10.中身は同じあなたの娘よ

「何したの?」


 不安で喉が渇く。両手で包んだカップが傾いて、慌てたにぃにが取り上げた。


「危なっ」


「ねえ、お母さんはどうしたの」


「お母さんと呼んでるのね。今後はエイミーと呼んで頂戴。一応使用人だから」


 ……は?


 固まった私にパパが丁寧に説明を始めた。乳母エイミーは、この屋敷に乳母として雇われる。もちろん準男爵家にお咎めはなく、逆にお礼を渡したとか。貧乏だったから、一息つけるといいけど。今後もエイミーは私の乳母として働き、お給料もちゃんと貰えるらしい。


「よかった」


「ふふっ、グロリアは相変わらず早とちりが多いのね」


 いえ、絶対にママとパパの話の順序や言葉の選び方が問題だと思うわ。あんな風に言われたら、エイミーが処罰されたと思うじゃない。


「当初の予定に合わせたのよ。あなたは私達の娘として生まれ、一時的に乳母の実家に預けられて戻ってきた。どこもおかしくないでしょう?」


「あのね、普通はにぃにの子だと思う」


「無理よ」


 ぴしゃんとママが話を切った。首を傾げたら、新しい紅茶のカップを手渡すにぃにが、恥ずかしそうに教えてくれた。まだ結婚してないんですって。それじゃ仕方ないわ。5年以上も何してたのよ、にぃに。


「本当に、もっと言ってやって」


 ママの援護を得て、にぃににお嫁さんを連れてくる話が浮上した。実際のところ、婚約はしたらしい。少し盛り上がったところで、ふと我に返る。


「話を逸らされた?」


「あらやだ。グロリアより賢いのね」


 中身は同じあなたの娘よ。何も変わってないわ。強いて言うなら、外見が幼くなっただけ。


「あふっ」


 眠くなった体が欠伸をひとつ。もう眠る時間だと訴えてきた。休みなさいと言われ、用意された部屋までにぃにに抱っこされて移動となった。残りのお話はまた明日以降。


 以前と同じ私室は、家具が変化していた。グロリアが子供の頃に使った家具がいっぱい。代わりに化粧台などは片付けられていた。執事の話では、保管してあるので成長に合わせて戻すらしい。今までより柔らかくて広いベッドに横たわり、もうひとつ欠伸。


 ママやパパがいないから、寝かしつけるにぃにに遠慮なく尋ねた。大人になってからはお母様、お父様、お兄様と呼んできた。でも今は体に釣られて、幼い呼び方が口をつく。


「にぃに、この体はメレディスとリリアンの子?」


「……っ、ああ」


 悔しそうに眉間に皺を寄せた兄は、もう寝なさいと促す。低い声で何度も繰り返される、短いフレーズの子守歌が懐かしかった。


 この体が呪わしくてもいいや。愛されているのは同じだから。


 目を閉じてみた夢は、どこか不思議だった。ママが秘術と称して魔法みたいな技を使い、代償と書かれた大きな包みを差し出すパパ。ぽんと煙の中から生まれた私を、笑いながらにぃににが受け取る――意味がよくわからないけど、気分はよかった。


 起きたら、いろいろ聞きたいことがある。この国や聖女のその後、一度も顔を見せないメレディスも含めて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る