好だ。こんなにも女性らしく成長していたのかと、目のやり場に困る……。


「早く寝たいだろ? そろそろ帰るよ」

「ダメ。帰らないで」


 大きな声でもないのに、俺の動きを止める力があった。

 瞳子が横になったまま俺を見つめる。なんとなく「近くに来て」と言われたような気がして、ベッドの傍まで寄る。


「あたし、がんばったわ」

「そうだな。すごくがんばってた。全部見てたぞ」

「いっぱいがんばったから……あ、甘えてもいいわよね?」


 かぁっと頬を赤くしながら、瞳子は恥ずかしそうに言った。

 そんな彼女が可愛すぎて、思わず噴き出してしまう。


「わ、笑わないでよ……っ」

「ごめんごめん。別に笑ったわけじゃないんだ。瞳子があんまりにも可愛かったからついな」


 ぷぅ、と頬を膨らませる瞳子。完璧だとか、大人びてるだとか言われているけれど、まだまだ子供なのだ。

 そういうところは変わっていないことを、長年の付き合いで知っている。


「じゃあ、また頭を撫でればいいのか?」

「ん……。それと……つ、追加してもいいかしら?」

「追加?」


 瞳子は枕に顔を埋めながら、チラチラと俺に目を向ける。なんだこの可愛い生き物は……っ!


「だ、抱きしめながら……撫でてくれる?」

「……」


 幼馴染ってだけでこんな役得……。本当にいいんですかね?


「と、俊成だからしてほしいのよ? 色眼鏡なく見てくれて、ちゃんとあたしの心を思ってくれる。そんな俊成だから……だ、抱きしめられたいの。いっぱい、甘えたいの……」


 俺の心を読んだわけじゃないんだろうが、瞳子は早口でそう言った。そして不安そうに眉根を寄せる。


「あの……ダメ、かしら?」

「いいに決まってるだろ」


 俺は食い気味に返した。


「な、なら……こっち……。と、俊成も横になって?」


 瞳子はベッドの端に寄ってスペースを作る。俺にもベッドに横になれということか。

 瞳子のベッドで、二人で寝転がる。幼い頃はこうしてよく昼寝していたっけか。


「い、いいのか?」

「い、いいわよ……。いいに決まってるじゃないっ」


 瞳子は真っ赤になって頷いた。

 疲れていると言っていたし、起き上がるのもおっくうなのだろう。

 そんな状態でも、彼女は甘えたいのだ。期待というプレッシャーがあった分、解放されて小さい頃に戻りたくなったのかもしれない。

 うん、だから胸のドキドキよ……収まりやがれ!


「で、では。失礼します……」


 瞳子のベッドに体を横たえる。ふんわりと、女の子特有の良い匂いがした。

 瞳子が身を寄せてくる。俺はその体を抱きしめた。


「……」

「……」


 俺たちは幼馴染だ。瞳子を抱きしめるのだって、これが初めてってわけじゃない。

 だけど、抱きしめてから心臓が痛いほど胸を叩く。こんなのは初めてだった。


「あ……」


 ベッドの上で、瞳子を抱きしめながら頭を撫でる。

 触り慣れた銀髪の感触。いつもと違うのは、俺の耳をくすぐるような彼女の吐息だった。

 当たり前だけど、抱きしめているから顔が近い。というか密着している。

 瞳子の体ってこんなにも華奢だったろうか? 中学生になって、男子と女子の差がはっきりと表れていた。抱きしめてみて、昔との違いを感じる。


「んっ……ふっ……く……ひゃんっ」


 瞳子の頭を撫でるのが気持ちいい。耳に触れるのも、頬に触れるのも、撫でる俺の方が気持ちよく感じた。


「と、俊成ぃ……っ」


 甘えるような瞳子の声。幼い頃に聞いたことがあるような気がしながらも、全然違うようにも思える。

 いけないことをしているような気になる。それでも、手は止めなかった。

 だって、瞳子が求めてることだから。


「瞳子」

「あ……は、はい……」


 ぽやーっとした目が俺を映す。綺麗に映っているのに、自分の表情はよく見えなかった。


「優しく、してやるからな……」

「~~っ」


 瞳子は身を強張らせて、俺の胸に顔を埋めた。

 そんな硬くなった体を解すように、俺は瞳子の頭と背中を優しく撫でた。

 たまには幼馴染を甘やかすのも悪くない。甘美な感触に気を良くしながら、がんばった彼女を労わるために、体中を気持ちよくしてあげた。



  ◇ ◇ ◇



「ぐぅ……」

「俊成? ……寝ちゃったの?」


 寝息に顔を上げて見てみれば、俊成の可愛い寝顔を見ることができた。

 俊成のことだから、あたしが眠ってしまうまで撫でてくれるつもりだったのだろう。

 頭や背中、いろんなところを撫でてもらえて嬉しかった。……とても気持ちよくしてもらえて、口元がだらしなく緩んでしまう。

 いつの間にか、あたしよりもごつごつして大きくなった手。俊成の手に撫でられて、眠れるはずがない。こんなにドキドキするのに、眠れるはずがなかった。


「ふふっ。可愛い寝顔」


 俊成の頬を突いてみる。こんなことをするだけで楽しくなって、満たされていく自分がいる。


「あたしががんばるのも、完璧になりたいのも、全部……全部、俊成に見てほしいからなんだからね」


 眠っている俊成の顔に、唇を近づける。

 起きないように慎重に……でも、行動が大胆なのは誤魔化せなかった。


「……んっ」


 幸せな感触が広がる。心臓が激しく鼓動しているのに、胸はぽかぽかと温かかった。


「いつか、この気持ちを誤魔化さないでもいいように……。絶対にあたしのものにするから……絶対、絶対に誰にも負けない。俊成があたしに夢中になるくらい魅力的な女の子になってみせるわ。だから……こんなこと、あたし以外の人にしちゃ許さないわよ……」


 いつまでも、彼と一緒にいられるように。小さく、断固たる決意を口にした。

 その時がくるまで、あたしの覚悟は揺るがないのだと、昔からずっと確信し続けているのだった。


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隙のない完璧美少女が幼馴染の俺にだけ甘えてくるので、めちゃくちゃ甘やかしてみたら俺がどうにかなりそうになった みずがめ @mizugame218

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