在宅勤務・奈緒

西しまこ

第1話

 夫は今日も在宅勤務だ。あーあ。

「ぱぱー」「ぱぱー」二人の娘がかわいらしい足音を立てて、夫の部屋へ行く。

 夫の部屋があってよかった。在宅勤務が始まってしみじみそう思う。橋本さんちは旦那さんの部屋を作っていなかったから、旦那さんはリビングで仕事をしているらしい。神経質な旦那さんで、洗い物も自由に出来ないって言ってたな。水音がうるさいんだって。まあ当然テレビも見れない。


「じゃ、パパはこれから会議だから、ママのところに行っておいで」

 夫の声が聞こえる。今から洗濯物を外に干すから、もう少し夫が娘たちをみていてくれたらよかったのに。「はーい」って、パパの言うことをよく聞く娘たちの声が聞こえる。

 娘たちは夫の言うことはよく聞く。パパ大好きなのだ。だから、在宅勤務が始まったときは、最初は嬉しかった。夫がいたら、娘たちの相手をしてくれて、わたしも少し落ち着いて家事が出来て、もしかして自由時間があるかもって。

「ままー、ぱぱ、ごはんいっしょにたべるってー」「てー」

 娘たちがまとわりつく。

 もちろん、愛しい。それは変わりがない。ただ、三百六十五日二十四時間ずっと一緒だと、疲れが溜まるのだ。どうしても。

「ままー、ぱぱ、さらだすきだから、さらだつくろー」「さらもー」

「お洗濯物を干してからね」

「えー、やだやだ! いまつくるの! ぱぱ、さらだすきってゆってたもん!」

 こうなると、もうどうしようもない。わたしは結衣にかけるうまい言葉が思い浮かばなくて、洗濯ものを干すのを諦め、サラダを作る準備を始めた。最近の結衣はお手伝いブームで、とにかくお手伝いをしたがる。それはそれでいいことなんだけど、でも疲れているときはきつい。


 ……在宅勤務となって、家族が仲良くなりましたっていう報道を見るけれど、本当だろうか。少なくともわたしの周りにはいない。みんな疲れている。うちの場合は、娘たちがぱぱにはいい子でいる反動か、わたしに対するときは我が儘がひどくて参る。それから、夫の会議の声や電話の声が思いの外大きくて、娘たちのお昼寝のときに会議や電話があると娘たちが眠れなくなってぐずってしまうのが本当にきつい。お昼寝をしないと生活リズムが狂ってしまうから、買い物を行くタイミングさえ難しくなる。買い物も幼児二人を連れていかなくてはいけないからだ。お昼寝をせずにぐずぐずした子たちを連れてのお買い物は、サイアクだ。在宅勤務ってなったとき、お買い物のときとか、夫が娘たちをみていてくれるかなって、ちょっと期待したんだけどね。


 昼ご飯の準備を整え、みんなでご飯を食べる。もちろんわたしには座って食べているゆとりはない。子どもたちがスプーンやフォークを落としたりお茶を飲みたくなったりするからだ。今日はこぼしていないだけましかな。「午後も会議?」と、藁にもすがる思いで聞いてみたけど、「うん、今日はずっと会議かな」だって。あーあ、憂鬱だな。じゃあ今日も二人ともお昼寝はなしだ。ていうことは、わたしの休憩もないってことだ。

 夕方、ぐずぐずだろうなあ。あーあ。




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「金色の鳩」

https://kakuyomu.jp/works/16817330651418101263

「銀色の鳩 ――金色の鳩②」

https://kakuyomu.jp/works/16817330651542989552

「イロハモミジ」

https://kakuyomu.jp/works/16817330651245970163

「つるし雛」

https://kakuyomu.jp/works/16817330651824532590

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