23. 二度と会いたくなかったわ

「ブラウニー! ちょっと待って‼︎」


 多種多様な人ゴミの中、やっと見つけたブラウニーの後ろ姿にジャムは必死で声をかけた。茶色のくせっ毛がひるがえり、その整った顔がジャムを向く。その瞳は強く鋭い。

 初めてブラウニーと出会った時に見た勝気そうなまなざしとは違う、激しい殺意の宿る瞳。

 ——シーレンだ。


「その名前で呼ばないでって、言ったでしょう

「ごめん」


 ジャムは素直に謝り、シーレンの前に立つ。二人のの身長はたいして変わらない。だからこそ、視線がまっすぐに絡み合った。


「ジャム、どうして来たの。あなたとは二度と会いたくなかったわ」

「そんなこと言われても」


 たとえ彼女がそう思っていても。


「俺は絶対に、君に会いたかったから。会えて良かった……」


 もうあれからだいぶ経つ。もう日差しもそんなに強くはない時刻だ。このまま会えなかったらと思うと怖かった。

 だから、会えて本当に良かった。


「なぜ」

「君を……君たちをどうにかしてやりたくて。方法なんてまだわからないけど、でもみんなで考えればなんとかなるかもしれないし」


 そう、ジャムにはどうすべきなのかなんて皆目わからない。しかし、皆で集まればなんとかなるかもしれない。


「それに、君は狙われてるんだし。俺は、君を守るって約束したから」

「その約束はブラウニーとのものなんでしょう? わたしには関係ないわ」


 ブラウニー。今、どうしているのだろう。


「あなたなんかにわたしの気持ちはわからないわ。もう、消えて。どこかへ行ってよ」


 そうつぶやくように吐いたピシシーダの顔が歪んでいる。今にも泣き出しそうな表情。


「わたしは人喰いで、化け物よ」


 化け物。

 人喰いは化け物。そうだろうか。


「化け物は言いすぎだよ。たしかに君が人を喰ってるのを見た時は怖かったし正直、それが良いっても思えなくて……。でもあれは君にとっての食事なんだろ……?」


 だんだん、自分がなにを言っているのかわからなくなってくる。


(どうしたら……)


 考えがまとまらない。けれど、救ってやりたいのは本当だ。


「とにかく一緒に行こう。南の街道でケツァールと待ち合わせしてるんだ」


 そっとシーレンの腕に手を伸ばす。そうだ、とにかくケツァールと合流しなくては。


「触らないで!」


 その手は、届く前に叩かれ押し戻された。ジャムの手の甲が赤くなり、ひりひりした痛みが遅れて届く。


「なんにも知らないくせに」

「そりゃっ、知らないけど。でもなんとかしてやりたいんだよ」

「できるの⁉︎ あなたになんとかできるって言うの⁉︎ どうやって⁉︎」

「それはっ」


 ジャム自身がなんとかできるとは思っていない。思えない。しかし、なんだかしてやりたいという気持ちは本当だ。


「できもしないことを軽々しく言わないで。迷惑だわ」


 シーレンの瞳に殺気が宿る。


「なんとかしてやりたいっていうのならブラウニーを殺してよ。さあ‼︎」

「そんなこと」


 できるわけがない!


「どうして殺さなきゃなんないんだよッ」

「邪魔だから」

「邪魔?」

「そうよ。あの子たちがいる限りわたしはお母さんに見てもらえない」


 その瞳は真剣だ。本当にそう思っているのだろう。


「お母さんって……誰のこと……?」

「一度、ジャムだって見たはずよ。ブラウニーを食堂で襲ったわ」

「あの時の……」


 ブラウニーに愛していると言った、あの女性。

 やはり、あの女性が彼女たちの母親なのか。


「血の一滴も繋がっていないけれど、大好きなの。もし殺されるなら、その瞬間だけでもわたしが……わたしを見て欲しい……」


 一つの肉体に複数の人格。外に出られるのは食事の時だけ。そしてその食事では、人喰いであるがゆえに人間に触れることすら出来ない。それが愛する母親であったとしても。

 むしろ、愛しているからこそ。

 シーレンはそう言ってジャムを見つめる。


「だから、最期だけでもわたしが独り占めしたいの。今まで主人格がそうしてたように。それのなにが悪いっていうの⁉︎」

「シーレン……」

「わたしだけ最期までお母さんに触れられもしないことをよしとしろと? そんなのごめんだわ‼︎ さっさと死ねばいいよのブラウニーなんて。どうせお母さんに殺されるんだから‼︎」

「だからって……‼︎」

「それに、わたしやブラウニーが共存したって、人喰いであることには変わりないわ! わたしたちは、ブラウニーだって人を食わなければ餓死するのよ! あなたはわたし達に餓死しろって、そう言うのね⁉︎」

「ちが……っ」


 言いかけて言葉を飲み込む。

 シーレンがブラウニーを殺さないでいてくれたとして、その後はどうしたらいいのか。それをジャム自身全く考えてなかった。

 ブラウニーの命は、シーレンが食事をすることで繋がれていた。結局彼女達のいく先は、人喰いとして生きるか、危険生物だと排除されるか、餓死するかなのだ。


「これまでは、わたしの食事は培養槽の中で造られていたわ。でももうそれはない。狩るしかないのよ」

「え……培養、槽……って」


 シーレンの食事、つまり人間を造っていた? そんな馬鹿な。

 シーレンが母の目に映りたいと願うのはわかる。ジャムがもしシーレンの立場だったら、きっとそう思うだろう。

 捨て子だったジャムを拾い、育ててくれた五人の母親たち。パフィーラにはマザコンだと言われたし、自分でもそう思っているが母親たちを愛している。会えなくなるなど考えられない。ましてや、彼女たちに命を狙われるなんて。そんなことになったら、きっとジャムは生きていけない。

 だから、シーレンの気持ちはわかるのだ。しかし。

 培養槽で人を造り、それをシーレンに喰わせていたなど。


(シーレンもそうやって……?)


 彼女も培養槽の中で造られた存在なのだろうか……。

 きっと、そうなのだろう。彼女は人工生命体ホムンクルスなのだから。


(なんて組織なんだ)


 人間を造り出すなんて。しかも、シーレンのような哀しい存在まで。

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猫科亜人種紀行〈2〉眠りによせて はな @rei-syaoron

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