07.救出されてまた連れ去られた

 蹴飛ばされた扉で、一人の男を倒す。上から踏みつけたお兄様は、私を抱いたまま片手で剣を抜いた。重さなど気にしないように軽々と扱う姿は、死ぬ前から知る見慣れたお兄様だった。ダンと呼ばれた騎士もアビーを抱いて飛び降りる。その際にちゃんと倒れた男を踏んでいくところは好感が持てた。


 悪人はきっちり成敗しないとね。誘拐犯一行は全部で五人だったみたい。最初に扉で倒した一人を除き、それぞれが剣で戦った二人が倒れる頃には、残りが逃げていた。


「馬鹿め、逃がすはずがないさ」


 にやりと口角が持ち上がる兄の顔をじっくり眺める。私が死んですぐ生まれ変わったなら、まだ六年目。当時の兄キースは18歳だった。じゃあ24歳? それにしては老けて見える。首を傾げながら観察する私は、そっと地面に下ろされた。両足が付くと、ほっとする。


「よっこらせっと」


 年寄りじみた掛け声で、今度は左腕に座る形に抱っこされた。なぜ?


「これなら見えるぞ」


 促された先に目を向ければ、逃げた男達を騎士団が捕まえるところだった。多くの騎士が集まっているので、演習か実戦か。どちらにしても運がよかった。


「キャリー!」


「アビー、ケガしなかった?」


 ダンに下ろしてもらったアビーが駆け寄り、振り向いた兄にびっくりして止まる。分かるけどね。以前はハンサムな兄が自慢だったけど、髭と眉間の皺が怖い。じっと見つめた後、アビーはおずおずと近づいて私の靴に触れた。


 怖いけど、私も心配……そんな感情が伝わる仕草に口元が緩む。ぽんぽんとキースの肩を叩いた私に、苦笑いした彼は首を横に振った。


「君は帰せない、母上のところまで同行してもらおう」


「え?」


 アビーが思いのほか大きな声を上げた。元々大きな目が零れそうなほど見開かれている。誘拐犯から助けられたと思ったら、今度は友人が騎士に連れ去られそうになった。そう語る彼女に、お兄様は苦笑いした。


「ダン、宿屋の娘を連れ帰ってくれ。アビーだったか? 君も早く家に帰って両親を安心させてやりなさい。父君はケガをして寝ているが、助かったぞ」


「本当?!」


 助かったと聞いて思わず声が出た。アビーも大喜びで、涙に濡れた目を両手で覆った。若い騎士ダンがアビーを抱き上げ、馬に乗る。早くお父さんに会いたい、と訴えるアビーと手を振って別れ……ふと我に返った。あれ? なんで私だけ残ったんだっけ?


「母上がお待ちだ、キャリー。いや、可愛い


 驚きで固まった私を抱き直すと、お兄様も馬に飛び乗った。キースお兄様、いま……なんて? 私を「グロリア」と呼んだのよね。どうなってるの?


「すべては母上が説明してくれる。グロリアは少し眠るといい」


 くるっと毛布で私を包み、上からマントを重ねられた。暗くなると自然に目蓋が重くなる。思ったより私、疲れていたみたい。お兄様が私を傷つける理由はないし、お母様が呼んでるなら行かなくちゃ。眠る寸前「キャリー」と呼ぶ乳母の優しい声が聞こえた気がした。

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