第17話 夢

 目を開けると、暗い水の中に居た。


 目を開けた瞬間、ここが夢の中である事がわかった。

 ここは……海の中だろうか。特に海水の味を感じたわけでは無いが、ただそんな気がした。

 何故なら、幼い頃のあの日と同じ感覚だったから。


 海、夜、暗闇、苦しみ、呼吸

 ─兄さん。


 ただ一つだけ違っているのは、海の中に居るのに心地の良い温かさを感じる。


 コポ。小さな泡が一つ口から漏れた。

 コポコポ。二つ三つと続いて泡は宙へと浮かんでいく。

 やがて細かな泡達はひと塊の大きな泡へと姿を変えていく。


 静かな海の中の温度と音に体中の感覚を研ぎ澄ませる。

 海の中は静かな筈なのに、遠くから様々な音が聞こえる。

 だが、聴こえてくる音は決して煩わしいものでは無く穏やかだった。


 海の体温を感じる。


 まるで生物みたいな言い方だけど、今の感覚はその表現が一番しっくりくる。

 それは母親の胎内へ還り、温かな羊水の中で全身が包まれているかのような安心感だった。

 それに、不思議な事に僕の周囲は全くの暗闇の中なのに恐怖も不安も感じない。


 ─溶けていく。溶けていく。海の中へ。


 心は穏やかに感じながらも、静かに、ゆっくりと沈んでいく。落ちていく。

 この世界には僕一人だけだ。それがとても、とても心地良い。

 それなのに、誰かが僕を引き戻そうとする感じがする。


 ─誰?僕は、この海に居たいんだよ。


 暗闇の中で目を閉じる。心までこの海に溶けてしまえ。そうしたら、もう戻らなくて済む。




 それで、僕はやっと居なくなる事が出来るんだ。


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海の体温、君の温度 結紀 @on_yuuki00

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