小説投稿サイトの経済学
前に、わたしが別にやってるブログでも書いたことがあるけれど、小説投稿サイトが異世界転生モノで蔓延してしまうのは、情報の非対称性が原因だと思う。
たぶん、異世界転生の小説を本当に面白がっている人は、意外と少ないのではないだろうか。飽きてる人はかなり多いはずだし、実際、批判的なことを書く人も多い。本当はみんなもっといろんな小説が書きたいし、もっといろんな小説が読みたいのだろう。しかし、サイトのシステム上、どうしてもひとつのジャンルに偏ってしまう傾向があるのだ。
コンビニに行くと欲しいものがたいてい何でも売ってる。売ってなかったらアマゾンで探せばいい。供給者が売りたいものと、消費者が買いたいものがきちんとマッチングできるのは、市場が正常に機能しているからだ。
前にあるブログで見たことがあるけれど、共産主義社会のスーパーだと、多くの棚がガラガラで、その割にひとつの商品だけが異様にたくさん並んでたりする。共産主義社会では市場メカニズムではなく、政府が商品の分配をコントロールする。しかし政府には、誰が何を欲しがっているかという情報がない。だから、どうしても分配が雑になって、結果として、消費者は欲しいものが手に入らなくなってしまうのだ。
小説投稿サイトはもちろん共産主義ではない。運営が、誰がどの小説を読むべきかをコントロールしているわけではない。しかし、ひとつ種類の商品(つまり異世界転生モノ)だけが膨大にあって、それ以外の商品に消費者(読者)がアクセスしにくいという状況は割と似ている。つまり、小説投稿サイトは市場としてうまく機能していないのだ。
市場が正常に機能するための条件はいくつかある。そのなかの一つが、情報の非対称性に関するものだ。情報の非対称性があると市場の機能が損なわれる。たとえば、消費者が商品の価値を知ることができなければ、本当に欲しい商品に辿り着くことができない。これは、供給者から見れば、その商品が売れないということだ。売れない商品を供給者は供給しようしない。だから結果的に、消費者が本当に欲しい商品は市場から淘汰されてしまうことになる(ここらへんは情報経済学でのレモン市場の話をかなり雑に整理したものです)。
小説投稿サイトでは情報の非対称性が発生しやすいと思われる。なぜなら読者にとって、小説を読んで、面白いかどうかを判断するには、それなりに時間と手間暇がかかるからだ。
漫画の場合、絵柄が自分の好みかどうかだけでも判断材料になるし、電子書籍のサンプルで最初の1話くらい読ませてもらえば、購入するかどうか決定するには十分だ。漫画を1話読むだけなら数分しかからないし、その1話を読むかどうかを決めるのにも、表紙の雰囲気で判断するなら数秒で済む。
これに対し、小説は文字だけだから、きちんと読むべきかどうかを決めるのにへたしたら10分くらいかかる。それに、文章を読むのは絵を見るのと比べ、それなりに疲れる。仕事終わりに家で寝っ転がりながらやるにはしんどい作業だ。するとどうしても、たくさんの小説のなかから自分が読みたい小説を探すのがおっくうになってしまう。
また、それだけのコストに見合うだけの成果が出るかどうかも微妙だ。普通に書店で売っている小説なら、いちおうプロの小説家が書き、プロの編集者が目を通したものなのだから、基本的に一定程度の水準は確保されているはずだ。しかし小説投稿サイトに投稿された作品はかなり玉石混淆だ。しかも、石がかなり多い。するとますます、読者としてはわざわざ手間暇かけて自分の読みたい小説を探すのが馬鹿らしくなってしまう。
そのため、ランキング上位の作品だけを読むのが合理的だということになる。そうすれば、わざわざ自分で作品を探す手間が省けるし、石を摑まされるリスクも減るからだ。ランキング上位の作品が売れるのは、小説投稿サイトに限ったことではない。しかし小説投稿サイトの場合、ランキングから外れると、読まれるチャンスが極端に減ってしまうのではないか(このあたりの実情はよく知らない)。
読まれたいなら、ランキング上位の作品と似たような作品を書くべきだ。なぜなら、読者がなじみのない内容の作品では、読者にとって、その内容が面白いかどうかを判断するのにかかるコストが高くなるからだ。これに対し、異世界転生というフォーマットはみんな知っている。「ああ、なんだかんだあって主人公が死んじゃって、生前の知識や技術を持ったまま異世界に転生してチートとか無双とかするあれね」と。なぜみんな知っているかというと、ランキング上位にあるからだ(議論が循環してるようだけど、実際、こういう卵が先か鶏が先かみたいな構造になっているのだと思う)。よく知ってるフォーマットだから、内容を理解するのにそれほどコストはかからない。また、(ちゃんと読んでないのでよく知らないのだけど)このフォーマットだと、どんな風に書いてもそれなりに面白くなるのだと思う。料理でいうと、カレーとかラーメンみたいなものなんじゃないだろうか。コスパでいったら、書き手も読者も、異世界転生モノに集中するのが得策だということになる。
作品の内容をもっと短時間で読者に示せる仕組みがあれば、情報の非対称性の問題は解決できるかもしれない。たぶんそのためにキャッチフレーズやタグといったシステムがあるのだろうけれど、ちょっと弱いと思う。いずれにしてもただの文字なのだし。キャッチフレーズに色つけたからって何なの、という感じもする。
ちょっと期待しているのがAIの導入だ。読者が「こんな小説読みたいんだけど~」とだらだらと書き連ねると、AIがそれにふさわしい作品をいくつかピックアップしてくれるのだ。現在の検索機能だけで読みたい小説に出会うのはかなり至難の業だと思う。なぜなら、その小説を読もうという気持ちに影響するのは、特定のキーワードを使っているかどうかではなく、作品の文体とか雰囲気とかの、もっと曖昧なものだからだ。ただ、そこまで優秀なAI検索が開発可能なものかどうか、よくわからない。
それか、地道に人間が読んで、面白いものを適宜ピックアップしていくとかかな。ただこれは、そもそもそのピックアップする人がちゃんと判断力のある人だという保証がないと、ピックアップされたという事実だけではラベルとして機能しない(今もピックアップは実施されてるみたいだけど、どういう基準で選ばれたのかはぜんぜんわからない)。キュレーターシステムを導入して、キュレーターとして良い作品を発掘したらいいねがたくさんつくみたいにしたらどうだろう? すると、いいねがたくさんついたキュレーターにピックアップされたという事実が、その作品が面白いというラベルとして機能する。
思いつきみたいなアイデアしかないのだけど、うまいこと情報がスムーズに流れるようになれば、異世界転生モノは自ずと減っていくと思う。
小説を読むと小説を書けなくなる。 残機弐号 @odmy
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