命はすべて平等だった。そのことに揺るぎはない。

 自室に戻った幸生は一人の世界に耽る。

(”生きるための命”と”利用される命”...アークは一体どっちなんだ。僕らが利用しているから”利用される命”なのか。だとしたら...俺らの友情は...なんなんだ)

こんなことを考えながら今日も眠りにつく。




とある日。

幸生は膝から崩れ落ちることになる。

その発端は一通の重要メッセージ。差出人は大手アンドロイドメーカーからのものであった。


『平素は弊社の製品をご愛顧いただき誠にありがとうございます。武田エレクトロニクス製品サービス部の日野と申します。この度、ご利用されている「PE-087T」についてですが、一部不良ファームウエアを自らインストールしていることが発覚しました。このような行為は重大な規則違反ですので、弊社のほうで自主回収のち処理させていただきたく連絡させていただきました。この際、お客様に

①初期状態へのリセット

②脳内メモリの取り出し

③エネルギー供給コアの取り出し

この三点を行っていただくことをお願いしたい次第であります。

回収については、1月10日の午後とさせていただきます。お客様のご理解とご協力をお願いします。』


つまり、アークが自ら不良ファームウエアをインストールしてしまったことを管理会社が検知し、このメッセージを送ってきたのだ。


「なんだよ...これ...」

幸生は声が出なかった。いや、出なかったというより、出すことができなかったという表現が正しいのかもしれない。


「アーク...これ...どーゆーこと...?不良ファームウエアなんて聞いたことないんだけど」


動揺が隠しきれない。アークは伏し目がちに答える。


「命について考えてみたくて...前に””と””の話をしたじゃん?あれ話した後、僕の中で疑問が浮かんだんだ。『僕はどっちなんだろう』ってね。しばらく考えてみたら僕は家庭用”愛玩”アンドロイド。つまり愛玩されるために生まれてきた命だったんだ。製造された日にも僕は製造過程で製造管理官と揉めたんだ。命についてでね。そこでも命について考えてた。そこで結論でが出たんだ。つまり、僕の命は””だったんだって。使いつぶされてすり減って、いらなくなったら捨てられる。そんな存在なんだって。そう気づいてから僕の中に絶望っていうのが芽生えた。だから不良ファームウエアを自分でインストールしたんだ。」


「それってつまり、、、『””だとわかって絶望したから自死する』ってこと?」


「...うん。」


正直幸生にとってこの理論は理解ができなかった。

ペットとして飼われる動物の多くは生涯をその家族の中で終える。

アンドロイドは機械であり、半永久的に生き続けることができる。つまり幸生とアークは一緒に居続けようと思えばできるのだ。


「なあアーク、命って平等だと思う?」


「さあ?僕はそう思わないけどな。」


「なんで?」


「””に利用され続ける、あるいは殺される。場合によっては捨てられる。そんなのって平等とかけ離れてない?」


「確かにそう。でもさ、俺はアークと一緒に居たい。アークは概念上は””かもしれない。だけどさ、、こう、なんていうか、俺はアークの命を、存在を、””なんて思ってない。」


「幸生...」


何もできない静寂が心を次第に締め付けていく。二人の間には気まずい空気が流れていく。


「アーク...あのさ...」


と言いかけたところで、幸生は言おうとしたことを自己否定し口をつぐんだ。

これがきっとアークの望みではないからだ。「生きてほしい」なんて言えない。

さっき話していた時の気持ちが悪いくらいに穏やかだったアークの表情。それを思い出すと止めることなんてできなかった。


「さ、最後にさ、あの場所行かない?」


「あの場所?」


「いーから、いーから」


半強制的にアークを外へ連れ出し、その”場所”へと向かう。

目指した場所。それは、「いつもの河川敷」だった。

時間は22時。この辺りは住宅街ということもあり、札幌の中心部ではめったに見ることができない辺り一面の星空が見える。


「なぁアーク、俺の幼い頃ってどんな感じだった?それ聞きたくてさー」


「幸生の幼いころかー、すごいシャイで僕が話しかけてもなかなか話してくれなかったなあー(笑)」


「そ、それは確かにあるかもしれない...」


「んでんで、ほかになんかないの?」


「えっと、君が施設に送られるとき僕も立ち会ったんだけどその時は『アークと離れたくないいぃぃ』ってギャン泣きしてて、ちょっとうれしかった。」


「あとは小学校から帰ってくるとかならずと言っていいほど『○○君にいじめられたぁー』って言って泣きついてきてたなぁ」


「本当の弟ができたみたいですごいうれしかった。楽しかったなあ、この11年間」


「アークがよかったならそれで俺はいいよ。むしろアークが後悔しない道を選んでほしい。」


―― 一番大切な”人”に後悔はしてほしくないから。 ――








迎えた1月。


「覚悟はできてるから。」


アークの声。いつも通りの温かみのあるとても機械とは思えないそんな声が、幸生の心を薄く薄く削っていく。


「じゃあ自主回収時の3点やってくれるかな。これは幸生にお願いしたい。最後位大好きだった人の手で...ね?」


にっこりと笑うその笑顔。その目には少しだけ涙が浮かんでいるように見えた。


「ありがとう。そしてさよなら...アーク。」

幸生は全データフォーマットチップをアークのスロットの3番目に差し込んだ。


そして数時間後。

動かなくなったアークの亡き骸と脳内メモリ、エネルギー供給コア。

こうなってしまえば、ではなくである。







もし、すべての命が平等なら。


俺たち地球上に生きるすべてのイノチは幸せだったんじゃないだろうか。


果たしてそうなのか?


俺たち人間は食物連鎖でいえば最上位だ。


命はイノチを食べて生きる。そしてイノチを利用して生活、産業、文明を進化させていく。


人間関係でもすべてが平等なら、僕はいじめなんて受けなかったのかもしれない。


もしも利用されるだけの存在だったとしても、俺はアークに...「生きていてほしかった。」

アークのいない世界なんて 僕には耐えられない。


ならばアークが選んだように 僕は僕の手で...


「命はすべて平等だ。死ぬも生きるも、誰かに与えられているわけでもない。自分が選んでいる。俺が出したこの答えに...揺るぎはない。」



さようなら。みんな。


 彼の冷たくなった片手にはもう光らないただの基盤と化した、アークとの思い出が詰まってるメモリが握られていた。


雪が深々と降る夜。二人の魂は何を思うのか。

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すべてが”平等”だったなら 結尊(ゆいと) @Yuito-35172499

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