22.なぜ、皆はわたしを責めるの⁉︎
たとえ紛いものであったとしても、死への恐怖はある。死にたくないと表へ出た彼女と同じで、ブラウニーだって死にたくなどない。
「いやよ……」
だから、命を狙われていると気がついてから、ずっと逃げまわっていたというのに。
『ハッ、よく言うわよ。人を喰うのが嫌なら、どのみち死ぬしかないでしょう』
否定はできない。そうだ、どうせ自分は死ぬしかないのかもしれない。けれど。
「死ぬならあなたも一緒よ!」
人喰いを野放しにはできない。それはブラウニーの偽らざる本音だった。
たとえブラウニーの死によってシーレンが自由を得たとしても、彼女が人喰いだという事実は変わらない。
その事実を知っていながら、死んでお終いにしてしまうなど出来ない。
ブラウニーもシーレンも化け物であるというのならば、いっそ二人一緒に死ぬしかないのだ。
『冗談じゃないわよ。あなただけ死ねばいいでしょう。死ねばなにも見なくていいし感じなくってもいいわ。その後のことを気に病む必要がどこにあるの⁉︎』
それはそうだ。死ねばなにもわからなくなる。しかし、自分だけ死んでしまうというのはあまりにも無責任。
シーレンの記憶が、見せられたことが事実だと言うのなら、ブラウニーの役割はただ一つ。シーレンを押さえ、餓死することなのだ。そのためのなにも知らない紛いものの人格だったのだから。
『そんなことさせないわ。やっとわたしが表に出られたのよ! ずっと思っていたわ、食事の時だけじゃなく、全ての行動をわたしが支配したいって』
食事の時にしか表に出られないシーレン。なにかやりたいことがあってもそれを実行することすら叶わない。彼女が慕っているだろうお母さんに触れることすら出来ない。
きっと、自分がが彼女の立場だったなら、間違いなく同じことを思うだろう。
しかし、自分たちが人喰いなのは、事実。それを、ブラウニーは知ってしまった。
だからきっともう、知らないふりはできない。
『ふざけないで』
「ふざけてなんかいないわ」
『よく言うわ。あんたがわたしに勝てるわけないのに』
たしかに勝ち目はないかもしれない。ブラウニーはどうやってシーレンと戦うべきかわからない。
それどころか、今閉じ込められているこの闇の檻からの抜け出し方もわからない。
それでも一人死んでしまうのは嫌だ。
「わたしは」
そう言いかけたブラウニーの耳に微かな音が聞こえ、はっと口をつぐむ。それはシーレンも同じだったようだ。
彼女がゴクリとのどを鳴らしたのが気配で伝わってくる。
歌声が聴こえる。
その声が歌っているのはクレイジー・マザーのこまどりの歌だ。
『こまどり腹ぺこ 母さん食べた
こまどり腹ぺこ 父さん食べた
兄さん 姉さん 弟 妹
みんな食べてしまったけれど
まだまだ腹ぺこ もう誰もいない
だからこまどり 自分を食べた
可哀想なこまどり もういない』
どこか懐しく響く歌声。そしてその歌声が消えると同時に、その歌声の主の声が辺りに響く。
それは、初めて聴く、それでもずっと知っていた声。
『こうやって直接話すのは初めてね。初めまして、二人とも。わたしはブラウニー。えっと、えっと……そう、あなたと同じ名前ね』
後半の台詞はブラウニーに向けられたもの。それに、ただただブラウニーは頷くしかない。
自分でもなく、シーレンでもなく。それならば、この少し幼い感じのもの言いをしているのは……。
(これが主人格?)
