第34話 反逆の決意

 国家への反逆。

 聞いてしまったからには、ユーリが今とれる行動は二つしかない。

 皇女アーデルハイドについて、懲罰大隊を敵にするか。

 それともこの場で皇女を討ち、その首を隊長であるレオニードに献上するか。


「ユーリ、君の目的は何かな? 懲罰大隊で朽ち果てるのが君の人生のすべてなのか? 私は御免被るよ。必ずこの歪な体制を変えて見せる」

「殿下、僕は殿下ほど大きいことを考えてはいませんでした。ただ、友人の、部下の、好きだった人の敵を討ちたい。それだけの意思で生きてきました。でもそれは漫然とした自殺と同じなんですね……」

「そうだ。ユーリ、お前は自分の手で首に縄をかけている」


 変えるのか、この国を。変えられるのか、帝国を。


「僕は……フリジア憎しで生きています。そんな僕がこの国の運命を変えてしまっては、多くの人民が路頭に迷うのではないでしょうか。そうなれば、きっと……」

「迷うな、確実に。だがやるしかないのだよ。そうしなければ君の復讐は成就しないし、長期的な視点で言えばヴォルガは亡びる。今しかないのだ」


 自分は何のために剣を執ったのか、考えたことはなかった。

 言われるがままに軍に入り、言われるがままに任務に就き、言われるがままに死のうとしている。

 エセクなら、テオドールやマリアン、ルイセがいたらどうしていただろうか。戦場に生きる兵士の一人一人が大望を抱いているわけではないことを知っている。ただ死にたくないがために人を殺すのが日常なことも。


 それでも、ユーリは自分の命に意味が欲しかった。これ以上悲惨な運命をたどる兵士や人民を減らすために、その剣を捧げるべきと結論した。

 フリジアの悪魔を倒すために、ヴォルガを改革する。それには自分だけの兵力が必要だ。それも強力で、団結力のある。もはや迷いはない。


「僕は……反逆する。他の誰でもない、自分と自分を信じてくれた仲間のために、この国に反逆する。こんな馬鹿みたいな戦争はもう終わらせないといけない」


「よく言ってくれた。私の見立ては間違いではなかったようだな。ふふ、懲罰部隊に送られてきた甲斐があったというものだ。さて――」


 残りの者は、どうするのか。


「ここまで聞いてしまったからには、君たちの身の振り方も確認しておかなくてはいけないな。サンタミカエラ、ドミニク、グレゴール。貴殿らはどうするね?」


「拙僧はマゼイン卿に同行します。元々帝国の体制には疑念を抱いておりましたからな。ちょうどいい機会です、ここで無為に死ぬよりは、一世一代の反逆者として大地に還りましょう」


「私はユーリが好きだから、一緒に行くよ! もういっぱい人を殺したりしなくてもいい世界が来るなら、頑張って国にお願いしてみようよ!」


 グレゴールの意思は最初から決まっていた。軍上層部に説法をかましたほどの傑物であることから、現状をよしとしないことなどわかり切っていることだった。

 サンタミカエラに関しては不明な点が多い。彼女の精神は未だに夢の中をさまよっていて、何が正しくて何が悪しきことなのか判別ができていない。だから人間の本能である「好き・嫌い」で行動を決めた。


「わ、私は……くそ、言え、言えよ私っ」

 ドミニク・ヴァクニーナは己の理念ともいえる騎士道と戦っていた。

 理性的には完全にユーリやアーデルハイドと同じ志を抱くのが通常だ。人を人とも思わないような屠殺場に何の未練もない。そのような部隊を容認している国家にも同情心は残っていなかった。


 だが彼女は騎士道の人である。忠勲を掲げ、全うしてこその誉れだ。

 ヴォルガの騎士として育ち、ヴォルガの騎士として死ぬ。疑念の余地もないほどに筋が通っている生きざまをするつもりでいた。


「ドミニクさん、その……どうしても無理ならば」

「ここで死んでもらうしかないな、ドミニク・ヴァクニーナ。新しいヴォルガを作るうえで、誰の死体も転がさないというのは土台無理な話だ。ならばこのアーデルハイドが皇女としての責を取り、貴君の屍を乗り越えていく姿勢を見せよう」


「私は……どうすればいいんだ。教えてくれユーリ、私の剣はヴォルガ帝国のために捧げたんだ。ならばここで帝国に背く君たちを倒すのが使命なのはわかってる。でも、できない、できないんだよ! 私は……何を信じればいいんだ……」


「ドミニクさん、貴女が簡単に自分を曲げる人ではないのはわかっています。まだ短い期間しか一緒にいませんが、自分の至誠を裏切れない人なんです」


「ユーリ……私は……」


「だから言います。ドミニクさん、僕に剣を捧げてください。僕は私怨も圧政も戦争も、すべてに対して反逆します。本当はもっと早くに自分で気づければよかったです。誰かに言われて動くのではなく、自分の意思で動きたかった。でも、一度過ちに気づいたのであれば見過ごすことはできません」


 聖なる紫の瞳が発する光りは、真っすぐにドミニクを射抜く。

 廃棄皇女アーデルハイドは切っ掛けだったのだ。本当はユーリの中にも世界を糺す炎がくすぶっていたの違いない。ドミニクは成長をし続ける若者に心を打たれた。


「—―降参だ。降参だよ、ユーリ。そんな目でみられたら諸手をあげざるを得ないね。まったく、あどけない顔をしていて何て物騒な思想に賛同するんだか」

「ドミニクさん、一緒に戦いましょう。新生ヴォルガには貴女のような騎士が必要になると信じています。どうかお願いします」


 無言でドミニクが剣を抜く。俄かに緊張が走るが、彼女はユーリに剣を渡し、自らの肩を叩いて示した。

 騎士の礼。目の前の相手に忠を尽くすと誓う、騎士の神聖な儀式だ。


「ユーリ、いやマゼイン卿。この剣は貴公に預ける。我が忠に相応しい結果をいただけるならば、死すら厭わないとここに誓おう」

「ドミニク・ヴァクニーナ。貴女をここに新生ヴォルガ帝国の最初の騎士に任命する。歴史が僕たちを認めなくても、必ず貴女の想いは残して見せます」


 グレゴール神父が大地母神の言祝ぎをなし、サンタミカエラが同じく斧を預けた。

 静かな革命は今日、この夜から始まる。


 ヴォルガ帝国歴311年4月。

 ユーリ・マゼインはアーデルハイドたちと共に、自らが所属する懲罰部隊へ行動を呼びかけることになる。


第一部 完

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反逆のミセリコルデ 第一部完 おいげん @ewgen

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