1225

 あれは小1の頃か。いや、もっと前かな。


 部屋を散らかしていた夏希に、母親が言っていた。


「良い子にしてないと、サンタさん来ないよ」


 当時の私は、その意図を測りかねた。


 元よりそんなものが来るはずもないからね。空想上の存在でしかないしさ。


 なのに、


「えー? じゃあおかたづけするー」


 夏希は母親の戯言にあっさりと唆された。


 バカなのかな?


 そう思ったのも束の間だった。


 本当はいるのかも。


 私が知らないだけなのかも。


 私が良い子にしていないから、サンタさんが来ないのかも。


 思い当たる節は山ほどある。


 拓也が砂場で作った城を嬉々として踏み潰した。


 宿理が家族旅行のお土産でくれたチョコを拓也の分まで食べた。


 夏希の家でお昼をご馳走になったとき、当時は嫌いだったピーマンがあって、バレないように拓也の皿にそっと移したこともあった。


 募る不安に耐えられず、私は恐る恐るで夏希に尋ねた。


「サンタって見たことある?」


 あるはずがない。


「あるよ」


 あのときは本当に焦ったね。だけど、


「パパだもん」


 その焦燥はすぐに色褪せた。それ以上に冷めていった。


 そっか。


 そう思うことしかできなかった。


 その後にやってきた感情も、悲しみとか、切なさとか、そんなネガティブなものじゃない。


 ただの納得だった。


 当時から、私の父は滅多に帰ってこなかった。


 ウチにサンタが来ない理由。


 それは煙突がないからでも、靴下を垂らしていないからでもない。


 無論、私が良い子にしていなかったせいでもない。


 サンタ役がいないだけ。


 ただそれだけの話だった。


 溜息を一つ。


 ついでにこたつの上の置時計を見てみる。0:25。


 奇しくも今日の日付と同じだった。


 寝て起きたら今日もリフィスマーチに行かないといけない。


 寝不足は肌の天敵だ。ヒハクのクオリティのためにも、早く寝た方がいいだろう。


 どうせ連絡は来ないからね。


 聖夜に娘が家にいない。その程度であの父が取り乱すはずもないんだ。


 というか。きっと帰ってきてもいないだろうね。


 だって、ウチにサンタは来ないんだから。


 もはや考えるのもバカバカしい。


 お花でも摘みに行って、さっさと寝てしまおう。


 こんな私でも、遠くからわざわざ会いに来てくれる人がいるんだから。


 もう溜息は吐かない。サンタに夢見る年でもないからね。


 私は部屋を出て、廊下に溜まった冷気に身震いしながらドアを閉める。


 正しくは、閉めようとした。


「え?」


 思わず声が出た。


 ドアノブに、バカみたいに大きな赤い靴下が吊るされている。


 やったやつに関しては秒で分かった。


 でもその真否より先に、靴下の中身が気になった。


 笑ってしまった。


 靴下だ。可愛らしい感じの毛糸の靴下が入っている。


「マトリョーシカじゃあるまいし」


 けど彼っぽいね。一緒に入っていた金貨型のチョコも相まってさ。


 どうしよう。隣の部屋に押し掛けてみようか。


 きっとそこにはひねくれ者のサンタクロースがいる。


 遅くに悪いね。ありがとう。きみも律儀だね。


 色々と言いたいことはあるけど、やはり第一声はこれになるか。


 メリークリスマス。


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