第6話
同日、あれから授業が終わった後、先生に頼まれて、所謂委員長の仕事で教室に居残っていた。黒瀬くんにいち早く会いたいという思いがある一方で、頼まれた仕事をほっぽりだしていく訳にも行かなかったので、そわそわした気分で居ながら、整理したプリントの束を職員室まで運んだ。
運び終えると、下駄箱の方向に回り道して、彼が待っている美術準備室へと足早に向かった。「また来るから」と言いつつ、彼を待たせてしまっていることに罪悪感を覚える。彼はさぞかし首を長くして待っていることだろう。
いつもの美術準備室。窓から差す日が遮られ、影色に塗りたくられたドア。
私は準備室に半ば飛び込むようにして入った。
「ごめんごめん、黒瀬くん! 遅くなっちゃった」
「あっ、いいんちょ来た!」
私はその聞き覚えのある声に、一瞬体が硬直してしまう。私の目の前には、黒瀬くんの他に新見さんと堀田さんがいたのだ。二人に囲まれるようになっている黒瀬くんを見ると、今にも泣きだしてしまいそうな焦燥した様子でいた。
新見さんが私に黒瀬くんのスケッチブックの私の絵を見せながら、高い声で叫ぶように私に訴える。
「ねえいいんちょ、こいついいんちょの絵描いてたよ! どのクラスにいるかも分かんないのに、コソコソいいんちょの顔覗き見しながら描いてたってコト!? ちょっと怖くない?」
彼女の捲くし立てるような声に、訳を言おうにも「いや……」「その……」と言ったところで言葉を遮られて、何も言えなくなる。
新見さんは黒瀬くんの方に向いて、同じように彼に捲くし立てる。
「ホントあんた何なの!? ずっとこんな部屋にいたの? やっぱりこんなところに隠れて色んなところ覗き見してたり!? 『呪いの絵』のことも何か知ってるんじゃない? ねえねえ」
「やっぱりこの男子が『呪いの絵』描いてたんでしょ。こんな陰気な場所でひっそり描かなくても、普通に描いてればいいのに。変な噂流して話題性取ろうとしてたり?」
二人のマシンガントークに圧倒されて、更に縮こまっている彼。目の前で直に否定的な言葉を浴びせられる様子を見てると、自分がそれに曝されているような気がして、徐々に眩暈がしてくる。
今まで感じていた彼女らに対する不満が、徐々に浮かび上がってくる。そのデリカシーのなさに苛まれていた感情が、厭悪感が意識の領域に手を伸ばし、そのうちに憤りを覚える。あなたたちは、いつもそうだったじゃない……!
彼女がまたこちらに振り返って、言った。
「ほら、さっきから話しかけてるのに、こいつ何も言わない! こんなとこでコソコソいいんちょの似顔絵描いてたとか、キモくない!? いいんちょ、大丈夫?」
「そりゃ、黒瀬くんも何も言えなくなるわよ。一方的に決めつけて、目の前で騒ぎ立てられてキモイいとか言われたら」
「えっ」
彼女が手にしていたスケッチブックを取り上げ、私は続ける。
「これは私が頼んで描いて貰ったものなの。素敵な絵よ、キモいなんて思うハズないじゃない」
すると、新見さんは「あー!」と大声を上げながら、何か納得したように私に迫る。
「いいんちょ、やっぱり隠し事してたんじゃん! なになに、彼氏―? ちょっと変じゃない? こはる止めたほうがいいと思うなー」
「なっ」
「えっ、本当に? 委員長真面目な人だと思ってたけど、意外とそういうタイプだったんだ……」
彼の方を見ると、悲しそうな眼差しをこちらに向ける。正式に「お付き合い」、と言えるような関係ではないが、それを違うと言い切ってしまうのも、何だか違う気がする。言い切ってしまうと、彼をもっと悲しませてしまいそうで、深く考えすぎかもしれないが、嫌なのだ。
「隠すに決まってるでしょ。私がこういうこと言ったら、遅かれ早かれ今みたいに騒ぎ立てるじゃない。あなたたち、自分が彼に酷いことをしてるって気付かないの!?」
「そんなの、こんなとこでコソコソ気持ち悪い絵描いてる方が悪いんじゃん! というか、いいんちょもおかしいよ! 変なヤツの肩持って、いいんちょもこういうアングラ系好きなの? 信じらんない!」
「たっ、滝原は関係ないだろ!」
黒瀬くんが新見さんに噛みつく。その声を聞いた新見さんが彼の方に向いた瞬間、黒瀬くんが新見さんを突き飛ばそうとした。それを、堀田さんが間一髪捕まえて抑え込んだ。
「なによ! 絵の具付いた手で触んないでよ!」
そう言ってまた、新見さんが黒瀬くんに詰め寄る。
私は、黒瀬くんに詰め寄る新見さんの腕を掴んだ。そして、自分でも驚くような大きい声で、彼女に言った。
「こっちが信じらんないわよ! 自分が受け入れられないからと言ってキモいキモいって言って! 皆が皆あなたと同じだって思わないで!」
「は、はあ?」
戸惑う彼女の腕を押すように放し、二人を無視して、黒瀬くんが隠していた鞄を取って肩に掛ける。それから、黒瀬くんの腕を優しく掴んだ。黒瀬くんは驚いてこちらを見ている。堀田さんの方に目を遣ると、何かを思ったのか彼から手を放した。
「黒瀬くん、逃げよう」
「えっ、え?」
困惑する彼に、優しく微笑みかけると、彼の腕を引っ張って、二人で美術準備室を飛び出した。後ろから新見さんが大声で何か言っているようだったが、もう私たちは振り返ることはなかった。
校門を抜けても、私たちは走った。宛てもなくひたすらに走った。
いつも走らない距離を全速力で走って私も黒瀬くんも、息も絶え絶えなのに、二人で声を出しながら笑いあっていた。
「どこへ走るの?」
「私たちはどこへでも行けるわ!」
「あはは!」
「黒瀬くんはどこへ行きたい!?」
「分かんない! 分かんないから、滝原、ボクに色んな景色を見せて!」
美術準備室の扉の向こう ドラスチック製品 @aji_Friday
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