落とし物<地獄編>
鐘古こよみ
落とし物<地獄編>
落とし物(地獄編)
気付いた時には裁かれていた。
私は死んだのだ。とすると、目の前の恐ろしい男は閻魔大王か。どこかの寺で石像を見たことがあるが、本物の迫力に比べたらあちらはシルバニアファミリーだ。
「お前は地獄じゃ、地獄へ行け! 大した度胸もないくせに、せせこましく悪事を働きおって。見ろ、人道ではお前の愛人関係が発覚するわ会社の金の使い込みが発覚するわで、残された者たちがいい迷惑じゃぞ!!」
「も、申し訳ございません……」
「わかったらさっさと地獄へ行け!!」
私は逃げるように地獄の門へ向かった。一本道かつ、周囲の空気が数メートルごとに禍々しくなるお陰で、案内などなくても進路を外れていないことが確信できる。
地球時間で丸一日ほど歩いただろうか。ようやく門まで辿り着くことができた。
しかし、扉は堅く閉じられているし、インターフォンも見当たらない。
どうしたものかと途方に暮れていると、突然、場違いなファンファーレの音が頭上から降り注いできた。
「パンパカパーン! おめでとうございます!」
地獄行きにされて何がめでたいというのだろう。
音のした方を見上げると、牙を剥き出しにした赤鬼の巨大な顔が、門の瓦屋根の上からこちらを覗き込んでいた。
「おい、喜べ」
「何をでしょう」
「お前にチャンスをくれてやる。地獄へ行かずに、すぐ転生して人道へ戻れるチャンスだ。何故だかわかるか?」
「いや、見当もつきません」
「お前が二時五九分に死亡したからだ。つまりジ・ゴ・クの時間だ。このことを記念して、チャンスをくれてやろうと言っているのだ。いいか、今から一つ質問をする。それに正しく答えられれば人道へ、間違えればやはり地獄行きだ」
私は頷いた。人道も楽ではないが、地獄よりいいに決まっている。
「では質問。お前が生まれてからこの門へ辿り着くまでの間で、一番最後に落としたものは何でしょう?」
私は慎重に考える事にした。
幸い、クイズやなぞなぞの類は好きだったので、割と簡単に答えが出た。
「わかりましたよ。私は財布を道に落とし、それを取りに戻って、車に轢かれて死にました。素直に答えるなら『財布』と言うべきでしょう。でも、答えは命です。この門へ辿り着くまで、という限定が親切ですね。生きている期間で考える必要はないわけですから、私が落とした最後のものは『命』のはずです。どうです、正解でしょう」
鬼は無感動な声で言った。
「違います」
何故か敬語だ。それはともかく、私は慌てた。
「え、何故です、命でしょう。あ、わかった、命は『もの』ではないと言いたいのですね? しかし、日本語には『もののけ』とか『もののあはれ』とか、姿形のない事物に対して『もの』という呼称を使うのが昔から一般的で……」
慌てる私に対し、鬼は憎々しいくらい無感動な顔で太い首を振った。
「それも違います。答えは『信用』でした」
「信用?」
「お前の死後、人道では愛人関係やら金の使い込みやらが発覚して、弔うどころではないらしいぞ。お前の信用は今も加速度的に失墜している」
そんな。なんと後味の悪い。
「不正解だったから、お前は地獄行きだ」
茫然自失としている間に、私は鬼に摘まみ上げられた。
門の内側には深く大きな穴が口を開けていた。
私は地獄へ、真逆さまに落とされてしまった。
<了>
落とし物<地獄編> 鐘古こよみ @kanekoyomi
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