〈後編〉

 何でいつも重要な場面で欠席してしまうんだろう? オレってやつは。


 沙綾が気になっている事は、大川には話してなかった。それ程の気持ちでもないと思っていたし。でも自分でも思いがけないくらい胸が痛くなった。


 十月のある日、捨てきれなかった天体観測教室のパンフレットを家で見ているうち、天文台にどうしても行きたくなった。土曜日の秋の夕方、自転車でとばして、隣の区の天文台まで行った。着いた頃には辺りはすっかり夕陽に紅く染まっていた。

 高台にある天文台は通常の入館チケットとは別に展望台にだけ上がれる展望台入場チケットがある。展望台入場チケットを買うと、エレベーターで、もうヒンヤリと涼しい展望台に上り、そこから広がる市内の風景を見た。すでに星が幾つも瞬いていた。あれがオレ達の街か、と向こうの一点を見る。小さな街。どうにかすると、いつかテレビで見たのと同じように、自分の街だけが特別なドラマの舞台で、自分がその主人公で……なんて空想をする事も遠い昔にあった。

 でもそこからの景色を見ていると、自分の住んでいる街も自分の存在も特別でなくて、すごく小さなものなんだと気付かされる。

 だんだん辺りが菫色すみれいろに染まっていくと、星はくっきりと見えてくるようになった。 


 そうか。昼間でも星は存在しているんだ。見えないだけで。


 結局、自分がいてもいなくても何も変わらず、誰かの運命は動いてるって事だ。星が常に決まった動きをしてるみたいに。ドラマを一話だけ見逃したのも、一泊二日のイベントに参加出来なかったのも、運命ってやつ? いきなりそんな運命論に浸った。いや、日頃から好きな気持ちに目をらさず行動していれば何かが変わったのかもしれない。



 いつかドラマの最終回の後で家族から言われた言葉を思い出す。


――あんたは途中を真剣に見てなかったもん――


――苦いのも人生の一部――



 一つ一つの言葉が胸に刺さる。




 それから後の高校生活でも大川はオレの親友であり続けたけど、いつもつるんでいるという感じではなくなった。カノジョのいる友達とはどうしてもそうなってしまう。

 教室で大川と沙綾が近くにいると、胸がチクチクした。沙綾がよく笑うようになった頃、こっちはちょっとした孤独感。その分受験勉強に専念でき、結果、入学の時に想定していた大学より何ランクか上の大学に進学できたのは皮肉だ。

 でもやっぱり高校時代の一番忘れられない出来事があの夏の終わりというのは苦過ぎて、誰にも言えなかった。夏の終わりとか秋の初めといった季節の変わり目が苦手になった原因かな。


 *****




 それから六年が経ち、今日、丘の上の教会の鐘が、澄み切った音色で鳴り響いている。今日は大川と沙綾の結婚式。まるで祝福するかのように甘い香りを放っている金木犀の樹。

 


 オレはドラマの中の失恋した青年のように不治の病が発見されるという事もなく、残り長いであろう人生の前半部分を歩んでいる。たまに仕事の愚痴を飲み屋で大川にこぼしたりもしながら。

 


 結局、あのドラマの見逃した一話の内容は未だに分からないまま。いつか見る事があれば、こんな内容だったのかとしみじみとするのだろう。未見の回があるというのもいいもんだって気も最近はしてる。

 ただリアルの人生ではもう、見逃したりしないよう、一つ一つのエピソードをしっかり刻んでいく事を決めた。リアルの人生では見逃し配信なんて使えないんだし。


 

 今、結婚式のプログラムを手にし、ほろ苦さもありながら、この現実ってやつの筋書きをようやく受け入れている自分がいる。納得のいかなかった過去の人気ドラマよりもむしろこっちの方が良いのではないかって気さえしている。幸せになってほしいやつがちゃんと幸せになってるから。それに……


いい役じゃん。


手渡されたプログラムを見て思う。新郎の友人欄の一番上にオレの名前がちゃんとある。



 金木犀の香りが漂う丘の教会で、慣れない白のネクタイを何度も締め直し、礼拝堂の入り口に佇む。





〈Fin〉

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その日のために…… 秋色 @autumn-hue

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