彼女がこの肉体の主人格なのだろうか。シーレンが眠ったままだと言った……。
『どう、して……? あんたは眠ってたはずじゃないのッ』
信じられない。その思いがシーレンの声の調子からダイレクトに伝わってくる。
『うん、眠っていたわ。お母さんの望み、きいてしまったから。わかってしまったから。わたし、あの時初めて人喰いだって知ったの。だから眠ったわ。もう目覚めないと思っていたのよ』
そう言っている主人格の声は、話の内容とは裏腹に明るく響いている。
『でもね、あなたがすごく辛い想いしてここを抜け出した時に、目が覚めたの。あなたの生きようっていう想いが伝わってきたから。だって、わたしたち、もとは一つだったんだものね』
そう言って主人格はふんわりと笑ったようだった。
「一つ……?」
『うん、そう。シーレンも、あなたも、わたしも。もともとは一つだったの。だから強い想いは伝わるわ』
そうやって目覚め、今までじっとしていたのだと彼女は言ってまた笑った。こうやって、三人で会えるのを待っていたのだと。
『シーレンをずっと見ていて、わたし馬鹿だったなあって思ったの。わたしだって、死んじゃうのは嫌なのに、お母さんの望みだからって眠ったりして』
やはり、皆死ぬのは嫌だと思うものなのだ。
『だから、二人のこと待っていたわ。ね、一緒に生きてみない? わたしたち三人で、一緒に』
「でも」
この肉体は人肉を求める化け物だというのに⁉︎ それでも生きようというのだろうか。
そんなのは嫌だ!!
思い浮かぶのはジャムやケツァール、そしてパフィーラの顔。大好きな人達の笑顔だ。
シーレンも彼らを好きだ。だから殺さなかった。けれど、そのかわりに、他の人間を殺して喰ってしまった。
殺されたその人々を大好きだという人や、必要としている人は多勢いただろうに。
ブラウニーだって死ぬのは嫌だ。怖い。しかし、それを想えばなんとしてでも生きようという気にはならない。
『大丈夫よ、ブラウニー。喰べないから』
「え?」
喰べない?
「でも、それじゃ結局は……」
『うん、そうかもしれない。でも、死ぬんじゃないのよ。わたしたちは、生きるの。たとえ短くっても』
生きる? 短い時を三人で……?
『ふざけないで』
しかし、シーレンの声は怒りに震えていた。彼女の殺気がさらに増し、その矛先は主人格にまで向いている。
『あんたたち二人が死ねばいいのよ‼︎』
シーレンの怒鳴り声が響いたその瞬間、ある大量の"想い"がブラウニーの心の中に流れ込んで来た。その感情の渦に息を飲む。
(なぜ、皆はわたしを責めるの)
(わたしを悪く言うの、わたしを嫌うの⁉︎)
(なぜ人を喰べてはいけないの、喰べなければ死んでしまうのに)
(死ぬのは嫌、絶対に嫌。あぁ、お母さん助けて……)
(お母さんやマリーやジャムやケツァールや、大好きな人を喰べるなんてできない! だから人を喰べるってことで必ず悲しむ人がいるのなんてわかっている。わかっているけれど、わたしが死ななければならないの⁉︎)
(誰か……)
(人を喰う化け物に生まれたのはわたしのせいじゃないのに)
(わたしのせいじゃないわ————)
(それなのに……)
(皆がわたしを嫌う、お母さんも)
(誰か、助けて……)
それは、強烈なまでのシーレンの心の叫び。
シーレンはわかっているのだ。自分が人を喰うことで誰かが悲しむことを。
自然、ほおを涙が伝う。
彼女はこんなにも助けを求めているのに。
そうだ、シーレンが人喰いなのは彼女のせいではない。彼女も主人格も自分も、そう「造られた」のだから。
『わたしたち、救われなきゃいけない。ね?』「……ね、って……」
わからない。わかるはずなどない。どうやったら救われるかなんて。
『 ……』
シーレンは沈黙している。ただ、殺気だけが肌に突き刺さって来る。
しかし、その殺気の強さが彼女の哀しみの深さだとしたなら……。
『二人ともとも知っているわ、わたしたちのことを助けてくれるのは誰かってこと。……わたしも、大好きよ』
わたしたちを助けてくれそうなのは……。
『いい加減にして‼︎ 二人とも殺してやるわ‼︎ 覚悟でもしてなさい‼︎』
そのシーレンの叫びとともに、彼女の気配が消える。
そして。
「これは……」
闇の中にいてもわかる。この近づいてくる気配は————。
(ジャム⁉︎)
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