第5話

小雪姫が流れ着いたところは、相模の国でした。彼女の不幸は、ここから始まり人買いに売られましたが、そんな境遇になっても、彼女は佐久衛門に貞節を守り、下働きをしていまして、この先懸命に生きようとしていました。どうやら女は好きになった男に対して、特に昔は貞節を守り続けたようですね。貞節を守るということは、生きる活力にもなるのかもしれません。

 一方、

 死んでしまった前田佐久衛門はしばらくの間、地獄の入り口を彷徨っていた。その姿はもはや人間としては見られない醜い姿でした。

 「俺はまだ行きたい、生き返って小田喜兵衛に復讐をし、小雪姫に会いたい」

と、佐久衛門は願望した。それには、まずこの地獄から脱出しなくてはなりませんでした。ここで、閻魔大王の裁きを受けなくてはいけないのです。

 「生き返らせて下さい・・・これまでの悪行や過ちを悔い改めます」

 と、佐久衛門は閻魔大王に頼み込みました。

 「分かった。毘沙門天と相談して見ることにしよう」

 その結果、佐久衛門は生き返ります。だが、佐久衛門の現世での悪行は見逃したままにしてはいけませんので、懲らしめのために試練を与え、醜い姿のまま生き返らせます。ええ、やはり現世ではいい行いをするに越したことはないのですね。それでも閻魔大王は佐久衛門の願いを聞き入れ生き返ります。まず、その醜い姿を何とかしなければなりません。佐久衛門は土車に乗せられ、餓鬼阿弥と名付けられ、そしてこのものをひと引きすれば千僧供養となり、ふた匹引きすれば万僧供養となりと書き添えられて熊野まで向かわせたんです。道で出会った人々の信仰心にたすけられて、熊野に着きます。

 その途中、佐久衛門は小雪姫と会いますが、彼は小雪姫とは気付かなかった。でも・・・ええ、小雪姫は今なお愛する佐久衛門がこんな姿になっていたとしても、生きていて欲しいという気持ちから、女郎屋から少しの休暇を得て、土車を引いて行きましたが、餓鬼阿弥の胸に、熊野の湯で傷が癒えたら、私を訪ねて下さいね、と書き添えたのです。

多くの信心深い人々の心とやさしさと善意で土車は引かれていき、熊野の湯に着きました。熊野の湯につかると、七日で眼が開き十四日で耳が聞こえ、二十一日で口が訊けるようになったのです。四十九日で元の姿に戻ったのです。決して不思議なことではなく、人々のやさしさとまた佐久衛門の人々の感謝の気持ちが通じたといえます。

 そして、彼は改めて醜い姿であった私の乗った土車を押してくれた人々に感謝したのです。悪い夢から覚めた前田佐久衛門は、美しい姿に生き返ると熊野三山に詣で、熊野権現から金剛杖授けられ、それでもつて都に帰ると、先ず本来愛すべき存在であった父母に感謝の許しをこい、生き返った佐久衛門の噂をきいた帝から美濃国を拝領し、国守となったといいます。ええねええ、相模の国に行って、小雪姫を迎えました」

玉ちゃんは泣いています。さえちゃんはちょっぴり眼に涙を貯めています。

「この先、どうなったのです?」

さえちゃんは玉ちゃんと顔を見合わせ、ちょっとだけ気恥ずかしいような嬉しいような顔をしました。

みねばあちゃんは、そんな若い二人を見て、にこりと笑い、

「さあ、どうなったんでしょうね」

といい、

「うふっ・・・」

と白い歯を浮かべた。

そこで若い二人は顔を見合わせ、今度は声を上げて笑った。

みねばあちゃんはゆっくりと話し始めた

「確かに・・・まだこの伝説の話のつづきはあるのですよ。この伝説のお話は全国にいくつかあり、全てが何処から何処までウソなのか本当なのか、はっきりしたことは分かりません。私の語ったのは、私の家に伝わる伝説です。史実は正しくはないかも知れませんが・・・さあ、この後の続きはあなたたちで話し合ってみてください」

みねばあちゃんにお別れの挨拶をすると、

「また、お話を聞きに来て下さいね」

と、言った。

さえちゃんは、

「間違いなく・・・来ます」

と、元気のいい声が返った来た。


            《了》

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名古屋地下鉄のさえちゃん  もう一つの赤池伝説 青 劉一郎 (あい ころいちろう) @colog

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