第28話 (最終章) 2040年

  2040年5月、吉川リナは娘のほのかを連れて東京郊外の未来遊園地に来ていた。リナは年に2,3度この遊園地に娘を連れ訪れて来る。

その遊園地には子供向けの空想映画に出るコミカルなブリキのロボットのロボチンがいる。ロボチンにはアイが入っていた。

 ほのかはロボチンとお話しするのが大好きで、遊園地が空いている時はたくさんおしゃべりすることが出来るので大喜びだ。

ロボチンが接客するのは12歳以下の子供たちなので、リナは遊園地でロボチンを見つけると、ほのかを一人でロボチンのもとに行かせてロボットとお話をさせていた。自分は少し離れたところから眺めていたが、今日はロボチンが少し体を傾けて、いつもより長くほのかと話しているのに気が付いた。

 やがてロボチンは背中を真っ直ぐに伸ばし、こちらに顔を向けると右手を上げた。同時にほのかはリナのもとに走って来て言った。

「ママ、ロボチンがママのこと知っているんだって。ママ知ってた」

「ふうーん」と言ってリナは少し考えてから言った。

「ほのかがもう少し小さいとき、ここにきてほのかを抱っこしながらロボチンと話したことがあったよ。だから知っているのかな」

「うんそうかな。でもロボチンはママが子供の頃のことも知っているみたいだった」

 リナは、アイシーでAIのアイを立ち上げた頃、アイをいち早く成長させるため、皆で自分たちに関わるデーターを読み込ませたことを思い出した。

「ロボチンはほのかに沢山お勉強をしなさいって言ったよ。ロボチンも背中に先生の機会が入っていて、いろいろと勉強が出来るんだって言ってたよ」

リナはあの超意識成長装置がロボチンの背中に取り付けられているのだと思った。

「ロボチンはもうすぐいなくなるかもしれないんだって。この遊園地が壊されるんだって」

 リナは老朽化の進むこの遊園地が来年には取り壊されるというニュースをテレビで見たことを思い出した。遊園地は5年後にリニューアルオープンされるとのことであったが、ロボチンはどのように扱われるのであろうか。遊園地に保管されるのだろうか。アイシーが一旦ひきとるのだろうか。

 それとも―――。

リナは直接聞いてみようとロボットのいた方向に目を向けたが、すでに彼はその場から消えていた。

 リナは家に帰るとすぐアイシーに電話をかけた。リナが勤めていたアイシーを退職してから10年近く経つ。退職と言うより会社の事業縮小に伴い辞めざるを得なかったのだ。

 アイシーではアイを使った未解読文章の解読事業は断念し、商業施設で接客を行うロボットの製造とメンテナンスを行う事業に特化することになった。

東京郊外のある遊園地にアイシーが最初の一台のロボットの納入を終えた頃、リナは学生時代から付き合いのあったボーイフレンドと結婚しそれを機にアイシーを退職した。彼女はその後まもなく出産し子育てに忙しくなったためアイシーとの接触は無くなっていた。

 電話には相変わらず社長として活躍している陵が元気よく出た。リナは遊園地が閉演になっている間ロボチンはどうなるのか尋ねた。陵が電話の奥で意外なことを告げた。

「ああ、ロボチンいや中に入っているのはアイなのだけど、奴、逃げちまったのだ」

「逃げた?遊園地から」

「そう、遊園地ではもうすぐ廃棄処分になるところだったので、高弦和尚の樹恩寺に逃げ込んだ。それも弟分を連れて集団逃亡だ」

「大丈夫なの」

「ロボチン、いやアイはロボチンに組み込まれ遊園地に納品される時、和尚が仕込んだ超意識成長装置でどんどんと頭が良くなった。今では理系の大学生くらいの知識と能力が備わっている。だから、身に危険が迫れば十分自分で行動を起こすことが出来るのだ」

「そういうことではなくて、遊園地とかの契約上問題ないのかなって思って」

「ああ、あの遊園地は経営が行き詰って、もうすぐ閉演になるのだ。ロボチンのリース契約は残っているけど、彼らは我々に戻すべきものを廃棄しようとした。アイは自分で逃げてきたけど、まあ我々が取り戻したってことで問題ないよ」

「そうなの、良かった。シャチョーは契約とかうといから心配しちゃった」

「そのへんは、仁がやってくれるから大丈夫」

「あ、それとアイの弟分って何?アイシーがロボチンの後に納入したロボット?」

「いや、うちが納入したロボットはロボチンだけだ。で、アイのやつがロボチンに遊園地にある材料で工作させて、猫型ロボットを何台か作っていたらしい」

「へーそうなの」

「何せアイはロボチンの本体もこっそり手直して作り替えていたようだ」

「凄いわね。―――ところで皆元気かしら。仁や令や山田さんも」

「ああ皆元気さ。仁と話すかい。いまここにいるから」

 陵はリナの返事を聞く前にセルラ―ホンを仁に渡した。

「やあ、リナ元気かい。久しぶり」と仁の元気な声がリナの耳に届いた。仁はリナとひとしきり近況などを話すと少し声を小さくして言った。

「AI撲滅団が成長したアイを狙っている。アイが通信ネットワークに接続されると居場所が彼らに分かってしまうので、今は、アイは全くスタンドアローンの状態にしている。もし、リナの方に誰かがロボチンの居場所を問い合わせて来ても無視して欲しい」

「わかったわ。ロボチンに会うために樹恩寺に行くのもやめた方がいいわね」

「そうだ。そうしてください。今は徹底的に身を隠す必要があるのだ」

 リナは了解の旨を告げるとセルラ―ホンを切った。

 それからリナの元に遊園地の職員を名乗る男からロボチンの行方について問い合わせがあったが、リナは全く知らない旨を答えた。

 リナもロボチンが大好きだった娘のほのかのことを思うと少し心が重かった。リナは遊園地の閉鎖のことを穂のかに教えた。ほのかはリナに尋ねた。

「もうロボチンと会えないの?」

リナは答えた。

「今は会えないけど、ほのちゃんが良い子で大きくなったら会いに来るかも知れないよ」

 そしてリナはいずれ我が家にも市販のお話しロボットを購入して連れてこようと思った。

 リナはいつかまた自分もアイと話せる機会が来ればいいのにと思った。それは叶わぬ夢かも知れない

この時からはるかに遠い未来にそれが実現することを彼女は知る由もなかった。


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永遠の命は知の果てに彷徨う M.Inageya @kapashima

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