06.騒いで人目を引きつけるのが大事
「離してっ! いやぁ!!」
泣き叫んで喚く。人の目を集めれば、目撃情報を残せる。きっと乳母が助けに来てくれるはず。準男爵であるサムソン自身はまだ衰える年齢ではなく、街の衛兵にも顔が利いた。
それに刺された宿屋のおじさんが見つかれば、大騒ぎになる! 泣いて叫んでも、男達は私を叩かなかった。顔や体に傷を付けないよう、頭に布袋を被せて黙らせようとする。両手を全力で振り回し、足もばたばたと動かし続けた。何度も蹴飛ばし、殴り、手足が痛くなる頃……馬車に放り込まれる。
「いったぁ」
頭をぶつけて涙が出た。隣のアビーはぐったりして動かない。心配になり揺らしたら、目を開いた。頬も目もびしょ濡れだ。
「お父さん、お母さん……」
泣きながら呼ぶが、途中で刺された父親を思い出したのか。大きな声で叫んだ。
「お父さんが刺されちゃったぁ!」
「アビー大丈夫だよ! おじさん、強いもん!」
負けじと大声で叫んだら、馬車の外からドンと叩かれた。
「うるせぇぞ、静かにしてろ」
「やだぁ!! 嫌だ、返して! 変態、人攫い、ゴミクズ野郎」
前世分だけ語彙の多い言葉が馬車の外へ響くように、私は喉が痛くなるのを覚悟で叫んだ。げほっ、咳き込んでピリピリ痛む喉で、もう一度大きく息を吸い込む。
「うわぁああ! 助けてぇ」
「うるせえって言っただろ! このガキが」
がちゃっと馬車の扉が開き、入ってきた大柄な男が袋を被せる。革の袋を首のところで縛り、ついでに手足も拘束された。じたばたと暴れて音を出し続ける私は、ついに馬車の椅子の足に括り付けられる。
こうなったら身動きが出来ない。声を出さないアビーは怯えているようで、しくしくと泣く声が漏れ聞こえた。どうしよう、馬車で移動したら見つけてもらえなくなる。
がたごとと揺れながら走り出した馬車の中で、なんとか解こうと暴れた。縄が食い込んだ手首が痛いし、見えずに蹴飛ばした足首を捻る。すごく痛いけど、今頑張らなくていつ頑張るのよ。気合いを入れ直して、もう一度蹴ろうとした足が何かに受け止められる。
「しぃ……動くな」
男の人の声は、聞き覚えがあった。でもあり得ない。こんな場所にいるはずないのに。困惑しながら声の指示に従う。足首を縛る縄が解け、手首も自由になった。もそもそと動いて、頭の袋の結び目を探す。その指先に、温かな指が触れた。頭を覆う革袋が外れ、ぷはっと大きく息を吸う。
「もう大丈夫だぞ。こちらにおいで」
馬車はまだ走っている。アビーも紺色の制服の騎士に抱き上げられた。驚いて固まる彼女の無事にほっと息を吐き、目の前の男性を見上げる。顎髭生やしたんだ……前はなかった眉間の皺と相まって、老けた印象を受けた。私が間違えるわけない。ホールズワースのお兄様だ。
「ん? 安心していい。もうそろそろだ」
はっきり言われなくても理解できた。おそらく、周囲を騎士団が囲んでいる。馬車が大きく揺れ、怒号が飛び交う。急停車した馬車の扉を誰かが叩く音がした。しかし内鍵がかかり、開くことはない。短剣を抜いて構える兄が私を抱き込む。
「出るぞ、ダン」
聞き覚えのない名前の騎士に、にやりと笑った兄は扉を蹴破った。
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